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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とここねと動物虐待
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俺とここねとエアガン

「殺してやる……」


 クラスメイトが去った後、迷惑そうな店員さんと共に床を掃除し、学校をサボった挙句家に帰らない彼女が親に激怒され傷跡が増えないよう、本職である鹿野さんに通学途中に倒れたので今日一日は病院で休ませるなんて嘘電話をさせた後、自分の部屋に彼女を連れ込む。部屋のベッドで、寝ている俺にしがみ付きながら、ガブガブと腕を噛む彼女。俺を慕ってはいるが、ストレスが溜まるとこうして暴力を振るうこともある。それで彼女のストレスが発散されるなら、いくらでも噛まれたりひっかかれたりするのだが、今日はその程度では終わらないらしい。


「よしよし、辛かったね、大丈夫だよ。俺が受け止めてあげるからさ、そんなに人を憎まないで。可愛い顔が台無しだよ」

「……車、お借りしてもいいですか?」

「駄目だよ」

「ガソリンだけでも」

「もっと駄目だよ、ささ、お風呂でも入ってすっきりしようよ」


 スッポンのように俺の腕に噛みついて離れない彼女を引き連れてお風呂に入り、歯型だらけで涎まみれな腕を洗い流すついでに彼女の身体を洗ってやる。今の彼女に何を言っても、数日後には腕にある傷が増えていくだけなのだろうと、無言で背中を流す。お風呂に入って大分落ち着いたのか、出た後は俺に噛みつかずに、ただ悔しそうにえぐえぐと泣く程度になった。


「犬神さんに、私の、何が、わかるん、ですか。優しい、言葉を、言ったって、理解者、ぶったって、学生時代は、私みたいな、子を、気持ち悪いとか、笑ってたに、決まってます」

「……わからないし、その通りだよ。自分の身を挺して助けるほど、被害者に興味も無ければ力も無かったからね。だからこそ、客観的に言えるんだよ。人生はまだ長いんだ。復讐に身を焦がすよりは、新しい生き方を探そうよ」

「えぐっ……あいつらを、殺して、ついでに親も、殺して、私も、死ぬんです、私の人生も、あいつらの人生も、もう終わるんです」

「死んだらもう俺と会えないよ。それとも俺も道連れにする? 言っておくけどね、『犬神さんに迷惑はかけません! 一人で死にます!』なんて通用しないよ。そんなことされたら、俺はずっと嫌な思いをしながら生きていくことになる。迷惑かけてきた自覚があるなら、前に進もうよ」

「……」


 無責任な正論に何も言い返さずに、無言で俺の部屋を出ていく彼女。送るよ、と言うこともできずに俺はそれを見送るしかできなかった。どうしたもんかな、と寂しくなった部屋を眺める。部屋の片隅に、もうすっかり使っていないそれがあった。俺に彼女の苦しみはほとんどわからない。所詮俺は、都合のいい女が出来れば途端に動物虐待なんて引退してしまえるような、ファッションサイコパスだ。わからないならわからないなりに、彼女の心の平穏を保つよう努力しようと、愛機の手入れをし始めた。週末の深夜、『友達の家に泊まりに行ってきます』なんて嘘をつかせて彼女を公園に呼び出す。


「どう、したんですか、こんなところに呼び出して。あ、あれ、ですか、茂みで、するんですか」

「俺が今までそういう行為を誘ったことがあったかい? はいこれ」


 期待していたのかニヘラニヘラと笑いながら服を脱ごうとする彼女を制止させ、彼女の手にエアガンを持たせる。俺にはもう必要のないものだからと彼女向けにカスタマイズしたそれを。


「……これで、あいつらを、殺せと」

「エアガンじゃ殺せないなぁ……ほら、そこに丁度いい獲物がいるよ」


 俺が指さした先には、一匹の猫が公園の地面に寝そべっていた。あの日俺が撃とうとして彼女に撃たれ、そこからすっかり存在を無視され続けてきたあの猫も、ついに命を輝かせる時が来たのだ。


「で、でも、いいんですか、こんなこと」

「昔君がやろうとしてたことじゃないか。俺を撃たなければ、猫を撃って、君は満足できたはずなんだ」

「……犬神さんに、出会えて、私、変われたと思うんです。もう、こんなことしなくたって、生きていけるって、思ったんです」

「銃を貰ってクラスメイトを撃ち殺そうなんて考えている娘がかい? 俺には変わるどころか悪化しているように見えるよ。決して良いことじゃないけどさ、君の心が満たされる方が大事だよ。100万の猫より、1人の人間さ。俺が君を守ってやれる場所は限られているんだ。クラスメイトからの虐めを防ぐことも、親からの行き過ぎたしつけを防ぐこともできない。頑張れば警察を介入させたりして防げるかもしれないけれど、君が変わらない限りはどこへ行っても似たようなことが繰り返される。猫でも撃ってストレス解消してさ、自分と向き合う勇気を持とうよ。ほら、こうやるんだ」


