第12話
「で、この後はどうするつもりだ?」
一通り笑い満足した私に、ディーターが恐る恐るとでもいうように話しかけてきた。
「まずはこっから出なけりゃ話にならん。出たとして、ここら一帯の人里はフォレンヒスベルク伯爵の影響下だ。俺たちが下りりゃあ絶対に怪しまれるぞ」
私は泥だらけで切り刻まれた寝巻き、ディーターらいかにもならず者といった風体。
山賊を取り逃がす訳にはいかない伯爵たちは、きっと麓の村々にも見かけないよそ者がいれば知らせるようにとのお触れを出しているはずだ。
一つの騎士領を壊滅に追いやった悪辣な山賊団を討伐する。撃ち漏らしがないようにと、そんな風に。
だから、今ディーターと私が山を降りれば捕まえてくれといっているようなもの。
「まっ、もっともフォレンヒスベルク伯爵領であれば、ですけどね」
私がつい先ほどまで監禁されていた、山賊のアジトだったあの洞窟は、国境沿いの山にある。元々フォレンヒスベルク伯爵領は辺境ーー国境となっている山々の近くではあるが、その峻険な山脈が隣国との行き来を阻むため特に重要とすらされていなかった荒地に封じられたのが始まり。伯爵家が隆盛を極めるようになって以来は山道の整備もしているが、それでもたいそうな山道だ。大型の馬車などは通れず、大陸中央部の大街道を通った方が安全だからとーー特に山賊の討伐もできなくなって以来ーー通る人は激減し、すっかり寂れてしまっている。ウルリヒの山賊団はそんな細々とした行き来をしている旅人や商人を狙って襲っていた。
そう、ここは国境沿いの山。
「ねぇ、ディーター。この洞窟の出口はその先なんですけど、貴方外に出ましたよね?何か変わったこと、ありました?」
私はさっきディーターが出てきた通路を指差す。
「ああ、焚き木にする枯れ枝を集めてきたからな。変わったこと…?ずいぶん長く歩かされたが、出口まではそんなに複雑な工程じゃなかったし、外もなに、も…」
ディーターが何かに気付いたように言葉を切った。
そう、この山では大規模な山賊狩りが行われている真っ最中。
その気配すら感じなかったということは、よっぽど遠くに出たということ。
例えばーー。
「この先の出口、ロンメル王国に繋がっておりますの」
そう、この洞窟は地底湖によって寸断されてはいるが、一つの山を縦断し、二つの王国を結ぶ天然のトンネルなのだ。
フォレンヒスベルク伯爵やロンメル王国の重鎮が知れば、大陸の流通路に一石を投じることになる道ではあるけど。
実際、原作ではそうして使われていくことが示唆されていたけども。
「誰にも言わないでくださいよ」
私はディーターに釘を刺した。この誰にも知られていない道を使えば、密輸も密入国も簡単だ。
それを知られるわけには行かないのだから。
「……わかってる」
ディーターもこの秘密の通路の持つ重要性に気付いたようだった。考えてみれば当然か。彼らは商人や旅人を襲って生計を立てていたのだから、道の重要性を熟知しているのだろう。
「で、これからですけど」
私はディーターの最初の質問に話題を戻した。
ここがロンメル王国ーーフォレンヒスベルク伯爵の影響下にない土地であれば、私たちの行動の自由はぐっと広がるのだ。
「まず、ディーター、あなた子供用の服を調達してきてくださいませ。それから貴方も商人風の服を買って下さい」
この近くにはそこそこの規模の街があったはず。買い物くらいは出来るだろう。
ーードロドロでぼろぼろのネグリジェ姿の私がこのまま出ていけば、フォレンヒスベルク伯爵云々は関係なく普通に不審者として拘束されてしまうのが落ちだ。チンピラファッションのディーターも含めて、どうにか風体を整える必要があった。
「それが終わったらーー目指すはレヴァイセンですわ!」
「……は?」
私の示した最終目的地に、ディーターが目を剥いた。
レヴァイセン、その都市の名を知らないのは幼い子供くらいのものだろう。女はそこで作られる装飾品の見事さに溜息をこぼし。そして男はそこに集う女の艶やかさに欲望をたぎらせる。
大陸中央部を貫く大河のほとりにあるレヴァイセンは大陸唯一の商人自治地区であり、大陸有数の芸術とーーそして色欲の都市として名を馳せている街。
「とりあえず、そこで貴方には私を売り払ってもらいますわ!!」
その遊郭の一つに潜り込むーーそれが、私の立てた復讐計画の第一の足がかり。
ターゲットは、司祭と皇帝。
原作では、神聖公国の12枢機卿の1人であった男とそしてグレファゼン帝国の廃王となった男ーーこの2人に取り入るために私は娼婦になる。
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レヴァイセンの娼婦からグレファゼン皇帝アルフレードの公式愛妾に成り上がった女、レトバ侯爵婦人アデライーデ・フォン・グライム。神聖公国枢機卿ミルドレッドの愛人ともされているが、贅と放蕩を尽くしたと言われる彼女の出自は謎に包まれている。
没落した商人の娘、あるいは権力争いに破れた貴族の娘だというのが有力な説ではあるがーー。
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