摂理《プロヴィデンス》
また勢いで書いた
「うはッ モモりんいるじゃ~ん! ビビ激ラッキーじゃね!?」
ビビアナが目をキラキラさせながら、祈りを捧げる信徒のように胸の前で手を組む。半分くらい剥き出しの谷間から『もにゅん』と擬音が聞こえた気がした。けしからん寄せ上げ攻撃である。
「なんでラッキーなんだ」
「あ? だってモモりん激カワだし? カワイイは正義だし? 存在そのものがラッキーみたいな? つか……モモりんアレ今何やってる系? なんかスプーン握ってっけど?」
「あー なんかスプーン曲げに挑戦してるっぽい。Mr.マソックにドハマり中だ」
「は? マソック? 魔法使えるのに? んもう! モモりん激萌えなんスけどォ~~!」
両手を頬に添えてうりんうりんするビビアナ。
見た目が完全に外人さんな彼女が、頭スッカラカンな日本語を完璧に操れるには理由がある。
北海道生まれ北海道育ちのハンガリー男性と大阪生まれ大阪育ちのロシア女性が東京で出会い大恋愛の末生まれた娘。それがビビアナだ。
ビビアナ曰く
『家族3人、日本語しかしゃべれねーしww マジウケるんだけどwww」』
だそうだ。マジウケる。
そこまできたらもう日本人でいいんじゃね? と思うのだが、さらに魂が異世界出身というのだからワケがわからない。結局なに人なんだお前。
当の本人は口元をネコみたいにしながら萌々の背後に忍び寄っている。
「モ~モりんッ!!」
そう叫んでビビアナが萌々に抱き着いた。
ビクッ となった萌々があわあわしながら手足をバタつかせる。
「そ、その名で呼ぶな下郎! わ、我はマイヤール魔導国盟主、モニカ・ルクセール・デュ・マイヤール・エレナ・ストラディン・ファルコニモであるぞ!」
「モモじゃん」
「萌々だな」
「ももってゆーなぁッ!」
「うはッ モモりん今日も激かわええぇぇッ!!」
「は~な~せ~ッ!!」
ビビアナが心底嬉しそうに萌々に頬擦りしている。萌々は心底嫌そうに暴れていた。
いつでもどこでも傍若無人、唯我独尊、ゴーイングマイウェイな魔王様も、ビビアナにかかったらただの幼女である。
魔王様の天敵が蛮族ギャルとか超ウケる。
「おい、いい加減、泣き出す前に放してやれ。そいつがヤケ食いするコロッケはいつも俺が買わされてんだぞ」
「え~ 何それ、つかタケリーノ激失礼じゃね? まるでモモりんがビビの事嫌いみたいじゃん!」
萌々を羽交い絞めにしながら心外だとばかりに頬を膨らませるビビ。
「お、お、お前なんか嫌いだ~~ッ!」
「むふふ~ 照れちゃってぇ~ モモりんかぁいいよモモりん♪」
「ふあああああぁぁぁ~!」
ほっとくと永遠にやってるのは実証済みだ。そして萌々の機嫌をなおすためのコロッケ20枚は地味に懐に痛い。
まあまあと二人を引き剥がし、ビビアナをソファに座らせた。ちなみに萌々さんはすぐに俺の背中に隠れて、シャーッとビビアナを威嚇している。
俺は立ったままビビアナを見下ろすと、彼女はどこか落ち着きなくソワソワしていた。時折、様子を伺うように上目遣いで俺を見上げる。なんというか……猛烈に嫌な予感がした。
「ていうかお前、支部長が最近連絡取れないって困ってたぞ。サボり過ぎだろ」
「サボってねーし。つかビビは案件別の時給制だし」
「じゃあ聞くけど、連絡も取れない甲係のJK様が何で急に事務所に来る気になったんだ?」
「へ? べ、別に? ヒマだから遊びに来たっつったじゃん?」
ビビアナの目がバタフライを開始。俺の脳内警報がアップを始めた。
こいつがこういう目をする時はロクでもない事を考えているという事を俺は知っている。
「あ、そ、そうだタケリーノ! 今日はもう仕事終わりだべ? ひ、暇だったら遊び行かね? ビビ行きたいトコあんだよね~ ね、行こうぜ息抜きにパーっと―――」
「パーっと何をするつもりだ?」
以前、パルクールに付き合ってと連れ出された先で、下着ドロ相手に命懸けのパルクールをする羽目になったし、ボルダリング行こうよと連れていかれた先はビビアナの友人の彼氏が住むマンションだった。浮気現場を押さえるためにスパイダーマンとか超発想にも程があるだろ。
俺はもう騙されんぞ。お前またなんか厄介事を持ってきやがったな。
「……さ、散歩?」
「おい、目ェ逸らすなアホ妖怪」
鳴らない口笛をひゅーひゅー言わせながら明後日の方を向くビビアナ。
