俺とあげはとキツネの呪い
「やあ。ホラー?」
「ええ。結局は一番怖いのは、神様や幽霊の存在を利用して、自分の行為を正当化する人間だって主張しているつまらない話よ。将来貴方が逮捕された時に言ってみたらどうかしら。『俺は崇拝している神様にお供え物をするために猫を狩っているのだ!』って。今のグローバルな時代、案外それならしょうがないねって許されるかもしれないわよ」
「プロを舐めないで貰えるかな。逮捕されるわけないじゃないか」
「見られてメス投げる言われて萎縮するプロが何か言ってるわね、そもそも何を以てプロなの……?」
呼び出されて彼女の研究室に向かい、前回同様彼女が読んでいた本を後ろから覗きながら、プロだから逮捕されないと嘯いてみる。彼女は呆れたような、困惑したような表情をしながら本を閉じた。一体何を以てプロなのかは俺もわかっていない。動物の捕獲とか駆除とか、そっち方面なら能力を活かせるかもしれないが。
「祟りって信じる?」
「信じてないよ」
「根拠は?」
「祟りがあったら今頃呪い殺されてるよ」
「論理的思考ね。流石法学部」
「そのネタ引っ張るのやめて」
そのまま祟りだとか呪いだとかオカルトな話をする俺達。祟りが存在するのなら、俺はきっと動物、主に猫の霊に呪われまくっているはずだ。しかし今日に至るまで俺の身体は健康そのもの。故に祟りなんてないのだ。そんな俺の見事な論理的思考にうんうんと頷きながらギャグをかます彼女。彼女は面白いと思っているのだろうが、よく間違えられる身としては若干イライラする。
「けどね、こうは考えられないかしら。所詮猫は雑魚だから呪うパワーすらないのよ。もっと強い力を持った生き物を虐めたら、祟られるんじゃないかしら」
「なるほど」
そのまま持論を展開する彼女。動物霊は怖いとかそんな話は耳にするが、実際に存在するのだとしたら人間の霊の方が怖いのでは? とは俺も薄々思っていた。人間より頭の悪い連中が、人間以上に恨みの感情を持つのだろうか、それで祟れるのだろうかと。人間以上に知性を持った、力のある動物を虐めれば祟られるのかもしれないが、そんな動物を知らない。愚かな人間よりもその辺の動物の方が本当は賢いのかもしれないけれど。
「私はこう見えてオカルトが大好きなの。霊だの神だのいたらいいなと思っているわ。いえ、正確には探求が好きなのね。解明されていないことを解明する、それって素敵でしょ? 貴方も死んだら霊になるってわかっていたら、少し安心するんじゃない? 小説でもあったわよね、死後の世界が判明してばんばん皆が自殺する話。さ、出かけるわよ」
どこに行くかも伝えずに車のキーを投げて寄越す彼女。前回同様役に立たないナビを聞きながら共に車に揺られることしばらく、俺達が到着したのは小さな森だ。
「さて、ターゲットは何だと思う?」
「知性ある人間じゃない生き物で森に住んでいる……エルフだね」
「そうね、奴等は大抵縄張りに結界を張って見つからないようにしているから、まずはその結界を壊す必要があるわね。というわけでこっちよ」
「え……?」
彼女に質問を振られたのでギャグで返してみたのだが、その返しに彼女は大真面目に乗ってくるものだから、本当にエルフを探すつもりなのかと不安になる。彼女に続いて歩くこと数分、そこにあったのは小さな神社だ。
「これが結界装置よ。さぁ、壊しなさい」
「いや、あの、鹿野さん……? これはまずいんじゃ……」
彼女が結界装置だと言って俺に壊させようとしているモノ、それは神社が祀っている狐の像だ。彼女はカバンからピコハンではない、本物のハンマーを取り出して俺に手渡し、期待するような目で俺を見つめてくる。
「何よ、貴方の下らないギャグに付き合ってあげたんだから喜んで壊しなさいよ。そうよ、これを壊すのよ。その辺の下等動物なら祟る力もないでしょうけど、これなら祟りがあってもおかしくないわ! さぁ! 神罰を受けるのよ!」
