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定番イベント

転生者管理局はその名の通り転生者を管理する組織だ。

 時に一般人の理解を超える異能を有する転生者たちを管理し、またケアすることで社会秩序を保つことが最大にして唯一の使命。などと喧伝しているからか、転生者管理局で働くスタッフは一般人が多いと思われがちだが、実はそれは誤りである。


 理由はいくらでも出てくるがとりあえず考えてみて欲しい。いざという時にワケのわからん魔法を使ったりしてくる連中相手に、ただの一般人がどう立ち回ればいいというのか。

 ぶっちゃけ異能に対抗するには異能しかない。毒を以て毒を制すなんて言葉があるが、現場で働く者の一人としてこれほどしっくりくる言葉もなかなか無いと思う。

 

 そんなこんなで、現場で働く人員のほとんどが転生者である事はほとんど知られていない。実際にウチの事務所で言うならば俺と支部長以外は全員が転生者だ。

 渚さんは元聖騎士(パラディン)だし、里見さんは魔法使い。女子大生の朱里ちゃんはまさかの吸血鬼で、ビビアナに至ってはどういう事か元サムライガールと、まあ、色々とお察しである。

 そしてさらにもう一人、頭のおかしい面子の中でも一際異彩を放つチビ助が第三支部に在籍している。

 


「ハズレであったな」



 自称『魔王』、我らが日比野萌々(ひびのもも)さんである。

 出先からの帰り道、繁華街を歩きながら萌々さんは跳ねるようにして俺の横を歩く。

 誰もが振り返る美少女の顔には、「くふふ」と悪い笑みが浮かんでいた。



「我は最初から期待してなかった。この神無き世界の民が魔界の神を信望するなど在り得ぬのだ」

「そうですね」



 俺たちは、新興宗教団体『魔界の神殿』に突撃訪問をカマした帰り道だ。

 転生者管理局は、転生者絡みの違法行為を取り締まる事の他に、未登録の転生者を見つけ出す事も業務に含まれている。

 噂レベルであっても、それっぽい人物の下へ足を運ぶことは珍しくない。


 今回、対象となった宗教団体は『魔界パワー』なる力を使い、結構な勢いで信者を集めていると聞いて乗り込んでみたのだが、我こそ教祖であると言って現れたのはバフォメット的なお面を被った半裸のオッサンだった。 

 見た瞬間、俺は「あ、無いな」と思った。しかし……



「我ほどにもなると嫌でももわかってしまう。有能過ぎる眼力も考えものよ」

「…………そうね」



、萌々さんは目をキラッキラさせながら「おおっ 同士よッ」などと大喜び。

 一方、半裸のオッサンは根掘り葉掘り前世の経歴を聞かれてタジタジ。 

 魔王様が地球制服を持ちかけオッサンがドン引きしたあたりで、いたたまれなくなった俺がドクターストップをかけたのだ。



「魔界の民は転生してもなおオーラが違う。しょぼくれた中年が出自を騙ったところで我にはお見通し…………貴様、なんだその目は」

「……別に?」

「ならばその可哀想なものを見る目をやめろ!」

 


 田中三郎 42歳。

 ブラック企業で長い社畜期間中、貢ぎに貢いだキャバ嬢が既婚であった事に衝撃を受け、脱サラして宗教団体を立ち上げたらしい。

 完全に文脈が意味不明だが気合が入っている事だけはなんとなくわかる。ちなみに元から手品が趣味で、『魔界パワー』に応用してみた、との事。

 そんな彼の主張を要約すると


 ・社会に復讐してやる! 

 ・魔界パワーマジスゴくね?

 ・あわやくばおねいちゃんとイイ事したいっス!


 の3つに尽きる。1:1:8くらいでおねいちゃんとニャンニャンしたい感じ。

 異世界要素が0だったし、思いのほか健全な団体だったので放置が決定。今に至る。

 


「現世で満足し、異世界を目指さなかった時点で敗北者だ」

「貴様何を……」

「ケモ耳奴隷最強。そういう話だ。気にするな」

「そ、そうか……」



 なぜか若干怯えた感じの萌々を引き連れそこそこ栄えた商店街を歩く。夕時の商店街は誘惑でいっぱいだ。

 値引きされた刺身のパック、焼き鳥を炙る香ばしい煙、うなぎ屋の甘辛いタレの香り。最近は多国籍料理屋なんかも出来て、スパイスの効いたスープの香りも路上に飛び出してくる。



「ちょっとそのへんで待っててくれ。晩メシ買ってくる」

「む、もちろん我の分もだろうな」

「なんでだよ――――っておい、わかったから拗ねんな。ちょっとくらいは買ってやるから」

「コロッケだぞ」

「わかってるよ」


 

 小走りでお目当ての店へ。

 肉屋の揚げたてメンチカツがやたら美味しそうだったので今日の晩飯にといくつか購入。萌々のおやつ代わりにコロッケも一つ注文する。

 『コロッケがあるからこの世界を滅ぼさないでおいてやる』と(のたま)うくらい萌々はコロッケ大好きっ子だ。

 アツアツの紙袋を受け取り俺は振り返った 


「萌々、コロッケ買ったぞ……って……、おーいどこ行った?」

 

