漆黒の炎蛇
「うわあああああぁぁッ」
「くそッ 間に合わない……ッ」
閃光。
魔法陣が凄まじい光を放つ。こじ開けられた次元の狭間から顕現せしソレはこの世為らざる『暴』だ。
黒々と燃え盛り臓物の様に脈動するソレはまるで漆黒の炎蛇。炎蛇は圧倒的殺戮の意思を以て、憐れな贄へと襲い掛かり、そして……
「熱っ!」
「火傷したぁっ」
「ヒリヒリするぅッ」
ヤンキーをちょっと火傷させた。
ライターの火くらいの黒い炎がペシペシとヤンキーを攻撃。 炎は片手でベシッと払われると悲し気な鳴き声を発して消滅した。
「だからやめろって言っただろ」
ズビシッ と脳天チョップをくれてやる。
涙目になって頭を押さえる萌々。
「くっ 我を縛る封印がッ」
「『封印がッ』 じゃねえんだよ。火に油注いでどうすんだお前は」
「ぐぬぬ、かくなる上は……」
反省してないようなのでビシッとチョップをもう一発。ぐぬぬ と蹲る萌々を見下ろして俺は盛大な溜息を落とした。
「『かくなる上は』じゃねえポンコツ」
「ポンコツってゆーなぁっ!」
見ての通り萌々の魔法はポンコツである。この世の終わりみたいな雰囲気の魔法を使い、相手をビビらせてはキレられるを繰り返している。
この前は万年氷獄とか言ってトマトを冷やしていた。今日は火傷させただけ上出来だ。
「お前、絶望的に荒事に向いてないんだからいい加減大人しくしとけ」
「クッ 我本来の力を出せば、北関東程度ならば一撃で火の海よ」
「グンマーがある限り無理。日本の秘境を舐めんな」
とてもじゃないが転生者判別機に災害級と判定されたとは思えない。当人は前世で力を封印されたからとアホみたいな言い訳を口にするが、まあ妄言の類だろう。機械だってたまには間違える。
突然の魔導現象に腰を抜かしていたヤンキーが、みるみる間に怒りに顔を真っ赤にして立ち上がった。
「オイコラ火傷しちまったじゃねえか!」
「水ぶくれになったらどうすんだ! おぉ!?」
「痕残ったらお嫁に行けねぇだろうが! あぁ!?」
罵詈雑言を吐きながらヤンキー達が殴りかかってくる相手は当然、火傷させた本人ではなく何もしていない俺である。
「ホレ見ろ。またこのパターンだ」
「ぐぬぬぬッ」
腕を思い切り振りかぶって向かってくるヤンキーを見て、俺は今日何度目になるかわからない溜息を吐いた。
大振りの素人パンチだ。無駄が多すぎる。雑過ぎる。何より遅過ぎる。
なので俺も適当にパンチを躱していく。ヤンキーのパンチが冗談みたいに空を切る。それを見たもう一人のヤンキーも参戦してくる。
「コイツっ このッ」
「クソ、当たらねえッ」
今の職場に入ってから体術だけは血反吐を吐きながら身につけた。いや、身につけさせられた。
転生者を相手にする以上は最低限の武力は必要だと言った鬼教官はとても嬉しそうだった。そして俺はとても嬉しそうな教官に何度も何度もボコボコにされた。
結果、間違ってもたかだか一般人に武力で後れを取る事は無い。一般人のしかも素人の拳など目を瞑っていても避ける自信があった。
ヤンキー2人の拳が切なくなるほど空を切る。余裕で攻撃をかわし続ける俺を、もう一人の赤髪のヤンキーがじっとりした目で警戒していた。その様子に俺は微かな違和感を覚える。怯えるでもなく怒るでもなく……何かを狙ってる目だ。
「テメッ 逃げやがってッ!」
「卑怯だぞ! 勝負しろや!」
とはいえこれでも一応、半分は公務員なので一般人に対する暴力はご法度だ。人通りの無い路地裏でも誰も見ていない保証など無いので、余程の事が無い限り手を出す事は出来ない。
とはいえ、これだけ連続してがむしゃらに殴りかかっていたら、きっと足がもつれてしまうこともあるだろう。
という事で、適当に足を引っ掛けてヤンキー二人を転ばせる。二人は足を払われたというよりは、もつれるようにして地面に倒れ込んだ。鍛えてもいない素人が全力で拳を振り回したら大抵2分も持たないので当然と言えば当然である
「お前らをどうにかするつもりは無い。俺たちも不用意な行動をとった。だから今回はこれで手打ちにしてくれないか」
「~~ッ」
俺は穏当な折衷案を提示した。
俺たち転生者管理局は一般人に対する強制力を持っていない。転生者であると嘯いていた先ほどまでならともかく、そうではないとわかりきった状態で防衛以上の事をすれば、マズイ事になるのは俺たちの方だ。
警察に通報するという手もあるが、立場上、あまり関わり合いたくはなかった。ただでさえ転生者に対する風向きは微妙だし、現場レベルで警察と管理局は犬猿の仲だ。余計な詮索をされても面倒くさい。
ヤンキー二人は悔しそうにしているが再度仕掛けようとする気配は無い。複雑な胸中だろうが実を取る事にしたらしい。
赤髪のヤンキーも動く気配が無いので俺は気を緩めてフッと息を吐いた―――その時だった。
「強化」
「なッ……!」
「は?」
「え?」
魔導がもう赤髪のヤンキーの肉体を覆う。
突然の出来事に、二人のヤンキーが唖然と口を開いている。俺は驚きと焦りで呻いた。
「支援魔法…… まさか本当に転生者!?」
赤髪ヤンキーが歪な笑みを浮かべる。
そして俺の横にいた萌々目掛けて突進した。その手にはいつの間に抜いたのか、ギラリと光るナイフがある。凄まじいスピードだった。明らかに人間の範疇を超えている。
「ナメやがってェェェッ!!」
視界の端で、ビクリと震えて固まる萌々の姿があった。
どれだけ異次元の理に愛された魂も、この世界で受肉した以上はこの世界の法則を免れず、災害級とてそれは変わらない。無防備な状態で刺されたら死ぬ。毒でも狙撃でも人は死ぬのだ。
時間が引き延ばされる感覚は集中の証、体が反応したのは訓練の賜物だ。俺をしごいた鬼教官に今この瞬間だけは感謝したっていい。
突き出されるナイフ。ぬらりと光る凶刃が萌々の心臓めがけて突き進む。
「ぶっ殺してやるッ!」
「させるかよッ!」
今日もう一発いけたら