第3話
その日は、祝いの日に相応しい晴天だった。雲ひとつない空、降り注ぐ日の光は春先の寒さを忘れさせる。
その、日の光をふんだんに取り込めるよう計算して作られた、大神殿最奥の祭壇に、アデライーデは立っていた。
なんども練習した舞だ。意識しなくても自然と手足が動く。音楽に乗るように、春の女神の目覚めを促し、言祝ぐ。
ひらひらと、くるくると。
シャン!と鈴がなり響き、舞台の終わりを告げる。
アデライーデはふぅと、安堵の息をつき祭壇下を見下ろした。
最前にいるのは、神殿長を始めとする高位神官、そしてフォレンヒスベルク伯爵と貴族たち。
両親と兄はその後方にいた。
そこここに春の女神の意匠が施された祭壇の間。春の女神の祭典とはいえ、ここに神殿外の人が入れるのは舞い手の家族や貴族のみだった。
そんな厳かな空間に混じる戸惑いは、ただ1人俯く春の巫女姫である少女に注がれていた。
重圧に負けたようにぎこちない手足の動きと、動作のわずかな遅れ、戸惑い。
その年頃の少女としては仕方がないものかもしれないが。大神殿の巫女姫としてはーー。
だが、彼女への不安を告げるものは誰もいなかった。
なにせ、この地を治めるフォレンヒスベルク伯爵の第一子。大公家の信頼も厚く、軍部の高官である伯爵が掌中の珠と慈しむ令嬢だ。
誰もが飲み込んだ戸惑いを気付かないほど鈍感であれば、あるいは無視できるほど豪胆であれば彼女は救われたのだろうが。
理解できるほどには聡く、そして気にしないふりをするにはあまりに繊細だったことが、彼女の悲劇だったのだろう。
続いて行われた大神殿前の広場での舞で、躓き立ち尽くす少女に、カルロはそう目を閉じた。
「お母様!」
硬い表情で駆け寄ってくる娘を、ルイーゼも同じような顔で迎えた。
一般披露の舞が大失敗となった。だがその原因は伯爵令嬢であるだけに、娘の舞を褒めるわけにもいかず、さりとて貴方のせいじゃないのだから気にしなくて良いと告げるわけにもいかず。
結果。
「今日は、もうお部屋に帰って休みましょうか」
そう言って、一家で馬車に乗り込むしかなかった。
ーーベアトリーチェ様、きっと舞がお好きではないのね。
練習中も硬い表情のまま、ぎこちなく手足を動かしていた少女にそんなことを思うも、それを口に出すわけにもいかず。
「今日はよく頑張ったよ。明日には領地に帰るけど、買い物はもうないかい?」
「ええ、あとはベルトルトの制服ですけど、それは夏までに仕立てて下さるそうですから」
父と母の言葉を聞きながら、ぼんやりと美しい街を見る。
「アデルの入学準備にも、また一緒に来ようね」
その言葉に、彼女は振り向いて父に抱きついた。
ポロポロと溢れる涙を父のシャツに擦り付ける。
ーーあんなに練習したのに、人のせいで台無しになるなんて悔しい。
告げるわけにはいかない思いを涙と一緒に押し流す。
「や、やくそくよ、お父様。……っ、ぜっ、ぜったいに、また一緒に連れてきてね」
「ああ、約束だ。
早くお家に帰ろうね。アデルの誕生日のお買い物もたくさんしたんだよ。明後日には誕生日なんだから」
だからもう帰ろうと。そう告げる優しい声に頷いた。
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約束が果たされる日は来ない。
彼らがこの白の街に足を踏み入れることのないまま時は流れ。
約30年の後、白亜の宝石は、アデライーデ・フォン・グライムの復讐の炎によって灰燼に帰すことになる。
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