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3 昔話

 昔のクロックの王様の名前は、みな「シーザー」といいました。お父さんがシーザーなら息子もシーザーで、その子供もシーザーといいました。そんな風にして、名前を受け継いでいったのです。シーザーの名は七代まで続きました。その頃のクロックはこんな風ではありませんでした。人間もたくさん住んでいる、普通の国でした。少し変わったところといえば、動く時計が人間と共存していることと、王様とその家族に時間を操る不思議な力があることと、一秒も狂わない時計を輸出していることでした。その頃のクロックは、世界中の時を牛耳る魔法の国として、あらゆる人々に知られ、恐れられていたのです。

 さて、二百年以上昔、クロックにはダグラスという人がいました。これが、レイのおじいさんのおじいさんの……ずっと昔の先祖にあたる人でした。

 この人は、二男でしたので、シーザーという名前ではありませんでした。お父さんはシーザー七世という王様でした。

 当然、次の王様になれるのはお兄さんの「シーザー」のはずでした。ところが、このシーザーは落ち着きがなく、知りたがりで、周りの言うこと全てに反発してばかりでした。楽天家で深く考えることもあまりなく、自由奔放に生きていました。そしてある日、シーザーは家出をしてしまいました。おかげでお城は大騒ぎになりました。こんなことが人々に知れ渡ったら大変なことになるということで、この家出事件は隠し通されました。

 三年後、シーザーは堂々と帰ってきました。その傍らには妻とした女性がおり、なんと子供までいました。これによってお城は騒然となりました。ついに王様はシーザーを勘当し、弟のダグラスを次の王様としました。こういうわけで、八代目の王様の名前はシーザーではなく「ダグラス」になりました。

 この事件以降、クロックの王様は名前を受け継ぐのをやめました。

シーザーのほうはというと、名前を変え、奥さんの姓を名乗って外国へ行き、成功したそうです。そんな彼の新しい姓は「ペンバートン」でした。そして、彼自身が持つ魔法の力で、こっそりと故郷に繋がる扉をつくりあげました。しかし、この扉は永遠に開かれることはなく、シーザーの家とクロックの丘の上に放置されていました。それぞれの時代の王様は、何とかそれを取り壊そうとしましたが、どうしても壊せませんでした。とはいえ、草の上にぽつんと扉があるのはあまりにも奇怪だということで、そこに壁と床と屋根をつけました。


「あの扉は、そういうふうにしてできたのだと、伝えられている」

「どうして、あなたがそんなことを知っているの?」

「ダグラス王が、わしに話してくださったのです。特別にね。あの扉を最初に開けたのは、他でもない、このわしです。落ちるとこまで転がり落ちて、盗みでもしてやろうとあの屋根に忍び込んだのがきっかけです。魔法の力が弱まっていたようでね、ちょっと鍵穴をいじると、すぐに開いてしまいました。以降、わしは歴代の王に仕え、この国の歴史を語り継ぐ義務を負いました。ところで、坊主、確かノアとかいったな」

 急に呼びかけられたので、気づかなかったのでしょう。ノアはすこし遅れて返事をしました。

「は、はい」

「この話を他人にするんじゃないぞ。まあ、仮に喋ったところで、どうにもならないような気がするがな」

「はあ……? わかりました」

 ノアは、よくわからない、といったふうに首を捻りました。レイにも、アールの言葉の意味は、よくわかりませんでした。

「ねえ、アール」

 レイは、思い切って切りだしました。

「お父様や、お母様やハルたちは、どうしているの?」

「ああ……。その質問に答えるには、もう少し過去のお話をしておかなければなりませんね。また長くなるかもしれませんが、ご辛抱ください」

 アールは手を組みなおして、また話し始めました。



 シーザーの一件があってから、変わったのは王様の名前だけではありませんでした。ちょうどダグラスが王様になったころ、世界は大きく揺らぎはじめました。他の国の技術が発展し、科学というものが力を持ちはじめました。また、王様を持たない国が現れました。そうした中で、今まで不思議だった様々なことが具体的にわかるようになると、人々は、クロックに疑惑の目を向けはじめました。

「あの国は、何かがおかしい」

「怪しい邪教を信仰しているに違いない」

「何かうまいことやって、我々を騙しているんだ」

 そんな声が、あちらこちらから聞こえてきました。

 クロックに住む人々まで王様を疑いはじめました。根も葉もない噂が国中を駆け巡りました。そして、とうとう、武器を持った他の国と組んで、王様を殺しにかかりました。

 しかし、ダグラスとその家族には、時を止める力がありました。王様は、国中の時間を止めることで、危機一髪、助かりました。

 ところが、この「生きている人間の時間を止める」というのは、禁忌の術、やってはいけないことでした。もし、これを実行した場合、実行した人の時間が止められ、永遠に眠ったまま朽ち果ててしまうのです。

