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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

未来怪談

作者: 犬吉

この世の怪異とは使い古されたものばかりではない。

人の世が変われば、怪異もまたそれに見合った姿へと変わっていくのだ。

 時刻は午前二時半。柳原伸一の運転する乗用車は高速道路を走っていた。

 都心から外れた事もあって、道路を照らす街灯と車のフロントライト以外に光源はなく、周囲には鬱蒼とした闇が広がっている。時刻も時刻であり、シーズンを外れていることもあって、自分以外に走っている車も見かけない。

 運転には慣れている柳原ではあったが、流石にこうも代わり映えしない中を走っていると、頭の奥底に重い塊のようなものが生まれてしまう。それが若干ずつ大きくなるのを感じながら、これではまずいとカーオーディオに手を伸ばした。


 ――こんばんわ。未来怪談のお時間です。


「あ?」

 いつもならばごきげんなロックが流れる筈のオーディオからは、何故か若い女の声が響いた。


 ――今宵も実際に起こり得る奇々怪々なる物語を、お伝えしたいと思います。語り部は私、九段坂浬(くだんざかかいり)です。


 怪談か。そういえば、そんなのはガキの頃に聞いた振りだったか。柳原はふと思い出した。しかし、未来怪談とはどういう意味なのか。どうしてラジオになっているのか。いや、考えても仕方ない。この鬱屈した空気をどうにかするには丁度いいと、ラジオに耳を傾ける。

 

 ――さて、最近の問題に”煽り運転”というのがあります。煽り運転とは突然の割り込み、急ブレーキ、遮りなどの悪質な運転の総称ですね。

 最近とは言いますが、実際は昔からあった問題で、タクシーなどの一部に備えられていたドライブレコーダーが一般的になり、なおかつ動画サイトやインスタグラムにアップロードされる事が多くなった結果、表層化したといえます。

 今回お話するのは、そんな煽り運転に関するお話です。


◇ ◇ ◇


 一台の車が、夜の高速道路を走っていた。周囲には他に車もなく、男の車のエンジンだけが音を響かせている。

 男は不機嫌であった。仔細を語ることは省くが、男を不機嫌にするには十分な出来事があった。カリカリとしながらハンドルを人差し指で叩く。時折、「ちっ」と舌打ちまでする有様だ。

 男の素行はよろしいものではなかった。学生時代は不良まがい。ボクシングをかじっていて腕っぷしに自信があるせいか、暴力沙汰は日常茶飯事。卒業してからも……いや、卒業後のほうが悪質であったたかもしれない。

 運転免許を取得してから、その素行はなお悪くなった。運転のセンスもあったらしく、ワゴンタイプの車を自由に動かせてしまった事がこの男を増長させてしまったのだ。

 男がやったことは至極単純だ。ただの運転に飽きた男は、たまたま目の前を走っていた軽自動車に目をつけた。後方からクラクションをけたたましく鳴らし、その前へと回り込む。前面に出てからは行く手を塞ぎ、わざと速度を落としたりとやりたい放題。

 交通ルールという束縛の名目でどうにもならず、後ろのドライバーがヤキモキする様は、とても愉快だった。

 行為が悪化するのは早かった。より悪質に、より危険に。人の少ない一般道から、車両の多い道。そして高速道路へ。

 ドライバーと揉めれば恐喝と暴力で黙らせ、金銭を奪うこともあった。

 嫌なことあった時、無くとも暇な時。その程度の気楽さで、男はいわゆる煽り運転を繰り返していた。


 そんな男に転機が訪れたのは、とある深夜の出来事だった。


 いつものように高速道路を猛スピードで走る男。視線の先には一台の車。白の普通車だ。手慣れたように普通車の後ろについてクラクションを何度も鳴らす。やがて普通車の横を抜けてチラリと視線をやれば、冴えない普通の男が運転している。

