第6話
ーー冷たい。
最初に思ったのはそれだった。剥き出しの岩肌、太い鉄格子。おそらく洞窟の中に設えられているのであろう如何にもな牢屋に、アデライーデはいた。
起き上がることなく薄目で辺りを見回す。
誰もいないことに、一先ずは安心した。
ーー全部、覚えてる。
私の名前は、アデライーデ・フォン・グライム。
騎士ローベルト・フォン・グライムとその正妻であるルイーゼ・フォン・グライムの間に生まれた長女。兄の名前はベルトルト。昨日9つになったばかりで。
そして、その誕生日の夜に全てが瓦解したことも。
家族も、爺やと婆やも、そして村人も。
全員、殺された。
ーー生き残りはいない。いるはずがない。
だって、原作でもそうだったのだから。
そう、ここはアデライーデ前世が好んでいた乙女ゲーム、白炎の戦乙女の世界。
白炎の戦乙女は、ミュレンゼシア王国王国魔導学院にヒロインである少女が入学してきたところから始まる。
初代王妃と同じ光の精霊の加護を持つ平民の少女の入学を待っていたかのように、ミュレンゼシア王国は大陸中を覆う動乱の渦に飲まれていく。
国内に渦巻く陰謀と、世界大戦とも言える戦乱にその稀有な加護のせいで否応無く巻き込まれるヒロイン。彼女は学園で出会ったイケメンたちと心を通わせながら問題に立ち向かっていくーー。そんなお話。
アデライーデの前世である少女は、そのゲームを友人に勧められて始めた。その物語性と、何より個性豊かで甘やかな男性陣に魅せられ、全キャラクターの攻略、隠しルート、そして続編やファンディスク、コミカライズやノベライズに手を出すほど嵌りこんだ。
ーー前世の知識が正しいなら。今は原作開始の約20年前といったところかしら?
ヒロインはまだ生まれてすらいないだろう。
あの神殿で出会った少女ーーフォレンヒスベルク伯爵家の姫君ベアトリーチェ。彼女の13歳年の離れた弟が、ヒロインの1つ上の先輩にして攻略対象の1人である次期フォレンヒスベルク伯爵クラウス。
年の離れた弟が産まれるまでの13年間、彼女は伯爵家の跡取りとしての重圧に晒され続けーーそして弟が生まれた瞬間、それが取り上げられたことに対しての蟠りがあった。彼女の弟、そして家族に対する鬱屈を利用されて起きた騒動の中で、ヒロインとクラウスは20年前に起きた辺境の村の襲撃事件の真相を知るーーというのが、クラウスルートを選択する上で避けては通れないイベントだったのだから。
そう、アデライーデも家族も村人も、ヒロインとクラウスの恋を進めるための悲惨な過去の、語られることすらない犠牲の1人。
ーーそんなこと、許せるはずがないでしょう?
そんなくだらないことのために、愛する人々が炎の中に消えていったなど、認められるはずがなかった。
ーー絶対に、絶対に、絶対に許さない。
思い出す。
優しい父。どんなわがままを言おうと、なんだって叶えてくれた。強くて加護持ちの、自慢の父。
力強い腕の中で全てから守られていた。
思い出す。
厳しい母。
でも、本当は心配性なだけだなんてこと、とうに知っていた。子供達が失敗しないように、成長していけるようにと気を配っているからこその厳しさだった。父と形は違えど、過保護さは似たようなものだったのだ。
思い出す。
大好きな兄。2つ違いの妹に両親の愛情が向くのを不服に思うこともあっただろうに、いつだって彼はアデライーデに甘かった。頂戴と手を伸ばせば、おもちゃでも本でも譲ってくれた。
思い出す。
当主が王都で奉公している家の男手として働いてくれた爺や。家族全員に心を配り、母に怒られるといつでも庇ってくれた婆や。
屋敷から外に出れば、素朴で優しい村人たち。
領主の娘に遠慮もせずに話しかけ、世話を焼いてくれた。
ーーああ、そういえば村のまとめ役の息子のゲオルグは、顔を真っ赤にして小さな野花のブーケをくれたこともあったっけ。
みんなみんな、炎の中に消えてしまったアデライーデの宝物。
冷えた頬を、熱い雫が濡らしていく。嗚咽を漏らしそうになる唇を、血が出るほどに噛み締めた。
ーー絶対に、絶対に、絶対に許せない。
襲撃を仕組んだ伯爵も、軍部改革のためにそれを利用する大公も、実行犯たちも、それによって利益を得るこの国も、ヒロインも、その全てが。
これが世界から与えられた役割だというのなら、運命だというのなら。
ーー世界も、運命も、全て呪われるが良い!!
そうして全てを奪われた少女は、たった1人で世界に対して小さな憎悪の狼煙を上げた。
世界に対する復讐を告げる狼煙を。
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