第1話 扉の向こう側
書き物は初めてですが何か急に書きたくなったので書いてみました。完全なる自己満ですが、お口に合えば何よりです。
赤いヘッドフォンから心地良い低音と小刻みに刻まれるハイハット音、その隙間から流れるように聞こえてくるラップに心の底から湧き上がる走りたい衝動を抑えながら少しだけ頭を振る。
トラップというベースミュージックだ。
足元を見ると黒い靴に白い三本線の靴が見える。この三本線の靴と音楽は密接な関係にある。というより音楽とファッションは根深いのだ。などと考えている俺は大学2年。今は講義が終わり帰宅の途中である。
紺色のジーンズを折り返しており、白い七部丈のシャツ。黒いリュックを背負い、赤いヘッドフォン。
背丈は175cmほど。頭は黒髪だがサラサラではない。チリチリに捻られた髪、ツイストドレッドをかけておりツンツンしている。そして、下顎には無精髭。そうだな…某音楽漫画での主人公バンドでボーカルをしている人物を思い浮かべてくれれば早いと思う。
まぁ、あの人物はアフロではあるが 苦笑。
今は午後15時。講義はもう無い為、これから家に帰って何をしようかと思案しているところだ。自宅は大学から徒歩10分程の距離。帰って昼寝するには勿体無い天気。今は7月に差し掛かり暑さがにじり寄ってくる。
え?なのにヘッドフォンかって?これは俺のポリーシー…というよりヘッドフォンが好きだからだ。ほら、女の子も言うだろ?暑さ、寒さに耐えるのもファッションのうちだって。そういうもんだ。
どう午後を有意義に過ごそうかと悩んでいるうちに一人暮らしのマンションが見えて来た。結局、解決策は思いつかない。良くある事だ。そう…良くある事なのだ。
エレベーターを上がり7階。703号室が俺の部屋。鍵を差し込みロックを外す。
ガチャリ…
扉を開いた先は…俺の部屋ではなかった。一面緑の草原。
ふぇ…
よく見慣れた1LDKの部屋がない…思わず扉を閉めて部屋番号を確認する。表札には703号と俺の住む部屋番号と間違いはない。うんうん。間違いはないよな。
ガチャリ…
やはり、扉を開いた先は一面緑の草原である。
ほほう…。何が何やら。困惑と同時に押し寄せて来たのは好奇心である。この先には何があるのだろうか。
一旦、扉を閉めて辺りを見渡し扉を閉められないようにする道具を探す。先に行ってみたものの扉が完全に閉められて、挙句に扉が消えるとかそういう事がないようにだ。いや、扉が消えるとか絶対にありえない。ありえないけども安全策を講じておきたい。
ちょうど良い大きさの石を見つけたので、扉を開き扉の中…いや、外だろうか。扉に石を挟み草原へと足を進める。歩みながらヘッドフォンを外し、両手を大きく挙げ大きく息を吸い込み、そして吐く。
うむ!美味い!
じゃないじゃない!えぇ…ここ、どこなのぉ…。まさか、異世界とか?いやいや、そんな可笑しな話なんて…。
改めて周りをよく見渡して見る。左右は木々で覆われているが、そこまで行くには結構歩かないと行けないみたいだ。
前方を見ると草原が続いているのみ。後方も草原が続いているのみだが扉だけが異質な感じで佇んでいる。
そこでようやく歩みを止め今度の事を考える。
とりあえずだ…今日は石田という悪友の家に泊めてもらう他あるまい。この状況をどう説明するかは見て貰えば分かるだろう。
などと考えていると、右の方から鳥が一斉に跳び立つ。何事かと思い目を凝らして見ると何やら人っぽい者が近づいてくる。者っぽいというのは人とはちょっと違う感じだったからだ。
まずは色、緑色。そして、背が小さく…ずんぐりむっくりしている。手には…何か…あれは、棍棒か?それに、弓みたいな物も。数は10人程か。人で数えて良いものかは分からないが。
って、おお!ゴブリンか!あれは、ゴブリンに違いない!
なるほど。やはり、ここは異世界なのか。なんて思っていると矢が一斉に降ってくる。
ふぇ?
自分の足元に刺さる矢の数々。血の気が引く思いをしたと同時に理解した。あぁ、理解したとも!
狙いは俺か!