 前に出て、いつものように行く手を塞ぐ。抜こうとすれば前に塞がり、スピードを落とし、または上げて、普通車を煽る。

 そうしてじれた相手が、強引に抜こうとしたその時、男の車が前に出てブレーキを踏んだ。

 けたたましいブレーキ音。ついで車に奔った衝撃。普通車の急ブレーキが間に合わず、ぶつかったのだ。

 男はニヤリと笑った。

 車を端に寄せて止め、相手と向かい合う。話し合いだ。だが、男に話し合うつもりはない。金には困っていないからだ。それよりももっと大事なことがあった。

 向こうの運転手は、自分の非を認めながらも、こちらにも責任があると言った。男はふざけるな。追突しておきながらその言いぐさは何だ。と、相手を殴り飛ばした。

 二度、三度。ついには蹴り飛ばして、相手をアスファルトに叩きつけてやった。

 正当性を謳って振るう一方的な暴力のなんと楽しいことか。男は満足だった。倒れて動けなくなった運転手の懐から財布を奪い、僅かばかりの紙幣を修理費だと抜き取る。

 男は意気揚々と車に乗り込み、その場を去っていった。


 翌日。高速道路の側面に車が激突し大破。ドライバーが死亡するという記事が新聞やニュースで報じられた。

 それは、男が殴ったあの運転手の車だった。詳しい原因は不明だが、走っていた車が突然、コントロールを失って側面に勢いよく突っ込んだらしいとあった。

 だが、男には分かった。事故の原因が自分にあると。あの時、運転手はアスファルトに頭をぶつけていた。それが脳に何らかの障害を与えていて、事故の原因になったのではないか。

 さしもの男も、人殺しとなるつもりも覚悟もなかった。幸いにして、誰にもバレていない。男は今乗っている車を処分して、大人しくしていることにした。


 それから数年が経過した今、男の中でざわりと虫が騒ぎ始めていた。


 イライラとしながら運転する男の視線の先には、一台の車。ずいぶんとボロボロで、よく走れるものだと思ってしまうほどだ。

 あの楽しい時間をずっと我慢してきた。だが、我慢には限界がある。それがたまたま今日だった。周囲には他の車はない。この辺りには監視カメラなどもない。己の倫理以外に、留めるものはない。となれば男の決断は早かった。

 後方からクラクションを鳴らし、前に出る。行く手を塞いでいつものように。


 しかし、この時だけはいつもと違っていた。


 ガツン! と、すぐに衝撃が襲ったのだ。バックミラーを見れば、すぐ真後ろにヘッドライトも点いていない車の姿。

 当ててきやがった。と、男はすぐに端に車を止めた。向こうも少し進んだところに停車した。

 男は車を降りて、向かっていった。だが段々と近づくにつれておかしな事に気が付いた。

 ボロボロだと思っていた車は、自分が思った以上にボロボロで、あちらこちらが凹んでいる。傷もひどい。塗装も剥げ、サビが浮かんでいる。リアウインドーには、えらく出来の良い生首が飾られている。これのせいで完全にホラーだ。

 何故こんな車が高速道路を走っていたのか一瞬戸惑ったが、すぐに怒りの方が勝った。

 いまだに出てこない相手を引きずり出してやろうと、運転席の窓を激しく叩く。

「おい! 出てこい!」

 尚も叩くと、やがて窓がゆっくりと開いた。

 異様だった。車内は真っ暗で、すぐそこにある筈の運転手の顔がさえ見えない。かろうじて体と、腕が見える程度だ。

「てめえ、よくもカマ掘ってくれたな。ちょっと降りてこいよ!」

 そう言って、男は運転手の胸ぐらをつかもうと腕を車内に突っ込んだ。その時、ガクン。と強い力で腕が肘まで奥に引きずり込まれた。慌てて引き抜こうとするが、全く抜けない。

 その時になって、初めておかしいと警鐘が鳴った。抜けない腕も、ボロボロの車も、至近距離にいるにもかかわらず、顔が見えない運転手も。そしてなにより、時刻が時刻とはいえ、一台も車が通りかからないこの状況も全てがおかしい。

 ドアに足を掛けて全体重で引っ張るも、びくともしない。そうして何度となくもがいていると、車がエンジン音を響かせ始めた。

 ゾッとする男。そのまま走り出されたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

「おいやめろ! ぶっ殺すぞてめぇ!!」

 男は精一杯に怒鳴った。だが、運転手はそのままハンドルに手を掛け、少しだけ切っていた。

 ぶん殴ってても止めさせようと、空いている方の腕で殴りかかる。だが、それはスカッと空を切った。そこまで行って、男は初めて気づく。運転手の顔が見えなかった本当の理由を。

 見えなかった訳じゃない。首から上がまるっと無かったのだ。首なしの化物が運転しているのだ。


 …ツケタ。


 ………ミツケタ。


 車中の闇から声がした。正確には車の奥――リアウインドーの辺りからだ。ズリ、ズリと音がして何かが動いている。男の目は、その音の方に釘付けになっていた。

 やがて音が止んで、ぐわっと何かが飛んできた。

「ヤットミツケタァアアアアアアアアハハハハハハハハハハハアハハハハハハアハハハハハッッハッハハハハハハ!!」

 それは生首だった。目をランランとさせ、血だらけの顔を興奮に震わせ、けたたましく嗤っていた。

「うわぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 男は絶叫した。ふざけるな。なんで自分がこんな目に。嫌だ離せ。助けてくれ。と。

