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転生した少女は悪役を目指す  作者: 利江 凛恵
第ニ章
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第9話


ディーターの過去は、私とよく似ていた。

彼は幸福の中に産まれ、育ち。他人の身勝手さと抗いようのない力によって、その全てを突如として奪い去られたのだ。


※※※


ディーターの不幸の発端、それは彼の妹がとても可愛らしい少女だった事。

健康的な褐色の肌、濃い青の瞳、濃い金色の髪。大きな瞳は小動物のように可愛らしく、笑うと両頬に笑窪ができる。エルマは、まるで大地に愛されたような少女だった。

村中の誰もが彼女を愛した。特に兄のディーターは、愛らしい妹に悪い虫がつかないように、悪ガキが彼女を泣かせないようにと、いつでも気を配っていた。

そんな少女の初恋の相手は、3軒隣のフランク叔父さんの三男坊、フーベルト。父の従兄弟のフランク叔父さんは、村中の子供達の憧れを一心に集める彼女の心を射止めたのが己の息子であることを喜び。仲が良かった両家の父親が、エルマが17になったら嫁に出そうと同意するのに時間はかからなかった。

ディーターは少しばかり不満はあったらしいが、それでも妹の幸福のためだと飲み込んで。

ーー彼女が16になった秋。

冬になれば初恋の相手と結ばれるのだと幸福そうに微笑む少女を、村を通りかかった商家の主人が見初めたのが崩壊の始まり。

男ーーマイヤーは当初、見初めた少女に対して紳士的に振る舞った。

突如家を訪ねようともしなかったし、彼女に触れるなど以ての外。小さな村の取引相手であった村長にホルガーとの繋ぎを頼み、一席設けてもらって。

ホルガーに対しても、それはそれは丁重に言葉を差し出したのだという。


ーー年甲斐もなく、あなたの娘に見惚れてしまった。決して苦労はさせないと誓うからどうか私の元にいて欲しい。

当初は愛人という扱いにはなるが、なに、妻には5年も前に先立たれた身。いずれは正式に妻にと望んでいる。


そう、真摯に、真剣に語ったのだという。

ホルガーにとってそれは青天の霹靂だった。いくら豪商とはいえ自分より年上の男に娘を差し出すなどあり得ない。しかし、マイヤーは領主とも付き合いがあり、王都とも取引がある商人。無下にしては余計な恨みを買いかねない。妻と眠れないほどに考えて。