 惣菜を買う1分足らずの間に萌々の姿が見えなくなってしまった。

 時間は夕時。人通りもそこそこ。しかも災害級(フェーズ4)の転生者とはいえ、中学2年のガキンチョである。

 俺は軽くあせりつつ周囲をを見回すと、道行く人たちが少し離れた場所に目を向けてザワついていた。


「何あれ、ナンパ……?」

「転生者とか何とか言ってるぞ」

「いるのよねえ自称転生者。小さい女の子囲んで恥ずかしくないのかしら」

「しっ こっち見たぞ、巻き込まれたらどうすんだよ」

「警察に連絡する?」


 人々の視線を追った先にヤンキーっぽい兄ちゃんが3人いる。彼らが壁になって見えなかったが、どうやら小さい女の子を囲んでいるらしい。とんでもなく面倒事の予感がした。



「テメェら何見てんだよ! あぁ!? 見世物じゃねェンだよッ!」


 

 ヤンキーが周囲を威嚇すると、通行人が「ひっ」と悲鳴を上げて逃げていく。

 俺は現実逃避気味にアーケードを見上げて九九を始めた。



「いいじゃ~ん。遊び行こうよ~、俺イイとこ知ってるからさ~」

「こう見えて俺達、転生者なんだぜ? スゲーっしょ」

「そうそうマホーとかマジ余裕。転生者とお知り合いになれる機会なんて滅多にねーし」



 ヤンキー達は何が面白いのか、ギャハハと笑い声をあげる。

 九九が終わったので俺は遠い目で素数を数え始めた。



「去ね。貴様らに用は無い。我は下僕のコロッケ待ちだ」

「え、『我』って何? マジウケるんだけど?」

「まさかアレ? 魔王様とかそういうキャラ? スッゲ、逸材発見しちゃいました~」

「いいから行くべ。魔王様無様堕ちとかマジ燃えるし。これはもう勇者である私の性剣の出番ですわ」



 ヤンキーの一人が萌々の手を掴んで歩き出す。萌々は表情も変えずにされるがままだ。遠巻きにそれを見つめる人々も転生者と聞いて腰が引けているらしい。

 俺は深く溜息をつくとヤンキーに近づいて言った。



「お前ら、そういう異世界鉄板イベントは冒険者ギルドでやれって」

「あぁ?」

 

 

 俺の疲れ切った声に反応したヤンキーが、顎をガックンガックンいわせながら近づいてくる。

 パッと見、彼らに転生者の証である識別票(ドッグタグ)は見当たらない。萌々のチョーカー(ドッグタグ)に反応を示さない時点で色々お察しである。



「オッサンなに邪魔しちゃってんの? 俺らマジ転生者よ?」

「転生者に手ェ出したらどうなるかわかってんだろオイ」

「おーおー、ビビっちゃって声も出ないっスか~? わかったらすっこんでろやハゲ!」


 ヤンキー達が俺を囲んで絶賛威嚇中。

 チラリと萌々に目を向けると、萌々はふふんと鼻を鳴らした。なんでお前そんなに得意気な顔してんだよ。



「おい萌々」

「くくっ 我に任せよ」

「ちょ、おい萌々! 待てって!」



 そう言うと萌々はスタスタと歩いて裏道に入っていく。理由は明白、人目を避けるためだ。

 そうとは知らずヤンキーが嬉しそうに萌々の後を追う。



「彼氏さんフラれてやんのクッソウケる。んだよ、NTRとかマジ興奮すんだけど」

「まあまあ、魔王様を成敗すんのって転生者の使命ですし? 今回はダブルピースで許してやっけど」

「オラ、てめぇはそこでシコってろや」 



 どうすんのよこれ。一体どこの世紀末だよ。

 冒険者ギルドにおける絶好の俺TUEEEシチュなのはわかる。だけどここは法治国家日本のただの商店街ですよ。

 どっと疲れに襲われた俺は紙袋片手に呆然と立ちすくむ。



「ふはははッ、下種どもめ。目にもの見せてくれる!」


 

 その声に、俺はハッと我に返って裏道に飛び込んだ。止めなければ大変な事になる。

 飛び込んだ先の細い裏道に俯き加減の少女が佇んでいた。言うまでも無く萌々である。



「やめろ萌々!」 

「出でよッ! 煉獄邪炎(ヴェルム・バーガトリ)!」


 

 萌々が高らかに吠えると、血の様に朱い幾何学紋様が中空に浮かび上がる。それはこの世の理を捻じ曲げる破滅の光。魔導発動現象――魔法陣だ。



「な、なんだよ、これッ」

「ウソだろ! まさか魔法か!?」

「まさか転生者かよっ 聞いてねえぞこんなの!」

「くはっ あの世で後悔するがよい塵ども!」

「萌々! こんなところで魔法使ったら大変な事に……ッ」


 ヤンキー達が慌てふためく中、俺は萌々の暴挙を止めようと必死に手を伸ばし

 そして毒々しい笑みを浮かべた萌々が―――



「滅せよ」



―――その細い(かいな)を振り下ろした。



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