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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とあげはの動物実験
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俺とあげはとカッパ釣り

「夏休みなのに大学に来るなんて、補習か何かかしら、可哀相に。ちなみに私は大学猫の観察に来ただけよ」


 研究室に所属していない大学生の夏休みは長い。けれども俺のようなミーラーは、夏休み中も大学に来て飯を食う。空いている学食を満喫していると、目の前に鹿野さんがトレーを置いた。彼女は俺を煽らないと気が済まないのだろうか。


「ミーラーだから食費の節約だよ。人を頭悪いキャラにしないでよ、こう見えてもGPAは2.2あるんだよ」

「あら、それは失礼したわね……いやそれ低くないかしら?」


 俺の中途半端な成績に困惑しながらも食事を採る彼女を眺める。今日も彼女は白衣だ。夏なのだから、もう少し露出して欲しい。裸に手袋がいいだなんて無茶は言わない。そう、水着がいい。


「海行こうよ海。それかプール。こんな暑い日はパーッと泳ごうよ」

「そうね、大学生なのだし、少しはアバンチュールもしないとね。山に行きましょう」

「えー、山ー?」

「何か不満が?」

「いえいえ」


 デートのお誘いをかけると逆に山に行きたいとお誘いをかけられる。山は露出が少ないので男としては残念だが、ここはポジティブに考えよう。遭難とかしたら吊り橋効果で何か凄いことになるかもしれない。遭難とかしたら恋愛よりも生きて帰る事を重要視しなければいけないが。道具とかは私が用意するから楽しみにしていなさいと、猫の観察に戻るのか学食から出ていく彼女を見送り、とりあえず遭難用にチョコレートでも持っていくかとコンビニに向かうのだった。そして数日後、呼ばれるがままに近くの有名でも何でも無いただの山に向かうと、そこには釣り道具を持った彼女の姿。流石に今日は白衣では無く、それなりに登山用の恰好をしている。


「へ? 釣り?」

「そうよ。山で釣りをするのよ。風流でしょう。他にも生き物とか捕まえるわよ。釣りはできる?」

「こう見えても地元では、『景観用に放した鯉釣って怒られた犬神君』って有名だったんだぜ」

「それは凄いわね。ちなみに私は釣りなんてしたことがないからよろしくね」

「えぇ……」


 よく見ると釣り竿は一本しかない。一緒に仲良く釣りをしようとかそういうイベントすらないのかと項垂れながら、渡されるまま釣り道具を持って彼女と共に山を登る。しばらくして、これぞ山の素晴らしさだと言わんばかりの綺麗な川が見えてきた。


「さぁ、ここで釣りをするわよ」


 ところが彼女が指さしたのは、その近くにある濁った池。確かに水清ければ魚棲まずと言うが、綺麗な川にだって魚が気持ちよさそうに泳いでいる。どうせならこっちで釣りをしたいと思いつつも、彼女の言う事には逆らえないので大人しく釣り道具を開く。そこに入っていたのはキュウリだった。


「……鹿野さん。念のため聞くけど、何を釣るの?」

「河童」

「うん、だよね、そうだよね、キュウリだもんね」


 とりあえず針にキュウリをつけて、池の中に投げ入れる。そしてため息をつきながら、お茶を飲んでゆっくりしている彼女を見やる。


「河童なんているわけないでしょ」

「つまらない男ね。キツネの祟りは信じている癖に、河童は信じないなんて。勿論私も遊んでいるだけではないわ、こっちはこっちでツチノコでも探しておくわ」

「……」


 いつツチノコが出てきてもいいように網を構える彼女。何だか悲しくなってきて、会話をする気すら起きなくなりぼーっと池を眺める。10分程して、竿がピクンピクンと動いた。


「……来たわね、河童が」

「いや絶対これ河童じゃないから。普通の魚だから」


 立ち上がって期待するように竿の先を眺める彼女だが、釣れたのはやはり普通の魚だ。彼女になんて魚か聞いてみるが、『魚は専門外よ』と言われてしまう。仕方なくよくわからない魚をバケツに入れて、もう一度キュウリを針に刺して投げ込んだ。


「結局のところ、妖怪なんてものは、異常な個体なのでしょうね」

「さいですか」

「病気で身体がボロボロの人間だったり、寄生されて狂っている動物だったり、現代ならきちんと理由も解明できるけど、昔の人間には無理ですもの。化け物だと思うのも無理はないわね」

