私はやってない
突き出されるナイフ。ぬらりと光る凶刃が萌々の心臓めがけて突き進む。
「ぶっ殺してやるッ!」
「させるかよッ!」
それが萌々に突き刺さる寸前、赤髪ヤンキーの手首を掴む事に成功。
そのまま内側に捻って雑巾を絞る様に腕を巻き上げた。同時に膝裏を踏み抜き地面に這いつくばらせる。赤髪のヤンキーが苦悶と憎悪に顔を歪めた。
「ぐああッ お。俺の肉体強化を……ッ 何者だテメェッ!」
「そりゃこっちのセリフだボケ! ただのヤンキーじゃなかったのかよ!」
「だったら何だ!? うんざりなんだよこの世界はよォ!」
さきほどまで軽薄なニヤケ面だったヤンキーは、獣の様な形相で唾を飛ばす。まるで別人だ。
冷や汗がこめかみを伝った。俺の反応があとコンマ何秒か遅れていれば、ナイフは根元まで萌々に突き刺さっていたはずだ。
チラリと見た他二人のヤンキーは、つるんでいた仲間の変貌に腰を抜かして怯えていた。どうやら赤髪ヤンキーが転生者である事を知らなかったらしい。
「人も魔獣もぶっ殺して来たってのに転生した途端『暴力はいけません』だァ? 平和ボケしやがって、ふざけんじゃねぇ! 向こうでは力こそ正義だった! 俺はそうやって生き抜いてきたんだッ!」
己の価値観、積み上げた全てを否定され、知らない世界に突然放り出される。それを「はいそうですか」と笑って流せるほど人は完全な存在じゃない。俺たちにその絶望感は想像する事すら叶わない。
転生者のほとんどがこの世界の常識に適応し普通に生きていく中、どうしてもこの世界に馴染めない者も確かに存在する。異世界とは違い過ぎる優しい価値観は、時に彼らを蝕む毒となり、記憶持ちともなればさらにそれは顕著に表れる。
だが俺はその血を吐くような台詞に同情はしない。その苦悩を全ての転生者が背負って必死に生きていることを俺は知っているからだ。俺のすぐ横で体を縮込める萌々だって、もしかしたら本当に偉大な魔法使いだったかも知れないのだ。
だから俺は低く押し殺した声で返した。
「その平和な世界で幸せに生きている転生者だっていっぱいいる」
「俺たち転生者はお前らとは違う! 魔法も使える! 生物としての各が違う、魂がそれを証明してる! なのにどいつもこいつも学校でお勉強が出来ないくらいで見下しやがって……!」
「平和ボケした世界の住民にお前は武力でも負けたんだ。これ以上、他の転生者に迷惑をかけるんじゃない」
「ぶっ殺してやるッ! お前ら全員死ねばいい――――」
俺は無言で赤髪ヤンキーの延髄に手刀を落とす。瞬間、糸の切れた人形の様に赤髪ヤンキーが崩れ落ちた。
これ以上話すことは無い。同情に近い感情が湧いてきてもこの世界に生きる人間の一人として許容してはいけない。何より、転生者管理局で一緒に働く仲間達を侮辱するような真似を認めるわけにはいかなかった。
「俺たちは転生者管理局だ。転生者を発見したら報告する義務がある。こいつは連れて行くけど何かあるか?」
腰を抜かしたヤンキーに問いかけると、二人は物凄い勢いで首を横に振った。
つるんでいた仲間が転生者だったことに対する衝撃もあるだろうが、状況に頭が追いついてないっぽい。
事情徴収は……まあ、するまでもないだろう。当事者の身柄を押さえてるし、余罪が出てきたら彼らをどうにかするのは警察だ。
「じゃあもう帰っていいぞ」
「ひぃぁっ」
「ごめんなさいぃっ」
しっしっ と手を振ると、二人は四つん這いのまま裏道を駈けていった。