 ペアルックという訳ではないが、ペアガンということで同じものをカバンから取り出すと、呑気にこちらを眺めている、危機感のない三毛猫に狙いを定めて引き金を引く。発射されたBB弾は猫の胴体にポンと当たり、ビクッとすると猫は逃げて行った。当たっても大したダメージのないように、威力は相当抑えている。バレた時の言い訳にしかならないのかもしれないが。


「狙いを……定めて……」


 猫は少し逃げただけで公園内に留まり、じっとこちらを眺めている。まるで前世で色々あって全てを悟った、100万回死んだ猫のように。そんな猫に銃口を向けて引き金を引く彼女。彼女なりに照準は定めているのだろうが、弾は見当違いのところに飛んでいく。それでも音に反応して猫は少し逃げる。これも計算のうちだ。彼女の腕前では滅多に猫は当たらないが、それでも猫は反応する。本気でやっている彼女はそれだけである程度の充足感を得られるのだ。


「ちょこまかと避けられますね……」

「まるでちゃんと狙えてるかのような言い方だね、撃つ時に怖がって目をつむったり腕が動いてるんだよ。エアガンは友達、怖くないよ。俺が支えてあげよう」

「はひゃっ!?」


 銃を構える彼女を後ろからガシっと支える。突然触られて安定するどころか変な声を上げて、顔を赤くする彼女。俺もその反応に乗り気になってスキンシップとして彼女の身体をくすぐったりといちゃつく。お前ら何やってんだとばかりの呆れた目線が、目の前の猫から飛んできていた。彼女がせめて俺と同年代なら、こんなことしなくても、毎日いちゃついてそれなりに幸せに暮らせたかもしれないのに。


「全く、体力消耗しちゃいました……でもなんか能力がアップしたような気がします。ランナーズハイってやつですかね」


 はあはあ言いながら猫に再び狙いを定める彼女。身体はドキドキしていても心は落ち着いているのか、引き金を引いても動くことなく、弾は猫に向かって一直線。ポンと当たって猫はその場から逃げ、またこちらを少し離れたところから眺めてきた。


「やった、当たりました」

「おめでとう、と言っていいのかわからないけどね」


 一発当てたことで自信がついたのか、上機嫌そうに追撃をしようとする彼女。猫にBB弾を当てては逃げられ、当てては逃げられを繰り返す。彼女の攻撃範囲から逃げようとしなかった猫だったが、突然茂みの中に隠れこむ。


「あ、逃げちゃいました……」

「……待って、人の気配。そこのベンチ座って」


 かすかな足音に気づいた俺は残念がる彼女の持っているエアガンを奪い取り、自分のと含めてカバンにしまい込むと彼女をベンチに座らせる。すると公園に一人の女性がやってきた。


「……おや、犬神君じゃないか。隣の子は彼女さんだっけかい? 大学に来てたよね」

「奇遇だね。まあ、ちょっとデートにね」

「……どうも」

「公園でデート? あ、ああ、うん、そうだね、茂みとか、いい場所があるもんね。ごめん、邪魔したよ。ここに猫がいるんだけどね、オスの三毛猫なんだ。飼いたいけれど公園が好きそうだからね、いつもこの時間帯に餌をやりに来てるんだよ。どこへ行ったのかなぁ……まあいいや、今日は帰るよ」


 奇しくも大学の友人だった。勝手に誤解してくれたらしく、顔を赤くしながらお邪魔しましたーと退散される。すると茂みから猫がひょっこりと出てきた。どうやら彼女は猫を愛しているが、猫は彼女を愛していないらしい。


「猫が戻ってきましたね。それじゃあ続きを」

「いや、今日は帰ろう。ついつい舞い上がっていたけれど、冷静に考えたら犯罪なんだよ。見つかったら俺も君もまずい。心の平穏を保つためには猫の犠牲が必要なんですと言ったって誰も肯定してはくれないんだ。ばれないように色々準備するからさ」

「はい……なんだろう、ちょっと心が晴れやかになった気分です」


 猫にバイト代だとばかりに持ってきたちょーるを投げつけると、彼女の肩を抱いて帰路につく。友達の家に泊まりに行くと嘘をつかせた手前、今夜は俺の部屋でお泊りだ。いつもは恨み言ばかり言っていた彼女だったが、今日は布団で上機嫌そうに俺を抱きしめながら、昔の楽しい思い出を語るのだった。





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