「ふうん。河童も?」

「円形脱毛症で肌も病気で変色してる、キュウリと相撲とカンチョーが好きな子供でしょうね」

「病気の割にアグレッシブだね」


 彼女の考察を聞きつつ釣りをする。確かに鍛冶の神様は一つ目が多いと聞くが、鍛冶をやっていたら目が見えなくなるからだと言われると納得するし、ぬらりひょんや子泣き爺など、老人の姿をした妖怪は多いが、よくよく考えてみると痴呆の行動だ。だとしたら何とも悲しくてつまらない話だ。大抵の妖怪は人間に悪さをしているのでいても困るのだが。そんな事を考えているうちに、二匹目の魚が釣れた。今度は俺でもわかる。ブルーギルだ。


「お腹が空いたよ鹿野さん。お弁当とか作ってきてないの?」


 バケツにブルーギルを入れたところでお腹から軽く声がする。形式上はデート、そして彼女は女の子。きっと手作りのお弁当を作っているのだろうと勝手に期待して彼女の方を見ると、


「木の実ばかり食べて飽きたでしょう、この添加物たっぷりのおかずを食べなさい。お礼なんていいわよ、私のじゃないし」


 野生のリスにご飯をあげている彼女の姿。台詞から察するにあげているのは俺用に作ってくれたお弁当だろう。人のお弁当を勝手に食べているリスに怒りが湧き、デートだというのに持ち歩いている愛機をリスの近くにぶっ放す。泥棒リスは驚いてどこかへと逃げてしまった。


「まぁ酷い。感情に任せて行動するのは辞めた方がいいわよ。もしもリスのように繊細な私がびっくりしてお弁当をひっくり返したらどうするの? そこの魚をそこの夾竹桃の枝で焼いて食べるの? というか下手したら私に当たったんじゃなくて?」

「信頼してたんだよ、鹿野さんはそんな弱い女の子じゃないってね。鹿野さんも俺の射撃の腕を信用してよ、それよりお弁当はよ」

「信用する程活躍の機会無いでしょうに。まあいいわ、召し上がれ」


 呆れながらもお弁当をくれる彼女。貰った瞬間待ってましたとばかりにがっつく俺。これは、この味は……!


「どうかしら」

「普通。半分くらい冷凍食品かな」

「当たり」


 鹿野さんの事は好きだが、好きな女の子のお弁当だからって美味しく感じる程単純な人間ではない。感情と味覚を分けて考えることができるこの知性、きっと彼女の好感度は爆上げだろう。いや待てよ、そもそも彼女は俺の好意に気づいているのだろうか。割とアプローチはしているつもりだが、直接好きだと言っている訳ではない。気づいてないなら俺は道化だなと悩むうちに、味覚がおかしくなってしまったのかお弁当の味がしなくなってしまった。そんな俺の悶々を他所に、彼女は既に自分の分は食べ終えていたのか、池の方に向かい釣りをし始める。


「……魚が釣れたわ」

「おめでとう」


 キュウリでも意外と魚は釣れるんだなと心のメモ帳にトリビアを書いていると、河童が一向に釣れないことに苛立つ沸点の低すぎる彼女はカバンから緑の細長い物体を取り出す。


「発想の転換よ。河童の好物はキュウリということになっているけど、それは河童を見た人の勘違いだったの。実は別の何かかもしれない、だから私は糸瓜とゴーヤとズッキーニを持ってきたわ」

「ゴーヤとズッキーニは時代的におかしいと思う」


 俺の突っ込みを意識したのか、糸瓜を針に刺して投げ入れる彼女。釣りをする彼女の後姿、というかお尻をずっと眺めているうちに相当な時間が経過していたようで、辺りが少しずつ暗くなって行く。山の夜は危険だ、そろそろ帰るべきだなと考えていると、彼女はバケツの中のとっくに死んでいる魚をドバドバと池に戻し始めた。キャッチアンドキルアンドリリース。


「こうなったら池に毒を撒いて」

「駄目だよ……そうだ、回転寿司に行こうよ。ほら、あのチェーン店。あそこでは河童を強制労働させているってネットのコピペで見たよ」

「……ごめんなさい、私の病院は精神は扱ってないの」

「冗談だよ! マジにしないでよ!?」


 俺の晩御飯のお誘いに心底哀れむような視線を投げかける彼女に、『世間的にはこの年で河童だのツチノコだの言っている人も同じような目で見られてると思うよ』なんて野暮な突っ込みは入れず、強引に釣り道具を片付ける。その後回転寿司に行った俺達は、河童巻きなんてしょぼくれた物は食べずに海の幸を味わうのだった。

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