 それを哀れに思った人がいました。それが、アールでした。彼は城、今の時計塔の地下にいて、無事だったのです。

「わしは、つくづく人間の愚かさを思い知りました。ダグラス王は、決して私利私欲のために時間を止めたことなんてありませんでした。王は洪水を止めたり、雲を止めて畑に日光をあてたりしていたのです。すべては国のため、民のためだと仰っていました。そんな恩も忘れて、いったい何をしているのやら! ですからわしは叫びました。こんな理不尽なことがあってたまるかと。王の時間を止めるなと、そんなに止めたいのなら、いっそわしの時間を止めてくれと」

 アールは調べに調べた末、ある術を使って、ダグラス王を目覚めさせることに成功しました。代わりに、アールの体の時間が止まりました。彼は不老不死の体になったのです。

「昔はわしも若かったのですよ。今は不幸か幸いか、わしを縛っていた魔法が解けはじめているようで、この通り汚いじじいになってしまいましたが」

 そう言って、アールはほんの少しだけ笑いました。


 王様とその子供たち、そしてアールは、クロックの存在を隠すことに決めました。世界とクロックの時間の流れをずらすことで、誰も入ってこられないようにしたのです。国に残ったのは家来の時計たちのほか、王様とその家族、アール、そして川に住む妖精、フローでした。彼女は人のような見ためをしていましたが、クロックの「時の流れ」そのもので、厳密には人間ではありませんでした。

「フローはどうしているの?」

「どこにもいませんよ。時が止まっているときに、時の流れが存在できるはずがない。消えてしまいました」

「え……」

 かつての親友の存在を一瞬で否定され、レイは真っ青になりました。それに気づいていないのか、アールは目を泳がせながら続けました。

「わしは今でも、すべての始まりは国を出たシーザー王子だったのではないかと思っています。王の名前が受け継がれなくなってから、この国はおかしくなった」



 それ以降、クロックは外部と断絶した状態のままになりました。食糧確保などの生活に関することがらは、すべて国に住む時計たちの仕事になりました。

けれども、完全に外とかかわらなくなった訳ではありませんでした。外の様子を知るために、こっそり森を抜けて外出することもありました。外から人は入ってこれませんが、中にいる人が出て行ったり、戻ってきたりすることはできました。七歳を超えた王子は皆、かつての隣国の学校へ行っていましたし、王様も毎日新聞を読んでいました。彼らは、わりと普通に生活していたのです。

「外でも買い物できるように金を稼ぎながら外の世界の情報を得るのは、わしの仕事でした。懐かしいものだ」

 

 ダグラス王以降、クロックには必ず王子が一人だけ生まれるようになりました。女の子は一度も誕生しませんでしたし、男の子も一人以上は絶対に生まれませんでした。王子は皆、国の外へ勉強しに行ったついでに知り合った女性を連れて帰ってきました。ほとんど人がいないこの国に嫁いでくるのは、必ず身寄りのない女性でした。

「家族が結婚式に来たのは、十七代目の王ナサニエル様の妃、アレクサンドラ様だけでした。わしは、そのとき、何だか嫌な予感がしたのですよ。そして、生まれた子は女の子だった。これで、わしはもう『何かが起こるに違いない』と確信しました」

 アールは急きょ、あの小屋の扉の穴から鍵を作りました。そしてイザドラにそれを預け、一番信頼していた赤いめざまし時計のティムに小屋と国の両方を見張らせました。

「イザドラは先代の王が存命の頃にやってきました。夫の暴力と浮気に耐えかねて家を出てきた女性でした。そのわりに、家族とは連絡をとっていましたが。彼女が一番不思議なんですよ。死のうと思って飛び降りたら、いつのまにかここにいたんだと。話を聞いたら、住まいがペンバートン家の近くだったので、いちかばちか鍵を預けました。もしも何かあったら、小屋のドアから逃げろとね」

レイはくらくらしてきました。それはノアも同じでした。

「歴史の授業みたいだ。勘弁してくれよ、吐きそうだ」

「アール、お父様とお母様はどこにいるの?」

 アールは悲しげに瞼を閉じました。

「お父様には、お会いになれません」



 こうしてアールたちが警戒する中、ついにあの事件が起こりました。本来なら外の人間はクロックに入ってこられないはずでした。しかし、デイビス王がかけた魔法は、信じられないほどに弱っていました。誰も、それには気づきませんでした。

 そしてあの日、アレクサンドラ――サンディは森の外に、家族に会いにゆきました。もう十年も家族に会っておらず、とても浮かれていたそうです。しかし、森の外で警官に出くわしてしまいます。その場はごまかしましたが、彼女を怪しんだ警官は、彼女を尾行しました。それに気づいたサンディは妹に会うのをやめて、森の中へ引き返しました。これで、いつもなら姿をくらませることができたはずでした。でも、実際は違いました。

 森の中に見慣れぬ土地があることを知った警官は、これを報告してしまいました。そして、それを聞いた警察は、あろうことか、この場所を調べるために軍隊を差し向けました。サンディは小さなハロルドとともに、森の外へ引きずり出されようとしていました。

 それを止めようとしたのが、ナサニエル王でした。彼自身もまた、連行されようとしていました。そこで彼は、過去にデイビス王と同じことをしてしまったのでした。なんとか彼らを振り切ると、塔の最上階に上り、呪文を唱えて大時計の針を止めたのです。あっという間に、兵隊たちは、腕をふりあげた格好のまま、固まりました。しかし、時すでに遅く、サンディは森の向こうに連れて行かれてしまっていました。

