俺とここねと世界の敵
『〇〇市の線路にて猫が数匹轢かれていた事件で、警察は線路にまたたび粉が付着していた事から、人為的な物と見ており、以前起きた犬の殺害事件の模倣犯では無いかと推測しています』
飼い犬が殺された事件より、飼い主が撃たれた事件より、野良猫が数匹殺された事件の方が世間的なインパクトは大きいらしい。一匹だけじゃなくて数匹だからだろうか、それとも猫派の人間の方が多いからだろうか、なんて冷静な分析をしながら、俺とここねちゃんを徹底的に批判する専門家や街の人の声を聞く。批判されて当然の事をしているのだが、なんて感情と、誰もここねちゃんの助けを求める声を聞いてくれなかった癖に、こういう時だけ善人ぶりやがって、なんて感情が、頭の中でぐちゃぐちゃになる。そうこうしているうちに、チャイムが一回だけ鳴る。連打する気力が今日は無いらしい。彼女に不都合なニュースを見せないためにテレビのコンセントをぶち抜くと、精一杯優しい顔で彼女を出迎えた。俺のベッドに座った彼女はテレビをつけようとはせず、代わりにスマートフォンを手にする。
「……ネットが」
「ネット?」
ポツリとそう呟いた彼女は、俺にスマートフォンを投げて寄越す。掲示板に、SNSに、インターネットの住民達が、こぞって俺とここねちゃんを糾弾していた。俺達がもしもやましいことをしていなければ、殺害予告すらしているこいつらを訴えて大金持ちになれるのに。
「こんなものを見ちゃだめだよ。大丈夫、生き物が苦手な人達が住んでる掲示板なら、ここねちゃんはむしろ称賛されてるよ」
「だからどうしたって言うんですか。わかってましたけど、私って世界の敵なんですね。だから誰も私を助けてくれないんです」
悲しい悟りを開きつつ、先日のリモコンのようにスマートフォンを投げようとしたが、流石に普段から使っているスマートフォンを破壊するのは嫌だったのか、投げることなくカバンにそれを戻す。テレビをつけることもなく、スマートフォンを眺める訳でもなく、ただベッドに座ってため息を何度もつくばかり。
「気分転換に、どこか行こうよ」
「……はい」
部屋に閉じこもってネットなんて見ていれば、どんどん気分は陰鬱になるだけだ。街に繰り出して、美味しいものを食べれば、楽しいことをすれば、ここねちゃんのメンタルも安定するはずだと、愛車に彼女を乗せて明るい音楽を流しながらドライブをし始め、いつだったかネットサーフィン中に見つけたオシャレな喫茶店へ。わざわざ車で行くような距離だ、彼女の同級生と出くわすなんてこともないだろう。俺みたいな人間がネットで見つけるくらいには話題になっていたからか、それなりに混雑していたが待ち時間に悩まされることなく席に着けた。
「すいませーん、ケーキセットと、パフェと、コーヒーと……」
今のここねちゃんにメニューを選ばせても、ぼーっとメニューを眺めるだけな気がするからと、適当に注文をする。こういうのは勢いが大事だ、目の前に美味しそうなケーキやらが出てくれば、ここねちゃんも生唾を飲み込んで美味しそうに頬張り始めて自然と笑顔になることだろう。注文したものを待つ間、ここねちゃんはしきりに辺りを気にしていた。
「大丈夫だよ、ちゃんと君をいじめてる軍団の行動範囲に入らないようなチョイスにしたからさ」
「……」
そもそもこの喫茶店はそれなりに大人向けだ。周りを見てもほとんどがOLや女子大生と思わしき連中で、ここねちゃんの知り合いなんていそうにない。それでも彼女は周りの視線に怯えるように、最初に出された水のグラスを持ちながらカタカタと震えていた。
『すみませんお客様、こちらの方と相席よろしいでしょうか』
「ああ、構わないよ……おや」
「いやあ、悪いね……やあ、偶然だね」
やがて店員さんに相席をしてもいいか尋ねられる。デートを邪魔して欲しくはないが、混んでるお店で4人用のテーブルを2人で使い続けるほどメンタルが図太いわけでもない。快く承諾して相席する相手の顔を見たとき、思わず声をあげてしまう。それは向かいに座る獅童さんと熊ヶ谷さんも同じのようだった。
「珍しい組み合わせだね」
「一応は主従関係デスから」
「色々あっただろう? 気分転換に美味しいもの食べようって、彼女がね」
彼女達が今のここねちゃんに話しかけるのは色々まずいからと、先手を取ってこちらから話を切り出す。俺が話をしている最中にケーキが来てそれをここねちゃんが平らげて、『じゃあ俺達は行くよ』というのが理想なのだが、適当に頼みすぎたからか、混んでいるからか、俺達の番はまだかかりそうだ。他愛もない会話を繰り広げていると、熊ヶ谷さんのスマホが鳴る。
