第10話
題名・あらすじに変更を加えました。これからもよろしくお願いします!
ブクマが二桁の大台に乗りました!本当にありがとうございます!!
3日後、新月の夜。
私は静かに、冷たい岩肌に体を預けていた。ディーターの協力を取り付けて以来、声1つ立てずに横たわるだけの私に、もはや見張りも不要と判断されたのか。
目の前の小部屋には誰もいない。
ーー彼らは浮かれているのだ。
もうすぐ大金が、そして確かに身分が手に入る、と。そんな幸福を目の前にして、小娘1人に割く手間など無いのだろう。
それが、虚構の希望だとも知らずに。
最後のパンを食べてからどれくらい経ったのか。岩肌を通じて耳に伝わってくる慌ただしい足音と轟音に、はね起きる。
急な動きに、体力の尽きつつある身体が抗議するようにぐらりと視線が揺れた。
「ーー来ましたね」
それでも、このチャンスを逃すわけにはいかない。
ディーターから差し入れられた小さな小刀で、ビリビリと汚れ果てた寝巻きの裾を切り裂き、その端切れを足の裏に巻く。
これで少しはマシ、のはず。
だんだんと、物騒な喧騒の音が大きくなっていく。
怒号、轟音、岩が崩れる振動と、剣戟の音。
ーーそして、ここに走り寄ってくる慌ただしい足音。
音をなるべく立てないように、扉が小さく開く。 入ってきたディーターが、私を見て。そして古ぼけた鍵を、これまで一月近く私をここに閉じ込めてきた牢屋の戸に近付けた。
焦りからか動揺からか、彼の手はなかなか狙いが定まらないようで、カチカチと金属の触れ合う音が鳴っている。
やがて。
がしゃんと、金属の塊が叩き落されるような音がした。
身を屈めて、その牢獄を出てーー1つ、深呼吸。
「行きましょうか」
小さな樽の中身を、通路と部屋中に撒き散らしていた男に告げる。
通路の先ーーおそらく出口のあるだろう方向から伝わってくる戦場の騒乱。
今のうちにどさくさに紛れてーー逃げたという痕跡すら消して、逃げ出さなければならなかった。
「ああ。ほらよ、お嬢ちゃん」
「これっ!」
男が投げてよこしたのはーー薄暗い中でもわかる。あの日お父様が私にくれた、兄様の剣と同じ魔石がはまった杖。ハインツが回収していたのか。
とすると、お父様や兄様の剣ももしかしてーー。そんな思いを、頭を振って振り払う。今は余計なことを考えている暇などないのだ。とにかくここから脱出することだけを第一にしなければ。
ディーターに渡された杖を握りしめる。これだけが、私の手元に残った家族の形見。
細く細く、息を吐き出す。
あえて軽い声が出せるように心掛けて。
「私の専門は、風魔術なんですけどね」
我が家は風の精霊と相性の良い家系なのだ。ぼやきつつ、杖を軽く一振り。
「この地に聖なる火の精霊の祝福を」
基底詠唱を唱えると、杖の先端に爪の先ほどの炎が灯る。基底詠唱は、魔術の基礎の基礎。初級魔術にも至らない、ただその属性を顕現させるだけの魔術。
小さな炎だったり、弱い風だったり、あるいは水を生み出し、土山を作ったりするだけのもの。
最も素養があるものが使えば、例えば身の丈ほどの炎を生み出すこともできるのでしょうけどーー私は風魔術が専門なので!決して魔術の才能がないわけではないのです。才能があるわけでもないけど。
お父様なんかは、加護持ちーー精霊に愛された存在だったので、無詠唱で大魔術並みのーー例えば数条の巨大な旋風を自在に操ったりした、らしい。加護持ちは国の宝と言われる所以である。
本当に、すごい方だったのだ。私のお父様も、兄様も。
感傷を振り払い、熱風を吹き上げ燃え盛る通路に背を向けた。
「こっちだ」
駆け出すディーターの背を追いかける。
幸運にも誰にも会わないまま、どのくらい走っただろうか。私の目の前に、真っ黒で巨大な水溜りが広がっていた。
ちょっとしたグラウンドぐらい飲み込めそうなその地底湖の淵で、ディーターが屈みこんでいた。
「あったぞ、お嬢ちゃん、これに掴まれ」
彼に手渡されたのは湿った荒縄。
「向こう側まで繋がってるから、これを伝って潜るんだ」
なるほど、暗い洞窟の濁った湖を渡る上での文字通りの命綱か。
「用意が周到ですこと」
もう一本の綱を握りしめる彼を尻目に、水の中に踏み込んだ。
陽に当たることもない地下水の冷たさは、あっという間に骨身に染みて私の身体から体温を奪い去る。
ーーこれ、は。
早めに行かなければ体力が持たないかもしれない。
ただでさえ、私はあの夜以来劣悪な状況に監禁され、碌な食事も与えられていないのだ。
ガチガチと震えて鳴る歯を食い締めて、大きく息を吸う。覚悟を決めて、水に身体を沈めた。
肺いっぱいに溜めた空気は、あっという間に出て行く。
苦しい、冷たい、手の感覚がもうない。
そんな弱音を頭から追い出し、ただ一心に荒縄を手繰った。
突き出た岩にぶつかって身体中が痛い。
意識が朦朧とする。
気付いた時には、手には何も握っていなかった。焦った身体から、ごぼりと最後の空気が吐き出される。
まだこんなに吐き出す空気が残ってたのか。
ぼんやりとそんなことを思って。
ここまでかと目を閉じた時。
力強い手に、手首が掴まれた。
引かれるままに浮上しする。そこは、先ほどと同じような洞窟。
「しっかりしろよ!おい!くっそ、お前が死んだら俺はーー」
焦った男の声を聞きながら、私の意識は遠くなっていった。
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