「いや、そんな怖がらんでも…… ていうか逃げ足速ぇな」
転生者管理局は、対犯罪転生者との異次元バトルばかりがクローズアップされるおかげで、巷で局員は漏れなくゴリゴリの戦闘部隊だと思われている。
戦闘部隊である甲係は少数で、圧倒的に俺たち乙係や丙・丁・戊係の方が圧倒的に多いというのに中々世間様の目は厳しい。
俺、今日なんておねいちゃんとニャンニャンしたいだけの変態教祖の愚痴聞きやってたんだぞ。
釈然としない気持ちを抑えつつ、俺は第参支部丁係に電話をかけた。扱いに困った転生者の回収やら現場復旧やらは彼ら丁係の仕事である。
「さてと……」
最低限の仕事をこなして、腰を抜かしたのかペタンと尻もちをついている萌々に手を差し伸べる。
「大丈夫か萌々」
とりあえずパンツ丸見えだった。自称魔王だから黒のレースかと思ってたら普通に白の綿パンだった。スカートは完全に捲れあがり土で汚れている。
人通りの無い薄暗い路地
パンツ丸出しで尻もちをつく美少女
美少女に手を伸ばす青年男性
満貫やんけ……ッ
「お、おい、早く立て萌々」
「ももってゆーな!」
萌々が口をへの字にしてプイッと顔をそらす。顔は真っ赤でプルプル震えている。
おいおい何をヘソ曲げてんだコイツは。頼むから素直に立ってくれ。俺の社会的信頼のために立って!
「ふんっ まあいい。褒めて遣わすっ」
クソガキが妄言を吐いた。
なんぞその上から目線。
「いや今そういうのいいから立って」
「我が本調子ならばあのような塵どもは一捻りに―――」
「いやマジで後で聞くからとりあえず立って」
すると萌々がキッと俺を睨みつける。
「我が褒めてやったのにその態度は何かッ!?」
「お前の態度が何だよッ! ホント立って下さいよ!」
厨二病というのはここまで脳ミソおかしくするものなのか。それといい加減パンツ丸出しなの気付けよ!
割とイラっとしたので俺は強引に萌々の手首をつかんだ。
「いいから立たないと色々マズイんだって。いい加減にしないと無理やりするぞ! 痛いって言ってもやめないからなッ!」
「い~や~だ~! は~な~せ~~ッ!!」
「オラっ 大人しく言う事を―――」
「なにをやっているのかね?」
唐突に背後から声がした。
俺は思わず振り返る。
「うるさい! 今俺は取込中だから邪魔すん…………どちらさま?」
「警察です」
「あ、ごくろうさまです」
おまわりさんが3人いた。
とりあえず、さすがにパンツ丸出しは可哀想なので、紳士的に捲れたスカートを元に戻してやる。
萌々の目が見開かれ、お巡りさんの俺を見る目がスッと細まった。
状況がよくわからないので俺は眉間に指を当てて目を瞑る。そして色々悟った。
「私はやってません」
「やってるだろ」
「やってますね」
おまわりさんは声をハモらせた。
「も、萌々ッ やってないよな!? 俺やってないよね!?」
「我は知らんッ!! この変態っ!」
「変態じゃねえよ!」
萌々が目をバッテンにして叫ぶ。
待て、冷静になれ、俺。ここは端的に事実を述べつつ、誠実に萌々を刺激しない方向で……ッ
「お、おい萌々、頼むからちゃんと説明してくれ! ほ、ホラ、コロッケやるから。俺はロリの綿パンなんかに興味は無いっておまわりさんに弁明を―――」
「辱められた……ッ」
「ふおおおおぉぉぉッ!」
俺の肩にポンと手が置かれた。
振り向くと、お巡りさんが引き攣った笑みを浮かべていた。
「話は署に戻ってから、ゆ~~~~っくり聞くから」
「タイーホはいややぁぁ~~~ッ!!」