第8話 猿
ようやくバトル物っぽく…
「ーーノリ様!ターノリ様!」
と小声で叫ぶ声がする。アンナの声か…っていうか今、何時頃だ…目を擦りながら半身を起こす。
「タケノリ様、探知に敵が引っかかったであります。」
そうか。あれからちょっと森の中を見回ったがモンスターの気配も痕跡もなく探知にも引っかからず。日も暮れてからキュイ夫妻に夕飯をご馳走になった後、家の隣にある納屋で待ち伏せすることにしたんだったな。
「すまん…いつの間にか寝てしまっていた。よし…早速、討伐だな!」
と起き上がり、納屋の扉に手をかけて開けようとしたときアンナから手を掴まれる。
「待つであります。敵の数はおおよそ20〜30。ちょっと、これは厄介な感じになりそうであります。」
おいおい…20か30って…結構な数じゃないか…。
続けてアンナは言う。
「しかも、迂闊に畑に入って来ないところ、探知に気付いたのかもしれないであります。少なくとも知能のある可能性大でありますよ。」
いつものにこやかな顔ではなく真剣な顔。そのギャップが一層と緊張感を増していく。
向こうも動いて来ないとなると少しやり難いな。とりあえず、納屋の外の様子が気になり横長の窓からチラリと外を見る。
うっ…赤い点がたくさんと光っている…だが、モンスターの様子は暗くて分からない。本当に20か30はいる数だな…
なんて思っていると何かが飛んでくるのが見えた。
小さな点が目の前に近づくにつれ大きくなってくる。えっ…岩?!急いで屈む俺。アンナは壁を背にして警戒していた。
大きな音を立てて納屋の上半分が吹っ飛ぶ。
一瞬、何が起こったのか分からなかった…大きい音が空気をビリビリと振動させる。恐る恐る身体を起こし、敵がいた方を向く。
と思った瞬間、岩が一斉に飛んできた。
うわあああああああああああああああああやばいやばいやばいやばい
頭を抱えて屈む俺。やばいやばいやばいやばい…これ、カッパーレベルじゃねーぞ!絶対!
身体が足が手が全てが震えているのが分かる。
周りに大きな音を立てて岩が落ちる。チラッとアンナを見るとアンナと俺を囲むように障壁を張っていた。
「タケノリ様…ここは…態勢を整えましょう…。まずは、キュイ夫妻の安全の確保から…」
急いで障壁を張ったせいなのか岩が当たるたびに亀裂が入っているようだった。
そうだ…まずは、キュイ夫妻の安全を…なんて思うが震えて身体が動かない…
「タケノリ様…早く!早くであります!」
障壁ももう限界のようだった。その時、家の方から叫び声が聞こえてくる。
キュイ夫妻だ…やばいやばい…どうしようどうしよう…完全に震えて身体が動かない…
叫び声が一段と大きくなる…。見ると家めがけて一斉に岩が投げ込まれるところだった。
「タケノリ様!早く!」
何が起きたのか分からない。俺は無我夢中に家に向かって叫びながら走り出したのだ。
うわあああああああああああああああああああああああ
「タケノリ様…?!」
見るとキュイ夫妻は抱き合って座り込みながら叫んでいた。
岩が飛んでくる。それも大量の岩が飛んでくる。
この岩の量、どうするんだ…どうすれば良いんだ!誰か教えてくれ!無我夢中でキュイ夫妻のところまで走る。走りながら考える。この状況をどうすればいいんだ!
もう岩がキュイ夫妻を直撃する!と思った直後、無我夢中で叫んだ。叫んだのだ。
考えるよりも身体が勝手に動いて。
「うらああああああああああああああああ!!どとおおおおおおおん!!つちかべええええええええええええええええ!!」
魔力と精霊力が混じり合った右手を空高く上げたかと思うと地面に向かって勢いよく叩きつける。
直後、大きな音を立てキュイ夫妻の前に立ちはだかる。土の壁だ。
その土壁にドガンドガンと岩が当たる音が聞こえる。
キュイ夫妻の近くまで行くと泣きながら震えていた。そして、俺を見る。…目が絶望を語っていた。
ープチン
何かが切れる音が自分の中で聞こえた。
「てめえええええらあああああああああああ出てこいやおらあああああああああああ!」
無意識に家に立てかけられていた鉈を掴み土壁の前へ出る。岩はもう投げてこなくなっていた。
そして、ノッシノッシと言葉が合うような感じで敵が出てくる。
森の暗闇から出てきて月明かりに敵が照らされ始める。
ー猿。
敵は猿だった。大きさは2m程に感じる。ただ、モンスターというような雰囲気ではない。異質な感じがする。
日本で馴れ親しんでいるような…そう…妖怪のような雰囲気を感じた。
「ニンゲン…イタ。コロス。ニンゲンコロス。」
こいつら話せるのか…?!
「タケノリ様…」
アンナが俺に駆け寄ってくる。
「アンナ、ギルドに行って助けを呼びに行ってくれないか?」
「タケノリ様は…どうするのであります…?」
不安そうな目で俺を見上げてくる。
「どうもこうもねぇ…キュイ夫妻を連れて逃げるには絶対に分が悪い…少しでも時間を稼ぐから…頼む。」
「分かったであります…助けに戻るまで絶対に生きてであります…。」
そう言い震える俺の手を握るアンナ。
「これは身を守ってくれる魔法です…。」
スーッと息を吸うアンナ。
ープロテクト・バリア
「アンナ、ありがとう。」
絶対に死なないで…そう言いアンナは着物をたすき掛けし城下町へと走り出したのだった。
「ニゲタ。ヒトリニゲタ。ニンゲンニゲタ。」「オウ」「ニゲタニンゲン…コロス。」「ニゲテモ…ムダ。コロス。」「カクレテル…フタリ。コロス。」
「てめーらの相手はまずは俺だ。アンナにもキュイ夫妻にも指一本触れさせねーよ。」
そうは強がってみるはいいものの足が震えているのが分かる。
「タケノリ様…」
ご主人が顔を覗かせて声を掛けてくる。
「ご主人、動けるか?」
猿から目を離さないまま、ご主人に声を掛ける。
「いえ…身体が動かず…一歩も歩けそうにありません…」
「分かった。今、アンナに助けを呼びに行くように言ったから少し辛抱してそこで隠れていてくれ。絶対に死なせない。」
分かりました。と言うが声に期待感がないのが分かる。依然として絶望を感じるような声だった。
それは一番、俺が分かるよ。俺だって第三者の人間だったのなら未熟な人間がこの猿を猿達を相手に勝てるとは思えない。
やるだけやるしかねぇ…
そして、震える足を一歩踏み出した。