あれほど礼儀正しい人だ。断っても無体なことはしないだろうーー。

そう結論を出し、マイヤーには申し出を謝辞する旨告げた。

返事を聞いたマイヤーは。


「なるほどーーそれでは、娘さんにお幸せにとお伝えください」

そう、最後まで礼儀正しく、権力も金も傘に着ることなく引いた。

ホルガーとドーラは、ああ良い方で良かった。そうほっと息を吐き、子供達には何も言わずに終わらせる。

ーーこの冬には結婚する娘に余計な心労をかけまいと。


奴隷商人が、ホルガー一家が10年働いても返せないような証文を手にその家の木戸を叩いたのは、エルマの結婚式の3日前のこと。

ーー数ヶ月前の商人の申し出など、とうに忘れてしまった頃のこと。


「ほらほら、ヘタはもっと丁寧に取らないと雑味が残っちまうよ」

「はぁい。もう、細かいんだから!」

「なに言ってんだい、あんたも大事な旦那様には美味しい料理を食べてもらいたいだろう?あたしゃ、料理も仕込めないような娘を嫁に出したと思われるのはゴメンだよ!」

魔法のように包丁を躍らせながら、交わす母娘の憎まれ口を、来客を知らせるコツコツという音が遮った。


「おや、誰だろうね」


村の女たちに手伝いを頼んだのは明日からなはずだがーーそんな風に、戸口に出たドーラの前に突きつけられた、一通の証文。


「ホルガーさんのお宅ですね?借財の返済期限が過ぎておりますので、お知らせに参りました」

「は、い?」


ドーラは、なにを言われているのか分からない。そんな風に目を瞬かせた。

突きつけられた証文と、冷たい目をして立っている男を見て。そしてじわじわと、その言葉の意味を理解したのだ。


※※※


私がディーターと会ってから3日後。再び牢を訪れた彼の手にはあの日のように固いパン。

それをどうしていいのか分からないとでも言わんばかりに握りしめて。彼は畏怖と猜疑に歪んだ顔で、私の前に立った。


「どうかしら?2つとも見つかりました?」

彼は、そんな私の言葉に目を閉じて。そして静かに頷いた。

あの日、私が彼に告げたのは、2つのものを見つけるようにとの指示だった。


「あんたの言った通りだった。昨日はお頭の部屋のあたりがガラ空きで、教えられた通りの場所に、確かにフォレンヒスベルク伯爵の印章入りの手紙があった」

昨日の夜なら、大事な話し合いがあるから誰も近づくなと指示された幹部の部屋はガラ空きのはず。それに乗じて首領の部屋に忍びこみ、本棚の三段目に隠してある手紙を見つけろというのが1つ目の指示。

どうやら、ゲームの通りそこにはフォレンヒスベルク伯爵の印章入りの手紙があったようで、一安心。


「どういう、ことだ。あんたの村を襲ったのが伯爵様の指示だったってーー」

彼の声が震えている。当然だろう。自分が荒らしてもなんとも思わないが、人に自分のものに触れられると激怒するーーそれが貴族というものの身勝手さだ。

どこに自分の領地を、財産を賊に襲わせる貴族がいるというのか。

ーーもし、いるとするならそこには。

ディーターは差し迫る危険に気付いているのだろう。

貴族の陰謀に巻き込まれれば、平民ーーそれも山賊の命など踏みにじられ捨てられるのがオチだ、と。

うん、優秀なのはいいことだ。なんせこれからしばらくは私の道連れになってもらわなきゃいけないん相手なんだから、愚か者よりよほど良い。


「ご安心なさいませ、手紙に押されている印章は偽物ですから」

軽く告げた私の言葉に、目に見えて強張っていた彼の肩から力が抜けた。うーん、わかりやすい。

ーー印章は真っ赤な偽物だけど、それを用意したのは伯爵だって言ってやったらどうなるんだろ。

その好奇心を、私はなんとか飲み下した。

今それを言うわけにはいかない。この知識は私の命綱でだが、迂闊に使えばはどんな災いを招き寄せるか分からないのだから。

「もう1つの方はどうでした?」

彼の手に、グッと力が入ったのが見て取れた。

ーー当然だろう。例えば、伯爵の印章入りの手紙の事であれば、知る機会があるかもしれない。人の用意したものだ。どこかからーー例えばハインツが零したのを聞いていたとか、渡している場面を見たとか、どんなに可能性は低くとも知る可能性はゼロではない。

だが。


「ーー奥の地底湖の壁に、確かに穴が開いていた」

この洞窟は、ディーターたちの山賊団が根城にするまでは誰にも知られていなかった。

ミュレンゼシア王国とロンメル王国の国境である山沿いを拠点としていた山賊たちは、ある時山奥に木々と草叢に覆われるようにして存在する洞窟を見つけた。

雨風を凌ぐ一時の拠点にできればーーそんな風に考えて、少なくとも数十年は誰も足を踏みしれたものがいないことを示すように分厚く積もり、入口の半分ほどを覆っていた土砂や朽葉を書き出した彼らは、この場所が複雑に枝分かれした長大な洞窟であることを知る。脱出経路としていくつかの横穴を引かれたこの洞窟は、その後山賊団の本拠地として使われることとなり今に至るのだ。


「あの地底湖は、飲み水にもむかねぇから俺たちもほぼ気にしたことがなかった場所だ。

もちろん、その側面に人が通り抜け可能な穴が開いてることも、その穴を通じて別の洞窟に出れることも、知ってるやつはいなかった」

もしも、私という存在がハインツの仕込みだったとしても、山賊団の誰も知らなかったその水路を知っていることはあり得ない。

だからお前のことを信じてみようと、彼は言った。


3つ目の賭けーー脱出経路と、証拠を手に入れた。

読んで下さってありがとうございます!

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