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7 おとぎ話

 レイはそれきり、実の家族のことを思い出すことはなくなりました。

 ただ、レイの故郷には誰もいません。そこでレイはアールの墓へ参ろうと森へ出向きましたが、腕時計の針はもう動いてくれず、どうしても出口へたどり着くことができませんでした。

 ついに、故郷に帰ることすらできなくなってしまったのです。

 ノアとは音信不通でした。ペンバートンの家からは随分離れてしまったし、行ったところで屋根裏になんか入れてもらえるはずがありません。

 もう、故郷への思い出を蘇らせることはできません。

 レイは先への目標をなくしてしまったので、また引きこもって仕事ばかりしていました。

 アーノルドからはときどき手紙が届きましたので、それの返事は書きました。シンシアからも届きましたが、流し読みするだけで返事は書きませんでした。サンディが記憶を失った経緯を知ったところで、なんの解決にもならないからです。

 そしてレイは二十歳になりました。とうとう奥さんは、彼女に縁談を持ってくるようになりました。

「年頃なのに仕事の虫でどうするの。そんなんじゃ幸せになれないわよ?」

 レイは当然、すべて断りました。しかし、そんな折、またシンシアから手紙がきました。今度は荷物も届きました。

 それは、サンディが亡くなったという知らせと、葬式に来る気はあるかという問いと、サンディがレイに渡したがっていたものがあったらしい、ということが書かれていました。

 荷物は、紙にくるまれた箱でした。ちょうどホールケーキが一つ入りそうな大きさでした。開けると、中には鮮やかなワインレッドのベレー帽が入っていました。裏側には「アレクサンドラ」と刺繍されていました。それと一緒にもう一つ封筒が入っており、開けると、シンシアとは別の筆跡で手紙が書かれていました。

 それはサンディからでした。

 サンディは結局レイのことは覚えていませんでした。ただ、もしレイが自分の娘なら、この、手に入れた経緯がはっきりしない帽子について知っているのではないか? と思い、手紙を書いたそうです。

 帽子の裏側は、ちょうど時計の文字盤のような柄になっていました。二本の針は、十二時を指しており、帽子の裏地にはまんべんなく十二の数字が縫いこまれていました。

 レイがまだクロックの外を知らなかった頃、確かに母はこれによく似た帽子を好んで着用していました。しかし、これがなんなのかと聞かれても、レイにはわかりません。そこでレイは、葬式には出ないという趣旨の手紙とともに帽子を送り返しました。

 ところが後日、帽子はレイの元にまた送られてきました。女の子のいない家にこんな帽子があっても仕方がなし、代わりに引き取ってくれというのです。自分のことを覚えていない母の形見をもらっても、始末に困ります。かといって、捨てるわけにもいきません。しかしこんな派手な帽子は欲しくありません。

「それ、かわいい帽子ね」

 帽子と手紙を持って立ち尽くしているレイのもとに、1人の少女が近づいてきました。それは、社長夫妻の娘でした。彼女は普段親戚の家にいることが多いのですが、ごくたまに両親に会いに店の方に出てきて、レイや他の従業員に声をかけるのでした。

「あなた、アレックスね。すっかり大きくなって」

「その呼び方はやめて。いつも男の子と間違われるの。私はアリー。アレックスと呼ぶのはパパくらいよ」

「あら、アレックスは本名じゃないの?」

「違うわよ、私は『アレクサンドラ』。パパが勝手に私をアレックスと呼ぶだけなのよ」

 レイは思わず帽子を握りつぶしかけました。このタイミングでその名を聞かされるとは思いませんでした。


「ところで、その帽子の紅色、とてもきれいね。どこで手に入れたの?」

 アリーは帽子を大変気に入ったようでした。レイはふと思いついてアリーに帽子を手渡しました。

「あげる」

「え?」

「それ、もういらないの。私のでもないし、捨てようと思っていたから」

「本当に?」

 アリーは帽子を受け取ると、「パパ!」と言いながら嬉しそうに駆けて行ってしまいました。

 レイは複雑な気持ちでしたが、同時に、これまでのしがらみから解き放たれたような解放感も感じていました。

 そしてレイは、シンシアにまた手紙を書きました。



 ──今までありがとうございました。しかし、母もいない今、これ以上私は皆さんと関わる気はありません。ただ、もしハロルドにあなたの言う「その時がきたら、一つだけ渡したいものがあります。その時はまたご連絡ください。



 それきり、レイは腕時計を見つめることもなくなりました。

 数日後、アリーがまた店にやってきました。

「見て、この帽子似合っているでしょう? でも、変なの。なぜか私の名前が刺繍してあるし、裏側が時計になっているの。ねえ、信じられる? 布でできた針が帽子の中で動くのよ」

 レイはそんなアリーに微笑みかけました。

「きっと気のせいよ、アリー。寝る前におとぎ話を読みすぎたのではないの? 王子様とお姫様がでてくるような話をね」


END




この話はここで一旦終わりです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

レイの今後については、別作「不思議な時計と赤帽子」(https://ncode.syosetu.com/n6658fb/)にて語られています。よろしければこちらもどうぞ。

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