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魔王様

とりあえずある分だけ投稿




 異世界転生。

 決まってネット界隈で話題に上がるその言葉は、厨二病真っ只中の少年から大人のお友達まで漏れなくカバーする大人気ジャンルだ。 

 俺TUEEEで大興奮だし、チートがあれば万々歳。ハーレムなんて事になったら五体投地である。

 みんな大好カレーさんにみんな大好きトンカツ君を乗せるのと同じ理屈だ。嫌いな人がいるはずがない。


 御多分に漏れず俺も大多数の中の一人。

 異世界転生。素晴らしい。響きが良い。

 銀髪エルフ、ケモ耳奴隷。姫騎士、墜ち忍、ロリババア。

 みんな大好きだ! 愛してる!


 転生したい。

 自宅アパートの冷蔵庫に入った発泡酒を見るたびつくづく思う。芸能人の豪邸訪問番組を見るたび溜息が出る。

 こんなシケた世界におさらばした先には無限のチートと果て無きハーレムが待っているはずなんだ。ミスって死なせてごめんなさいと神様に土下座させるんだ。


 外回りを終え、事務所に戻る道すがら、俺はそんな想いを胸に秘めながら交通量の多い道路に目配せする。

 とにかくアレだ。トラックだ。普通車でもいい。この際チャリンコでもいい。俺を異世界に連れて行ってくれるなら何でもいい。

 きっと自殺はダメだ。根拠は無いがそんな気がする。『なろう』でもあんまり見た事が無いからきっとそうだ。


 俺の心の準備は万端。なのに居眠りしながら歩道に突っ込むドライバーは現実世界ではそうそう現れない。

 しかも現代では自動ブレーキなる悪魔の装置が横行し、更には自動運転という巨悪のおかげで夢の片道切符は減少する一方。


 異世界転生は文化だ。

 偉大な文化を恐れた魔神サイドが暴走トラックを絶滅させたに違いない。絶対そうに決まってる。

 俺はそう結論付けると、事務所に戻って早々、アホみたいにがなり立てる電話の受話器を手に取った。



「はい、こちら転生者管理局第参支部乙係」



 マニュアル通りにそう答えると、受話器越しに興奮した感じの年配女性がマシンガンの様にまくしたてる。


 ウチの息子が転生者かもしれない。人目を避けて呪文らしき言葉を口ずさんでるし、怪我もしてない右腕に包帯を巻いている。しかも魂に刻まれた傷が疼くからと股間にオロナインを塗ってオットセイのような呻き声を上げている。一体どうしてこんな事に。



「おたふく風邪みたいなもんです。胸中お察し申し上げます」



 俺はそう言い切ってガチャンと受話器を置いた。

 ホントに一体どうしてこんな事になった。転生者と厨二病の区別もつかなくなってるのか世の中は。

 そもそも転生したい俺がなんでこんな職場で働いてるんだよ、と、俺はため息とも呻き声ともつかない息を吐いて頭を掻き毟った。



「ちくしょう、普通逆じゃねえのか……ッ」


 

 異世界からの転生者の存在が明らかになってから数十年が経ち、その数は増え続けている。

 現代において異世界転生という言葉は、引きこもりが異世界に行って俺TUEEEする『妄想』ではなく、異世界から地球への転生を指す明確に定義づけられた『現実』だ。

 異世界転生強国を自負していた日本は今や、逆輸入に頼るだけで元祖の気概は微塵も無い。


 始まりは東南海沖を震源とする震災、後に西日本大震災と呼ばれる大地震だった。

 四国の小さな漁村で平々凡々と暮らしていた男、アラン・マグダウェル・洋一が、津波に呑まれる人々を魔法としか思えない摩訶不思議な現象で次々と救出したのだ。


 津波を割り、人を浮遊させ、土砂を取り除き、瓦礫を持ち上げる。

 何も無い所から水を発生させ、火を起こし、怪我人を治療する。

 そこに善悪も遠慮も貴賤も無い。ただひたすら目の前の人々を救ってゆく。


 誰が携帯で動画を撮影していようと、テレビクルーが回すカメラの前だろうが形振り構わずお構いなくである。

 奇跡の一言では到底説明のつかない現象だ。世界中の注目が集まる場所でそんな事をしていたらどういう事になるかなんて馬鹿でもわかる。


 彼はムハンマドだ。

 いやブッダの生まれ変わりだ。

 何を言う、イエスの再来に決まっている。

 違うわ、彼は悪魔よ。今こそ人々の信仰が試されているのよ。

 