ゴブリンの方へ目を向けると、もうだいぶ近い!にっ逃げなきゃ!脱兎の如く扉の方へ走る。走る!
って扉まで結構、遠いよ?!こんな遠くまで歩いて来たっけか?!
後ろを振り返るとゴブリン達は俺を目掛けて追いかけてくる。
ひええええええ
なんで、ゴブリンに追いかけられなきゃならんのか分からん!
もう何十分も走ったような錯覚を覚えながらも扉まで後少しのところで違和感を覚えた。扉の向こう側に人がいるような気配がしたからだ。第六感的なものが同階に住む住人ではないと告げているようだった。おかしい!何もかもがおかしい!
扉まであと5m程来たところでそれが確信に変わる。誰かいるのだ。と同時に手が伸びて石を拾い上げる。
ちょっ!まて!やめろ!
分かる。扉を閉めようとしている事が分かる。止めるよう叫ぶが通じない。石を拾い上げ扉を閉めようとする動作がスローモーションに見える。
うおおおおおおい!やめろおおおおおおおおおお!
ノブを掴もうとした瞬間、無情にも扉はガチャリと音を立てて閉まり、あたかも最初からそこには扉がなかったかのように消えた。ノブを掴もうとしたその手はスカり、その勢いで転がる。
ぐっ…
色んな感情が入り乱れて絶望するより先に生存本能が呼びかける。ここで死ぬのはごめんだ!近くに転がっていた手のひらサイズの大きな石を掴み取る。これをとりあえず牽制で投げて走って逃げよう!
右手に集中して先頭を走る棍棒を持ったゴブリン目掛けて石を力強く投げる。
ビュッ
そんな音を立ててゴブリンの頭を通過する。通過するというのは語弊があるな…ゴブリンの頭をビームみたいな感じで砕いていってのだ。
ふぇ…
自慢ではないが、そんな豪速球を投げれるような筋力など自分にはない。いたって平凡な…普通の大学2年生である。
ゴブリン達が立ち止まり、狼狽えているのが見える。
右手を見て、にぎにぎと動作をしたところで高揚するのを感じる。まさか、俺にも異世界転移同じみのチート能力が?!
にへへ…
足元の石を拾う。きっと俺は悪い顔をしているに違いない。
ふひっ…
そんな声を出しながらゴブリン達を見る。距離は15m程か。
ふむふむ
そして右側のゴブリン目掛けて投げるが、その石は情けない音を立て楕円を描きながら狙ったゴブリンの足元に落ちたのだった。
えっ…おかしい…ここから俺の無双な反撃が始まる予定だったのだが…おかしい…
ゲラゲラと笑うゴブリン達。
ぐぬぬ…
足元の石を片っ端から拾い投げる。拾い投げる。ある石はあらぬ方へいき、ある石は足元より数mも手前に落ち、当たりもしなかったのだ。
ゲラゲラと笑っていたゴブリン達が咆哮しながら足を武器を地面に叩きつける。ドンドンと響いていた音が止んだかと思うと走り出して来た。
ああああああ!ちっくしょおおおおおおお!と情けなく叫びながら走り出した瞬間。どこからか叫ぶ声が聞こえた。
「ーーーーーーなさい!」
え?と思いながら走る。今度は鮮明に叫ぶ声が聞こえた。
「右手に集中しなさい!」
右手…そう思い走りながら右手を見る。ビームみたいに石を投げた時は必死だったから分からなかったが…感触を思い出す。確か、そう…右手が熱かったような…
走りながら石を拾い上げる。そして、右手に集中…何か熱を帯びるのを感じる。熱い…そして僅かに石が赤く光っているようにも感じた。
振り向き、またもや先頭を走るゴブリンに向かい石を投げた。今度は音もなくゴブリンの頭を直撃し、砕く音。
おお!なんだこれは?!と思うのも束の間。意識が朦朧とし足がフラフラになり倒れこむ。
「お見事でしたわ!魔力を使い果たしたのでしょう。今はーーーーやすーーさい。あとは、わたーーーに、お任せーーーな!」
意識が消えかかる頃、目の前に何人かの人が来た事が分かった。
いかん…ここで目を閉じると…俺は一体どうなってしまうのか…
魔力とは…本当に異世界なんだな…
と思ったところで意識がプツリと切れたのだった。