俺とあげはと飼育小屋
「こないだ小学校の同窓会があってさ。俺こう見えて同期の中ではエリートなんだぜ。ほっとんど高卒でさぁ、もう結婚してるやつもいたりして、ばっかだよなぁ」
「私は幼稚園からエリート育ちだからそうでもないわね。ところで今日は別に呼んでないのだけど」
「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん、お話しようよ」
「友達いないのね」
「い、いるよ!」
彼女の研究の手伝いをしているうちにそれなりに仲も良くなり、友達以上恋人未満くらいの関係になったと自分では思っているので、大学から帰るところだった彼女に勝手についていき、研究所にもお邪魔して同窓会の話をする。彼女はメスシリンダーにお茶を淹れるという、歓迎しているのかいまいちわからない行為をしながら、突然何かに気づいたような表情をする。
「ところで貴方、小学校に飼育小屋はあった?」
「あったよ。ウサギ飼ってたよ。俺は飼育当番やったことないけどね」
「そう。私の小学校もウサギだったわ。飼育小屋ってウサギが多いイメージ。後はニワトリかしら。私は6年頃は飼育委員をやっていたわ。アナウサギが5羽くらいいたかしらね」
「自分のとこは白いのと黒いのがいたかなぁ」
飼育小屋の話をきっかけに、彼女も小学校時代の話をし始める。親が厳しかったからあまり友達と遊べなかっただとか、あだ名はシカノちゃんだったとか、喋り始めれば彼女も女の子、お喋りが止まらない。そして小学校時代の話から、話題はウサギへと戻る。
「……ウサギって小学校の飼育小屋で飼う生き物としてどうなのかしら。ふさわしいとは思えないわ」
「そう? 可愛いじゃん」
小学校でウサギを飼うことの是非について悩み始める彼女。その理由を問うと、彼女は左手で丸を作り、右手の指をその中に入れた。
「だってウサギってほとんど発情してるじゃない。ズコバコズコバコと不健全極まりないわ」
「……」
いきなり下ネタをかましてくる彼女。下ネタを抵抗無く話してくるのは望みがあるということなのだろうか、望みがないということなのだろうかと頭を抱える俺に、更なる追撃が襲い掛かる。
「しかもうんこ食うし。いくら小学生は下ネタで喜ぶからって、うんこ食ってヤってばかりの動物を飼うのはどうなの? ふさわしいとは思えないわね」
「……はぁ……」
「どうしたのため息ついて。ひょっとしてこういうネタに慣れてないの?」
「いや、何かさ、下ネタ自体は構わないし、そりゃ女はエロい方がいいよ? でもね、あくまでそれはね? 男の方からネタを振って、女がそれに応える的なのが理想なのであってね? 女の口からヤるだのうんこだの言われるとね? げんなりするわけよ。わかる? わっかんないかなぁ~、男と女の溝は深いね」
「そう、とりあえず謝っておくわ。ごめんなさい。とにかくウサギを小学校で飼うのはどうなの? って思ったのよ。もっと飼うのに相応しい生き物がいるのではないかしら」
探求者としては見過ごせないポイントらしい。棚に置いてある動物図鑑をパラパラと捲り、小学校で飼うのにふさわしい動物はいないか探し始める。しかし一般的にペットとして飼いやすく、小屋で飼えるような生き物なんてなかなかいないのが現実だ。
「百聞は一見に如かずよ。さぁ、行きましょう。教育業界に革命を起こすのよ。とりあえずペットショップ巡りよ」
「はいはい。喜んでアッシー君を勤めますよ」
探求心と行動心を持ち合わせた彼女を阻むことなどできやしない。彼女とデートができることに内心ガッツポーズしつつ、車に乗って彼女を運ぶ。ハムスターを貰ったり、不細工な猫を探したりと何かとお世話になることの多いペットショップで、閉じ込められた動物達を眺める彼女。
「うーん、リスなんかどうかしら。でも意外と飼いにくいのよねえ」
「こないだテレビでスローロリスっての特集してたよ、可愛かったし飼いやすそうだったけど」
「あれリスじゃなくてサルだしそもそも新規に飼えないわよ。サル系は子供が怪我するかもしれないから大人しい動物がいいわよね。犬や猫は面白みが無さすぎるし家で飼ってる子も多いし」