 あらゆる分野で喧々諤々の議論が巻き起こった。

 聖人認定デモが起きたり、悪魔崇拝テロが起きたり日本がゴリゴリの引き渡し要求を突きつけられたりとカオス極まりない状況である。

 責任を感じた彼は最終的に世界中の報道陣を集めた。

 そして記者会見の場でこう言った。



『私は異世界からの転生者です。この星には私以外にも別の世界の記憶を持つ者がいる。異端を恐れ魔法を使える事を隠している者がいる。みなさん、もう本当の自分を偽る必要は無いのです』



 翌日、日本全国の中学男子の半数以上がこう言った。



『実は俺、転生者なんだよね』



 その日、日本の空が厨二病末期(ステージ4)患者によるオリジナル詠唱で揺れた。

 包帯が飛ぶように売れ、なろう小説が声高らかに朗読された。空前の異世界ブーム到来である。

 そしてブームに隠れるようにして、ひっそりと手を上げる本物(・ ・)たち。


 そんな本物の転生者達を監視及び保護する目的で転生者管理局は設立された。

 俺、荒木田(あらきだ)タケルはその転生者管理局、乙係に所属して4年目の22歳。

 股間にオロナイン塗って悶えるアホの母親にアドバイスしたりするのが主な業務だ。

 


「ご苦労様だったねタケル君。戻ったばかりのところ申し訳ないが報告をお願いできるかね?」



 そう渋み奔った声で苦笑する男は『転生者管理局第三支部』のトップ、笹原(ささはら)支部長である。

 歳は40代半ば。糊の効いたシャツと紺のベストをダンディに着こなし、綺麗に撫で付けられたオールバックと不精髭が大人の色気を醸し出している。


 上手に歳を重ねた男性特有の知的な雰囲気と、肉食系のワイルドさのマッチングが年上好きの女性にはたまらないらしい。いわゆるチョイ悪風のイケメンオヤジである。

 純粋な地球人の身ながら、奇人変人ばかりのこの職場を束ねる(つわもの)だ。



「あ、すみません支部長。結論を先に言うと『シロ』です。簡単に報告書にまとめておきます」

 

「助かるよ。報告書は今日中で構わない」


「はい。ありがとうございます支部長」



 事務所には俺と支部長以外は誰もおらずガランとしている。

 戦闘班である(なぎさ)さんは出張だし、里見(さとみ)さんは長期休暇中。

 非常勤の朱里(あかり)ちゃんは進級レポで地獄見てると言っていたし、ビビアナはまあ……遊び歩いてるんだろう。ホントに職場かココ。


 外勤が多い仕事でもあるので、スタッフが誰もいない事はままあるが、笹原家専属メイドのルルさんまでいないというのは珍しい。

 チラリと壁掛けの時計に目を向けるともう16時だ。報告書を作成し細々とした業務を片付けたら終業になりそうな雰囲気だった。 



「支部長、そういえば萌々(モモ)は来てないんですか?」


「ふむ、タケル君が帰ってくる直前までいたんだが……」


「クハハハハッ! 遅かったの、タケルよ!」


 

 突然背後からの大声に俺は振り返った。

 打ち合わせスペースのソファの上で仁王立ちしつつペチャンコの胸を逸らし、意味不明のドヤ顔をキメる少女がいる。

 俺は隠すことなく溜息を吐いた。


 

 腰まで届く髪は漆黒だというのに艶やかに光り、無造作に搔き上げると白磁のような肌が目に眩しい。

 アーモンド型の瞳は眉と共に跳ね上がり、ぷっくりとめくれた桜色の唇が小悪魔的なUの字を描いている。小さく尖った鼻梁から額へのラインなどは最早芸術だ。


 全てのパーツが美しく、そしてそれらが完璧なバランスで配置されている。一言で言うと、世の理不尽を体現するとんでもない美少女……なのだが……



「なんぞ、何か言いたそうな顔だの。言うてみよ」



 日比野萌々(ひびのもも)

 俺が担当する研修生(ヒヨコ)で記憶持ちの転生者。乙組配属予定の中学生であり、そして……



「魔王である我が出迎えてやったのだ。感涙に咽べ!」


 

 末期の厨二病患者。自称元『魔王』様なのだ。

 

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