俺とここねと品定め
「……♪」
俺の部屋。本来は土日に『友達の家に遊びに、泊まりに行く』という建前で彼女は夜中に外出をしている。今日は平日なので普通の女子中学生である彼女が夜中に外出だなんて色々まずいのだが、今の彼女にとっては最早そんなことはどうでもいいのだろう、上機嫌で新しい愛機を眺めてにやにやとしている。もう用済みですと言わんばかりにカバンの中に乱雑に詰め込まれた、かつて俺がカスタマイズして寄越したエアガンが寂しいと嘆いていた。
「ここねちゃん、とりあえず落ち着こうよ」
「わかってますよ。銃弾は無限じゃない、そう言いたいんですよね? 誰を殺すか、どうやって殺すか、入念に考えないといけないんです。というわけでお風呂お借りします、リラックスすればいい案が出るはずです」
勝手に俺を銃弾の残りを気にする男にし、勝手に人のタオルを借りてお風呂に入る彼女。目の前には机に置かれた、正式名称なんてわからない、とにかく人も殺せる銃を眺める。彼女がお風呂に入っている隙に、これを没収するのは簡単だ。ただ、それをすれば俺は恨まれるだろう。銃なんて無くたって、その気になれば人なんて簡単に殺せる。逆上した彼女に刺される結末よりは、銃を持たせたまま彼女を説得してどうにか事なきを得る結末の方がハッピーエンドに決まっている。自己保身大いに結構、俺は黙って彼女がお風呂から上がるのを待つのだった。
「ふう。いいお湯でした。とりあえず、優先順位は決まりましたよ。まずは主犯格のあの女を……」
お風呂から上がった彼女は皮算用をし始める。誰を殺すかは決まったが、どうやって殺せば自分がお縄につかないかを考えるのにはまだ時間が必要らしい。しばらくは作戦を練る時です、と言いながら帰り支度を始める彼女。
「あ、銃は持っておいてください。家族と一緒に暮らしている女子中学生よりは、一人暮らしの大学生が持っていた方がバレないですからね」
「随分俺を信用するんだね」
「犬神さんにそんな度胸が無いことくらい、逆上した私に刺されるリスクを取ってまで他人の命を守る正義感なんて無いことくらいわかってますから。それとも、今ここで私を抱けますか? 一生愛してやるって、幸せにしてやるって、守ってやるって誓えますか?」
「……」
完全に心の内を読まれてしまい何も言えなくなってしまう俺をフン、と笑うと、机に銃を置いて一人で帰ってしまう彼女。人として、男として何とも情けない話だ。いっそこの銃で自分を撃ちぬいてやろうかなんてマイナス思考に陥ってしまうが、まだチャンスは十分に残されている。仮に彼女が犯行に及ぶとしても、それは当分先の話だ。思うままに銃を乱射して自首をして、『私は社会の被害者なんです!』と主張するような子ではない。本気で彼女は完全犯罪をして、敵の消えた世界で幸せになるつもりでいるのだ。現代日本でそれが可能なのかはさておき、そのための作戦を考えるには、相当な時間がかかるだろう。考えた結果諦めてくれる可能性すらある。今俺に出来ることと言えば、これ以上彼女のメンタルが傷ついて、乱射事件を起こさないように優しい彼氏をすることくらいなものだと、休日はどこに彼女を誘おうかとデートのプランを考えるのだった。
「大変です犬神サン、こないだ銃をゴミ捨て場に捨てたんデスけど、日本では銃をゴミ捨て場に捨てたら駄目だったんデス」
「まるで君の国ではオッケーだったかのような言い方だね」
「粗悪品が出回ってまシタからね、使い物にならない銃がよく捨てられてまシタ……そんなことはどうでもいいんデス、昨日回収しようと思ってゴミ捨て場行ったら無くなってたんデス! このままでは私のせいで事件が起きてしまいマス……あの銃がお嬢様のモノだとバレたら、家に物凄い迷惑がかかりマス。お嬢様はどうでもいいですが、旦那様の顔に泥を塗るなんてことになったら……」