 暴れる男を余所に、車は無情にも走り始める。引き摺られないように走りながら、ハンドルへと手を伸ばす。だが、ハンドルはまるでガチガチに固められたかのように微動だにしない。

 車はさらに速度を上げていく。必死に走るが足がもつれ始める。一度でも転べば命はない。男の顔には恐怖だけがこびりついていた。


「だれか……だれか助けてくれぇええええええええええええええ!」

 

 男の懇願するような叫びは、ただ丑三つ時の闇の中へと吸い込まれていった。


 男は最後まで気づかなかった。その車があの時、自分が原因で事故を起こしてしまった車だったことに。そしてこの場所が、その事故現場であったということに。

 事故の際、割れたフロントガラスの大きな破片が運転手の首を切り落とし、そのままリアウインドーに叩きつけたということに。

 死の瞬間、自分をこんな目に遭わせた男への憎悪と殺意が怨念へと昇華し、ずっと仇を探し続けていたことに。そして今。ついに探し当てたのだということに。


 翌日。そこから100km離れた場所で、全身がぼろぼろになった男の遺体が発見された。

 道路には延々と血の跡が続いており、引き摺られ続けたことが死因であることは明らかだった。

 だが、問題は途中の監視カメラには一切、それらしいものが映されていなかったということだ。

 余りにも謎だらけの事件はやがて未解決のまま、時効を迎えることになる。


 もしも、男が事故のことを心に留めていれば。

 もしも、男が自分のやったことを心から反省していれば。

 もしも、男が愚かなことをしないと心から誓っていれば。

 もしも、男が異変を感じた時に引き返していれば。


 そもそも、危険な行為などしなければ。

 この最悪の結末にはならなかったかもしれない。


 だが、全ては結果論だ。男は最悪を選択し続け……とうとう、その代償を己の命で支払ってしまったのだ。 


◇ ◇ ◇


 ――未来怪談、いかがだったでしょうか。さて、ちょうど時間と相成りました。ここまでのお相手は、九段坂浬でした。それでは。



「………なんだよ、これ」

 柳原はカーオーディオの電源を切った。その顔色はとても悪い。なにせ未来怪談なるラジオから流れてきた男の話。その過去がまるで自分のそれと一緒だったからだ。だれも知らない筈の罪にいたるまで。

 怖気さえ抱くその内容に、柳原は落ち着こうと煙草に火をつけた。紫煙を肺に吸い込み、吐き出すこと数度。徐々に怖気から苛立ちへと気持ちが変わっていった。

 たかが怪談話に、どうしてこんな思いをさせられなきゃならないのだ。怪談なんてどうせ作り話ばっかりだというのに。

 忘れていた事を思い出させられ、イライラが募る。カリカリとしながらハンドルを人差し指で叩く。時折、「ちっ」と舌打ちまでする有様だ。

 イライラとしながら運転する男の視線の先には、一台の車が見えた。随分とボロボロで、あんなのでよく走れるものだと思ってしまうほどだ。

 知らず、柳原はクラクションを派手に鳴らしていた。そしてその車の前にでると――背後からぶつけられた。

 直ぐに車を止め、少し進んだところに停車した相手のところへと向かった。

 相手の車はボロボロで、あちらこちらが凹んでいた。傷もひどく、塗装も剥げ、サビが浮かんでいた。リアウインドーには、えらく出来の良い生首が飾られている。

 まるでホラーだなと思いながら、柳原はその車に近付いていった。













『それでは次のニュースです。本日午前4時頃、〇〇道上り方面にて男性の遺体が発見されました。所持品から亡くなったのは✕✕市在住の会社員、柳原伸一さん25歳。

 柳原さんの遺体は長距離に渡って引き摺られた跡があり、警察は事件、事故、両方の線で捜査をしています』 



























 ――どうやら、彼は自分の運命を変えることはできなかったようですね。こんばんわ。九段坂浬と申します。

 察しの良い貴方様にはお分かりの事と思いますが、未来怪談とはその名の通り、未来に降りかかる怪異を語るものでございます。

 そしてこれは、怪異が降りかかる方にだけ聞くことのできるラジオ番組。……ええ、これをお聞きになられているという事は、そういう事なのです。

 それでは、今宵のお話は………とある投稿小説サイトのイベント「夏のホラー」をお読みの、貴方様に起きた出来事でございます。

 願わくば、最悪の選択肢を避けられますよう……心より、お祈り申し上げます。

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[良い点] 読ませていただきました。道路での煽り運転、本当に許せないですよね。因果応報というお話ですっきりしました。ラストのオチがいいですね。女性の正体が気になりますが。 [気になる点] ラスト手前の…
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