「やっぱウサギでいいんじゃない?」
「人はそれを思考停止と呼ぶのよ」
どうしてもウサギより小学校の情操教育に相応しい生き物を見つけたいらしく、ペットショップを何件も梯子する俺達。しかしペットショップを何件も回ったからといって、どこも大半は犬と猫によって占められているので効率が悪い。彼女の動物に関する蘊蓄を聞きながらデートができるだけで楽しいと言えば楽しいのだが、何だか無駄な時間を過ごしているような気もしてきて複雑な気分だ。
「はぁ、夜になっちゃったわね」
「今日はもういいでしょ、ペットショップだって閉まっちゃうよ。ご飯でも食べようよ」
「そうね。付き合わせて悪かったわね、奢ってあげるわ」
気づけば辺りは暗くなっており、今日はお開きということに。近くにあった定食屋に入り、奢って貰うとはいえ安い物を頼もうと豚汁定食を注文する。すると既に注文をしていてぼーっとしていた彼女が、急にこちらを見つめてきた。
「何? 豚汁か豚汁かの論争には参加しないよ、どうでもいいし」
「……そうよ、豚よ。いいじゃない豚。ペットに最適だわ。そうでしょう?」
「そうかなぁ?」
ウサギに代わり小学校の飼育小屋で飼われるべきペットは豚だと言う彼女。家畜としては最適かもしれないが、ペットとしてはどうなのだろうかと首をかしげていると、俺の脳内を読み取ったのか甘いわね、と言いたげに指を振る。
「豚は頭がいいし、清潔なのよ。しかも食べても美味しい。教育のためにあるような生き物ね。よし、明日は農学部に行きましょう。あそこなら豚、それもペット用のミニブタを飼っているはずよ」
既に彼女の頭の中では豚を飼う小学校だらけになり、自分の名前が豚の情操教育としての有用性を知らしめた人間として崇められている世界になっているらしくうんうんと満足そうに頷く。世界のどこかには豚を飼ってる小学校もあるだろうし別に新発見では無いのでは? なんて野暮な突っ込みは入れず、明日も彼女とデートが出来ることに感謝するのだった。そして翌日、彼女と一緒に農学部の家畜小屋へ向かう。そこには確かに彼女の言う通り、ペットにもしやすそうな小さめの豚が飼われていた。
「へえ、小さい豚もいるんだね」
「元々私達が食べている豚自体、イノシシを改造したものですもの。ペット用にだってできちゃうのよ。実際の豚はそんなに太ってないし、怠惰でもないわ。小学校の頃からリアルな豚に触れることで、デブの人を豚だなんて言わなくなるかもしれないわ。デブに優しい世界になるわね」
「デブって言ってる時点で優しくないんじゃないの」
「丁度私の母校で飼ってるウサギがもう残り少なくてね、これを機に別の動物を飼おうかなんて話になっているのよ。早速連絡して、ミニブタを飼うように勧めてくるわ」
「頑張ってね」
やるからには本気なのか、写真を撮ったり成長記録をデータとして貰ったり、プレゼンする気まんまんな彼女。俺も実際に見てみるとペット向きだと感じたので、きっと彼女の目論見は上手くいくことだろうと信じていた。そして翌日。
「……」
学食で一人、カツカレーに生姜焼きに豚汁と、豚のフルコースを味わっている、というかやけ食いしている彼女の姿。聞かなくてもわかる、プレゼンは失敗に終わったのだろう。俺に気づいた彼女が、とても悲しそうな顔をする。
「ほら、最近はグローバル社会じゃない、色々気を遣わないといけないじゃない」
「うん」
「最近何かと話題の宗教がね……」
「ああ……」
そういえば豚が駄目な宗教があったな、と彼女の前に座り、そっと自分用に買ったケーキを彼女のトレーに置く。『何が不浄な生き物よ豚は綺麗好きなのに』とか、『日本でも結局こうして悪影響を及ぼすのね』とか、周囲にはそっち系の留学生がいてもおかしくないのにずっと愚痴を連ねる彼女。そんな彼女を俺は止めることなくうんうんと同意し続ける。近くにいた肌が茶色いどこかの国の人が顔をしかめながらこちらを睨んでいたが、彼女の珍しく有用な提案を邪魔した罰だ、甘んじて聞けよなと睨み返すのだった。