「まさか、こんな悲劇が二度も起ころうとは。憎らしきことに、この老いぼれは何の役にもたちませんでした。あなたのお父様は、今、深い眠りについています。もう、どうしようもありません」

「そんな……! 起こすことはできないの!?」

「今のわしは、一度デイビス王の罪を被った身。もう、身代りになることはできません。現在は最上階に封印されています。顔はご覧になれますが、見ないほうがいい。なまじ、諦めがつかなくなるでしょうから」

 レイは頭の中が真っ白になりました。ここへ来れば、必ず再会できると思ったのに……

「お母様とハルは?」

「お母様と王子については、わからないのです、まったく」

「うそ、うそよ。そんなの」

「いいえ。あなたのお母様のご実家にも行ってみましたが、誰も住んでいませんでした。近所の住人に尋ねてみたところ、確かにお母様と王子様はそこに住んでいらっしゃったそうですが、少し前に突然、妹夫婦の住む町に引っ越したそうです。けれども、それがどこなのかを知っている人はいませんでした」

 レイは、反論する気力さえなくなってしまいました。アールは、レイから目をそらして机にひじをつきました。

「あの、詳しいことはよくわからないけど……」

 おずおずと、ノアが切りだしました。

「引っ越したってだけだろ? まだ、お前の母さんは死んだわけじゃないんだ。いつか世界中探してりゃ見つかるって、な?」

 レイもアールも、ノアの言葉には微塵も反応しませんでした。ノアのほうも、ばつがわるそうな顔でしばらく考えていましたが、ついに手をパンと叩いて怒鳴りました。

「解散! もういいだろ? なんだったら、俺も母さん探すの手伝ってやるよ。だからもう、帰ろうぜ。よく考えたら、俺らの町、時間が止まったまましゃないか。そっちのことも考えないと」

「ノア・ペンバートン、あんたの言うとおりだな……姫様」

 アールは紙を取り出し、何かをさらさらと書いて封筒に入れました。

「イザドラに渡してくだされ。今日のことは、これを読めば理解してもらえるでしょう。それとノア、あんたの町の時が止まっただと? 本当か」

「ああ。みんなかちこちに凍ったみたいになってら」

 ノアとレイは、アールに事情を話しました。アールはすぐに、ノアに質問しました。

「ノアよ、お前、まさかこの国から何か持ち帰ったりしていなかろうな」

「……実は昨日、木の枝を一本折って、持って帰った。珍しい木だったから、つい」

「馬鹿者! 原因はそれだ。その木に姫様の時計が反応したに違いない。その木は焼いて灰にしろ。それで時は元に戻る」

 アールは怒りながらも、二人を小屋まで送ってくれました。そして扉の前で、レイにこう言いました。

「姫様、お父様のことについては、もう少し調べてみましょう。姫様のお顔を見て、気が変わりました。やはり、諦めるにはまだ早い。安心なされ、わしがいる間、お父様のいらっしゃる最上階は死んでも守ります」

 そして、ノアにも言いました。

「この国のことは口外しないように。この扉の管理は、お前に任せたぞ。どうやらイザドラのやつ、鍵を開けたまま閉めていなかったらしい。もう一度鍵を作って閉めておこう。開けるときは、姫様の母……いや、義母が鍵を持っているからな。頼んだぞ」

 レイは力なく、ノアは力強くうなずきました。



 イザドラは、アールからの手紙を読んで、大変ショックを受けたようでした。怒りこそしませんでしたが、今にも泣きだしそうな顔でこうレイに言いました。

「そんなに家族が恋しかっただなんて……ああ、やっぱり血の繋がりに勝るものはないのかねえ。生まれたときから面倒もみているし、愛情もあると自負していたのだけれどね。もちろん、レイが然るべき年頃になったら話そうとは思っていたんだよ。悪かった。しかし、まさかペンバートン家の坊やまで巻き込むとは……」

 あの日からしばらくは、とてつもなく暗い気持ちで、食事もとる気がしませんでした。けれども、あまりにもイザドラが心配するので、なんだか悪い気がしたので、食事はとるようにしました。また、ノアも毎日元気づけてくれました。

「俺にはよくわかんない話だったけど、いいじゃないか。秘密の国の番人なんだぜ、俺たち! いや、確かにお前にとっては故郷だけどさ……まあ、なんだ、母さんは確実にどこかにいるわけだからさ、元気出せよ」

 不器用なうえに掴みどころのない言葉も、レイにとってはありがたいものでした。

 ――大きくなったら、お母様を探そう。それまでに、お母様に会えるだけの大人になろう。お母様が見つかったときに、イザドラを褒めてくれるように。そして、皆でお父様を目覚めさせる方法を考えればいいのよ――

 そう考えると、なんだか気力が湧いてきました。

 翌日からレイは、少しずつ自分の意見を言えるように努力しはじめました。

 やがて、レイは常に先生に褒められる、優等生になりました。イザドラも、とても喜んでくれました。

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