「僕だ。……何だって? ああ、わかった。少ししたら落ちあおう。……くそっ、守れなかった」
電話をしながら不機嫌そうになる彼女。彼女が怒る原因なんて大体の予想はつくが、一応は聞いてみる。彼女はコップを割りそうな勢いでガシッと掴み、感情を隠しもせずに忌々しげに語った。
「ついさっき、僕の同志が猫を撃っている中学生くらいの男を見つけたそうだ。ここ最近の事件も、全部そいつかもしれない。絶対に、絶対に許さない……」
「……!」
ここ最近の事件の犯人は残念ながら目の前にいる俺達だ。恐らくは模倣犯というやつだろう、昔の俺のような中学生には可哀相だが、俺達の代わりに熊ヶ谷さんの裁きを受けてくれと心の中で合掌していたのだが、隣に座る彼女が尋常でないくらい怯えていることに気づく。
「おっと、もうこんな時間か。用事があるから俺達は行くよ。獅童さん、ケーキとかは代わりに食べといて。代金は今度払うよ」
機転を利かせて彼女を連れ出し、駐車場に停めてある車の中へ。助手席へ座らせて手ごろな袋を差し出すと、やがて黄色い液体で袋が染まる。車を少し走らせてコンビニへ向かい、家庭用のゴミを捨てるなと書かれた箱の中へ汚物を投げ入れる。ついでに水を買って彼女に差し出し、落ち着くまでコンビニの駐車場を占拠する。
「さっきの人が、自分を責めてるって思ったんだね?」
今の彼女はそれなりに罪悪感もあるのだろうが、それ以上に周りの人間が自分を敵視していると思っているのだろう。そんな状態で目の前に自分のような人間に対して怒り狂う人が出てきたら、恐怖で嘔吐してしまうのも仕方のない話だ。彼女はコクリと頷いた後、フルフルと涙目で首を振った。
「……あの人、だけじゃ、ないんです。他のお客さんも、店員さんも、みんなみんなみんなわたしをせめてるんです」
「被害妄想だよここねちゃん……そうだ、動物撃ちに行こう。こっそり車の中にエアガン積んでいるんだ。かなり遠くまでドライブして、そこで見知らぬ動物を撃とう」
悪循環だとはわかっていても、今はストレス解消をするしかない。思い切り車を飛ばし、高速道路で知らない土地へ。気づけば俺達以外には動物しかいない山奥へやってきていた。車を降りて豊かな自然の空気を吸い込むと、黒くてずんぐりした小さな何かが目に止まる。
「狸だ。狐だと呪われそうだけど、狸ならまあいいか。ほら、ここねちゃん」
「……ひ、ひっ」
狸には悪いが犠牲になってくれと心の中で謝罪しながら、彼女に無理矢理エアガンを持たせる。構えて狸に向き合う彼女だったが、すぐに尻餅をついてしまった。何も言わないでじっとこちらを物珍しげに見つめる狸相手に、やがて怯えたように後ずさり始める。どうやら彼女の世界では、動物すら自分を責めているらしい。俺のここねちゃんを虐めるなと狸を威嚇して追い払うと、ガタガタと震える彼女を車に乗せて帰路につくのだった。
「……最近、クラスメイト、何もしてこないんです」
それからしばらくし、結局中学生の男も捕まらないある日。学校帰りに俺の部屋にやってきた彼女がそんなことを呟く。ありとあらゆる物に怯える今のここねちゃんは、周囲から見たら異様もいいところだろう。そんな人間に下手に手を出せば、何をされるかわかったもんじゃない。ここねちゃんが周りに怯えるように、周りもここねちゃんに怯えているのだ。悲しくもいじめ問題を解決してしまった彼女だが、当然ながら何の解決にもなっていない。
「ここねちゃん、しばらく学校はお休みしよう。医者にはコネがあるんだ、診断書を偽造してもらってさ。親の目が怖いなら、警察だって弁護士だって動かして見せる。通院だなんて言いながら、毎日のようにここへ来たっていい。世間がここねちゃんを忘れるまで、しばらくの辛抱だ」
今のここねちゃんを学校に行かせても何の得にもならない。時間が全てを解決してくれるとは思わない。それでも今はそれに賭けるしかない。俺の提案にはい、わかりました、と焦点の合っていない目で頷く彼女。
「ありがとうございました。さようなら」
今後の説明を一通りした後、部屋を出ていく彼女を見送りながら、早速鹿野さんに連絡を取ろうとして違和感を覚える。しばらくうーんうーんと唸った後、違和感の正体が挨拶だと気づく。ほとんど無言で出入りしていた彼女が挨拶をして出ていくなんて、珍しいこともあるもんだ、それもありがとうございましただなんて……と呑気な事を考えるのも束の間、俺は机を見やる。
そこに置いてあったはずの銃が、消えていた。




