5 絶望
しばらくして、レイは一日、休みをもらいました。
することは、とっくに決まっていました。
ちょっと道端で人に聞けば、誰もが口をそろえて言いました。
「人喰い森は、あっちだよ。今も、行方不明者はいるらしい。決して近づいてはいけないよ。ああ、恐ろしや!」
人々はレイを止めました。けれどレイは、聞く耳をもちませんでした。それどころか、人々の異常な怯え具合に、安堵さえしていました。
森は、町の中心部からほとんど離れていませんでしたので、すぐにたどり着くことができました。来てすぐにレイは、この森の違和感に気が付きました。森の入り口はきれいに駆られた芝生の中に点々と草花が生えているだけで、あとは何もありませんでした。だというのに、野原の中には何の前触れもなく、大木が突然ぼこりと生えていました。
なるほど、気味悪がられるわけだ、とレイは思いました。そして、何の気の迷いもなく、ずんずん森へ進んでいきました。
森に入ると、レイの腕時計の針がくるくる回って、行くべき方向を指してくれましたので、レイは迷うことなく森を進むことができました。
森の出口は、とても見覚えのある野原でした。よく考えてみると、入り口の不気味な野原は、こちら側の光景とまるでそっくり同じなのでした。森からはゆるやかに小川が流れていました。この川は時計塔まで流れているはずです。見ると、前方にあの白い時計塔が見えました。森から塔まではとても平坦でしたが、どういうわけか、水の流れは止まろうとはしませんでした。
城に着いて扉をノックすると、ギ、ギ、と音がして扉がゆっくり、本当にゆっくりと開きました。あまりにゆっくりだったので、しびれをきらしたレイは自分で扉を引きました。
「まあ!」
レイは嬉しそうに叫びました。
そこにいたのは、いつぞやと変わらぬ目の覚めるような赤を持った目覚まし時計、ティムでした。
「私よ、レイチェル。お久しぶり! 私、アールに会いに来たの」
ところが、ティムはレイの話にほとんど反応しませんでした。そして、途切れ途切れにこう言いました。
「ああ……間に合っ……早く……地……下……」
「ティム?」
レイが問いかけましたが、ティムは反応しませんでした。カタン、という音とともに、ティムは後ろにひっくりかえり、そのままぴくりとも動かなくなりました。レイは慌てて彼を抱き起しましたが、だめでした。何度も名前を呼んで揺さぶりましたが、同じことでした。彼の不格好な、人間そっくりの手足は冷たくなっていました。
レイは、ティムを左わきに抱えると、階段を下りて地下室へ行きました。
そこに、アールはいませんでした。代わりに、ベッドの上に小さな箱が置いてありました。開けてみると、中身はすべて便箋でした。
――敬愛なるクロノス・オブ・クロックに宛てて
はじめの紙にはそう書いてありました。「クロノス」というのは、クロックの時期後継者の称号です。昔、イザドラがレイにそう教えてくれたのでした。レイの称号は「カイロス」でしたが、レイは構うことなく中の紙を取り出しました。
そこには、アール独特の堅苦しい字で、国家設立から現在に至るまでのクロックの歴史が記されていました。レイや両親のことも、昔ノアと一緒に聞かされた事件の話も、何もかもがびっしりと書かれていました。レイは、床に座り込んだまま、夢中になって読みふけりました。そして、いよいよ最後の便箋にたどり着きました。おかしなことに、この便箋の字だけ、弱弱しい、ミミズがはった跡のような字でした。
――王子が来るのを楽しみに待っていた私は愚かであった。よりにもよってこんな時に、私にかけられた呪いは解かれようとしている。つまりそれは、私の死を表す。永遠に生きながらえる苦しみに耐えていた私だが、今は死が恐ろしくて仕方ない。なぜならば、私の死後、国を守りうる人間が、ここにはもう一人もいないからだ。ハロルド王子よ、もしもあなたがこの手紙を読んだなら、どうか王の呪いを解いてほしい。そして、何もわからぬままに故郷と引き離された哀れな姫君のことも、救ってやってほしい。私の亡き後にはティムが私を庭
手紙に書かれているミミズ文字はここまででした。最後の文字は、力尽きたのか、勢いよく便箋のそとへはみ出していました。
レイは、左わきに動かなくなったティム、右わきに箱を抱えて庭へ出ました。庭といっても、そこはただの野原でした。塔の裏側へ回ると、そこに、不自然に土を掘り返した跡がありました。側には手のひらサイズの小さなシャベルが転がしてありました。それは、この小さな目覚まし時計用のものでした。
レイはその土の跡を見つめながら、呆然と立ちつくしていました。