「ああそうだよ、全部お前のせいだ」
「うぅ……」
大学で落ち込んでいる諸悪の根源を慰めずに罵倒しながら、どうすれば事件が起きずに済むかを考える。今の彼女は、既に目的がストレス解消から復讐へと変わってしまっている。だから例え猫を銃で撃ちぬいて肉塊にしたところで満足はできないだろう。復讐自体を諦めさせることも難しい。こうしている間にも、彼女の負の感情は減るどころか増える一方だ。今日も彼女は学校でクラスメイトに虐げられ、家でも親に頼ることなんて出来ずに憎しみを育てて行くことだろう。家族やクラスメイトを殺してしまえば、必然的に関係の深い彼女が疑われるし、すぐに犯行はバレる。ただ一人ならどうだろう。例えば彼女が学校に行っていたり、休日に家にいる間に、優秀なヒットマンにでも彼女の母親やいじめの主犯格を殺害させれば、彼女は疑われないし、ある程度はすっきりするかもしれない。
「うーん、その銃の件だけど、どうにかできるかもね」
「本当デスか!?」
「ところで始末して欲しい人がいるんだけど。証拠残さずに出来る?」
「私に汚れ仕事をさせる気デスか? 見損ないまシタ。でも、背に腹は代えられません。熊ヶ谷の権力を使って警察も封じて、一人くらいなら殺って殺るデス」
「最終手段だよ。ま、覚えておいてよ」
何だかんだ言っても自分の身が一番だ。優秀なヒットマンにでも誰かを殺して貰って、それで彼女が満足してくれれば、俺が恨まれることだってない。被害者一人で全て丸く収まるのなら、十分じゃないかと自分に言い聞かせながら大学の帰りにその辺をぶらぶらするが、しばらくするとやっぱりそんなの駄目だよなぁという結論に至る。悩みながら夕食を買うためにスーパーに向かったところ、入口の前にとある生き物がいた。
『ハッハッハッ』
「……」
犬だ。以前彼女が誤って撃とうとしていた犬。野良犬なんかではない、どこかの誰かが飼っている犬。ああ、そうだ。復讐するなら人である必要は無かったんだ。
「母親とあの女が一緒に集まる日と言ったら授業参観くらいなものですかね……ああ、でもそんな日にどうやって私がバレずに二人を殺害できるというんですか。うう、なかなかいいアイデアが出ないです。犬神さん、何かありませんか?」
週末、デートでそれなりに上機嫌になっている彼女を部屋にあげる。さあ作戦会議ですよと殺しの算段をしようとする彼女。そんな彼女に、俺はとある提案をする。
「そんな簡単にアイデアが出たら、この世は完全犯罪で溢れているよ。それよりさ、いじめっ子って、ペットとか飼ってないの?」
「……そういえば、主犯格のあいつが、犬飼ってるみたいですね。茶色い、でかいやつ。ゴールデン、レトルト? 犬の種類はよくわからないですけど、まあとにかく犬飼ってたはずですよ。それが何か?」
ゴールデンレトリバーは人懐っこい、大人しい犬だったはずだ。それなら楽に事に及べるかもしれない。俺は机に置いてある銃を手に取ると、撃つふりをした。
「その犬殺そうよ。そいつが家族として愛してる存在を奪ってやって、一生消えないトラウマをつけるんだ。君の気持ちをわからせてやれ」
「でも、犬は別に」
「犬に罪は無い? 罪のない猫を撃ってきた君が、今更何を。人が死ねば、警察だって必死に動くよ。でも犬ならどうだろう、飼ってる人からしたら大事な家族かもしれないけれど、所詮は動物。警察の捜査だって適当だし、バレないさ。君の復讐心を満たし、君がこれからそれなりに幸せな人生を送るためには、それが一番現実的なんだよ」
この世全てに憎しみを抱いていそうな彼女であっても、自分と直接関わりのない存在を手にかけるのは抵抗があるらしい。それでも俺の説得が聞いたのか、しばらく押し黙った後、静かに、けれども力強く、
「わかりました。犬、殺しましょう」
と決意を固めるのだった。