猫を撃つのと、神社の像を壊すのは、どちらが罪深いのだろうかと物思いに耽った後、覚悟を決めてハンマーを振り下ろそうとするが中々手が動かない。俺は冷や汗を流しながら彼女の方を見た。
「一緒にやろう。ケーキ入刀みたいな感じで。祟りも半分こ」
「女の子に祟りを受けさせる気?」
「何言ってんの、神様は見てるよ。自分の手を汚さずにやろうとした鹿野さんの方が悪質だとすら思ってるかもしれないよ」
「確かに。それじゃあ壊しましょうか」
謎の問答を繰り広げた後、二人でハンマーを持ち、せーので振り下ろす。あまりにも呆気なく、あまりにもあっさりと、像は割れて崩れ落ちた。
「どう? 頭痛とかする? 頭に声が聞こえたり」
「ないね。祟りがあってもそんなすぐに来るものなのかなぁ……?」
「そうね。時間がかかるかもね。とりあえず目的は果たしたし、帰りましょうか」
罪悪感の欠片もないのか欠伸をしながら、研究所へ帰ろうとする彼女。しかしすぐに彼女の歩みが止まり、『嘘でしょ……?』という深刻そうな声が漏れる。俺には何にもないが、早速彼女に祟りが発生したのだろうかと気になって彼女の傍に向かうと、その視線の先には一匹の狐が、こちらをじっと見つめていた。
「え……マジで?」
「……どう思う?」
「いやいや、これはまずいんじゃないの。有り得ないでしょ。狐なんてそんな簡単に出会う生き物でもないし、普通は人間見たら逃げるでしょ。偶然にしては出来すぎているよ」
「私もそう思うわ。あれは神様の使いなんじゃないかしら」
流石の彼女も、この状況には怯えているのか立ちすくんでしまう。狐の像を壊した直後に狐と出会う、これを偶然だねで片付けられる程俺達は能天気じゃない。狐は何か言いたげに、ただただ俺達をじっと見つめている。ここは土下座して謝った方がいいのだろうかと、人間としてのプライドを捨てることも考えていた俺であったが、彼女は震える手でカバンから小さな拳銃を取り出した。
「こ、これ」
「はぁ!? これを撃てと?」
「え、ええ、そうよ。麻酔銃よ。あの狐がただの狐じゃないなら、何か不思議な力を持っているはずよ。これは、これはチャンスなのよ。知識の亡者である人間が、ついに神の領域にもその手を伸ばすチャンス。さぁ、撃ちなさい。私達は神をも喰らうのよ」
拳銃を手渡され、ゆっくりと狐に向かって標準を合わせる俺。狐はそれでも動かない。まるで神が負けたことを嘆くように、まるで神が死んだことを嘆くように。引き金を引くと、針が射出されて狐の胴体に直撃する。ついに狐もその場から逃げ出したが時既に遅し、足取りを追った俺達の目の前で横たわっていた。いつでも珍しい動物を見つけた時のために、と彼女が常備していた小さな檻に狐を入れて、何事も無かったかのように車を走らせて研究所へ戻る。操作が利かなくなることも、トラックが突っ込んでくることも無かった。
「やあ鹿野さん。あれから狐はどう?」
「全然ね。データを取ったけど、どこからどう見てもただの狐よ。人語を喋ってくれると期待したんだけど、こちらをじっと見つめることもしなくなったわ、檻の中で普通の狐のように振舞っている。狐につままれたわね」
数日後。大学の学食で彼女と会ったので狐について聞いてみると、何の成果も得られなかったからか肩を竦める彼女。結局何だったのだろうか、ただの偶然だったのだろうかと、もやもやしながら蕎麦をすする俺に、彼女が自分なりの答えを発表した。
「あそこの神社ね。もう全然使われてないのよ。神様の力の源は、人間の信仰心だってよく言うでしょ。もうあそこの神様には祟る力なんて無かったのかもね。その辺にいた狐に一瞬だけ宿って、私達を恨めし気に見つめるだけで精一杯。神は死んだのよ」
「物悲しい話だね」
「というわけで次はもっと大きな、人の住んでいる神社あたりで」
「あかんよそれは……」
それっぽい話にしみじみとするのも束の間、もっと大きな神社なら祟られるかもしれないと提案する彼女。流石にそれは逮捕のリスクが大きすぎると、謹んでお断りするのだった。