俺はビビアナの頭をガっと掴むと、我が子を慈しむ親の様に穏やかな笑みを浮かべた。
「正直に言ってごらんビビアナ。お兄さん怒らないから」
「と、友達を迎えに……」
「どこに?」
「じ、事務所」
「なんの?」
「や、ヤクザ屋さん…………えへっ」
「『えへ』じゃねぇンだよッ! ふざけんな紫外線ギャルがッ!!」
「怒らないって言ったじゃんッ!!」
「怒るわボケッ! その発想は無かったわ!!」
むしろ何で怒られないと思ったんだよ。
こいつ頭おかしいんじゃないかと薄々感じていたが、やっぱり頭おかしかった。
どこのアホが知り合いを迎えに本職の方の事務所に行くんだよ。しかも何でしれっと俺を連れていこうとしてんだこのアホ。俺はただの一般人だぞ。
道端のクソを見る目でビビアナを見下ろす。すると彼女はスッと立ち上がって俺の腕を抱き着くようにして掴んだ。
「ねぇ~ タケリーノぉ~~ 手伝ってよぉ~」
俺の腕は挟まれていた。乙πに。
「ねぇってば~~」
訳あって俺は美人を目の前にしてときめいたりはしない。更に年下ともなればなおさらである。
そう、俺はときめいたりしない。女性にときめきはしないが乙πにはときめく。俺が異常な性癖を持っているわけではない、謂わばこれは我々人類の原罪なのだ。
この世に哺乳類として生を受けたその瞬間から逃れえぬ螺旋の記憶。
それはまさに運命。
大統領も大富豪もムービースターも英雄も、我々人類は乙πの前ではみな平等だ。『愛』と言い換えたっていい。
ビビアナがギュッとするたびに半分剥き出しの谷間がグニグニ動く。
くっ なんてけしからんおつぱいか。けしからんおつぱいにはお仕置きが必要だと思います。
「ぐぬぬぬぬっ 蛮族め離れろ! 我の下僕からは~な~れ~ろ~~!!」
「手伝ってよタケリーノぉ~~~!」
なぜか萌々が顔を真っ赤にして俺からビビアナを引き剥がそうとする。なんだこの状況。つーか邪魔すんな萌々。
2人がギャーギャー騒いでいると、笹原支部長が奥の応接室からフラッと現れ自身のデスクに座った。
支部長は至って普通を装っているのだが、如何せんスーツがズタボロだし目の周りが青アザになっている。普段から綺麗に整えられた髭はなぜか右半分が剃られていた。ルルさん超怖いっす。
「やめろビビアナ。まだ勤務時間中だぞ。俺にはオロナインママの電話相談という崇高な任務がある。きっと今日あたりはメンタムママにクラスチェンジしてるはずだ」
「ワケわかんねーし! つかタケリーノ連れてってもいいっしょ支部長~~」
「は~な~れ~ろ~~~!!」
ボロボロの支部長がデスクに座り、俺はビビアナに乙サンドされ、萌々がビビアナをポカポカ叩いている。少し離れたルルさんが、微笑ましい感じで萌々を見ながらお茶の用意をしている。
カオスである。もうよくわからん。
「ビビアナ君、荒木田君はまだ勤務中でね。オロナインママの馬鹿みたいなカウンセリングで相槌を打つ仕事が残っているのだよ」
「凄い事言ってんなこの人」
支部長がキリっと言い切ったが、バレたら不祥事である。
「支部長ォ~ 激願ぁ~~!」
「ふむ」
意味不明な日本語を口走るビビアナ。
彼女は俺の腕を開放すると、少し身を屈め両腕をギュッと絞って乙πを寄せて上げた。
すると支部長が神妙な面持ちで机の上で手を組み口元を隠す。そして眉間に深い皺を寄せると痺れるほどダンディな声で言った。
「ビビアナ君。君は何カップかね?」
突然のどストレートにポカンとする俺。
萌々が悲し気に自身の胸を見下ろし、ルルさんの糸目がうっすらと開く。
しかし、聞かれた本人はなんら怯む事無く、笑顔全開で元気に手を挙げた。
「Fでーす!」
支部長が重々しく頷く。
「いいだろう。荒木田君、ビビアナ君と行ってきたまえ」
「なんでだよ!」
「坊ちゃま、少しお話があります」
俺は反射的に叫んだ。更に抗議しようと支部長に詰め寄ると、支部長の片眉が跳ね上がった。「何か問題でもあるのかね?」とでも言いたそうな表情だ。
納得出来ないが昨日の事もある。正面切って「嫌です」とは言える気がしなかった。
なお、ルルさんが支部長の襟首掴んで応接室にゴーバックでした。
「うはっ さすが支部長! 激カッケーし!」
「待て、我も征くぞ! 下僕一人で行かせるわけにはいかぬ!」
鼻息荒くする二人のガキ共を見て、俺は呆然と呟いた。
「ああ…… 転生したい……」