俺とここねと恋人生活
「おっはよ~はい鹿野さん、俺の分のレポート」
「……!? ど、どうしたの? 熱でもあるの? 私もう貴方がレポートやってこないのを見越して既にやっちゃったのよ? 私の苦労はどうなるの?」
彼女が出来てモチベーションが上がった俺は、次の講義の日にまとめ役の鹿野さんにレポートを手渡し、まさかやるとは思っていなかったようで慌てるのをニヤニヤしながら眺める。自分を撃った相手を脅して彼女にしたなんて言っても面倒な事になるなので黙っているつもりだったが、
「……女ができまシタね」
百戦錬磨の獅童さんには雰囲気とかでばれてしまうらしい。他の二人もその言葉を信じるらしく、『何ですって!?』『どんな子なんだい!?』と興味津々で聞いてくる。バレてしまったからにはしょうがないと写真を見せようとするが、証拠品として撮った深夜にエアガンを持った状態の写真しかない事に気づく。一目惚れされて付き合い始めたからまだお互いのことをあまり知らないとかそんな感じに質問攻めをはぐらかしつつ、講義を切り抜ける。大学が終わった後、向こうも学校が終わった頃だろうと早速デートのお誘いをすることに。
『もしもし、ここねちゃん? 俺だよ俺。学校終わった? 時間ある? どこかでご飯食べない?』
『え……あ……は、い……わかり……ました……あ、あの、できれば、いや、その、お願いです、遠いところにしてください』
『オッケー、車で迎えに行くよ』
『あ、あと、迎えの場所は、人気のないとこで、お願い、します……えと、LUNEで、地図、送ります』
従順かと思いきや意外と注文の多い彼女のお願いを了承し、車で彼女の学校の近くの、指定された人気の無い場所に向かう。そこには怯えた表情のここねちゃんが、うつむいて俺を待っていた。無言でスマホを弄る彼女を助手席に乗せて隣町のファミレスまでドライブし、席について彼女と向かい合って座る。小柄な、といっても中学生の女の子なんて基本小柄なのだが、没個性的な髪型だし決して美少女ではないが、パーツ自体は悪くはない。普通に生きていたら、中高の6年間で1回くらいは告白されるであろう感じの、割とどこにでもいそうな女の子。ただ、俯いた顔の角度が、目が半分前髪で隠れている上に陰気な表情が色々と台無しにしてしまっている。注文をした後、しきりに辺りをキョロキョロし始める彼女。
「いじめっ子がいないか心配?」
「!? な、なななな、なにを、いて、いてて、るんですか? べ、べつに、普段、あまり、ひぐっ、来ないから、えぐっ、気にな、だけ、です、と、トイレ! 行ってきます!」
「ごめん。俺が悪かった」
お喋りでもしてコミュニケーションを取ろうとしたが、完全に地雷を踏んでしまったようで彼女はトイレに逃げ込んでしまう。きっと個室で泣きながら心を落ち着かせようとしているのだろう。難しいなあ恋愛はと、悩みながら、目を腫らして戻ってきて無言で注文したパフェを食べ始める彼女にスマホを向ける。彼女の笑った顔を見るのは難しそうだから、せめて食事をしてある程度リラックスした表情を撮っておきたくて。スマホを向けられて顔を逸らそうとするが、自分に拒否権は存在しないことを悟っているのか、観念してスマホと向き合い、サービス精神があるのか必死で作り笑いをしようとするが、あまりにも酷かったので、『パフェ食べてていいから』とフォローをするのだった。ファミレスを出て彼女を家まで送り、そのまま週末まで音沙汰が無くなる。警察に通報するほどの根性は彼女には無いようだが、そりゃ脅されて仕方なく恋人になったのだから自分からLUNEとかを送ってくるわけもなく。こっちから送って既読スルーされたらどうしようなんて脅迫野郎とは思えない軟弱なメンタルを発揮しつつ、週末に思い切って部屋の掃除をし、彼女に電話をかける。
『ここねちゃん、今日は暇?』
『もうすぐアニメの一挙……はい、暇です』
『俺の部屋来ない?』
『えっ、それ、は……』
『ここねちゃんの部屋でもいいけど』
『行きます』
部屋に女の子を呼ぶ日が来るなんてとわくわくしながら待つことしばらく、チャイムがなって可愛い彼女がやってくる。その表情は陰鬱というよりは、何故か興奮しているようだった。部屋にあげてジュースとケーキでもてなして、さてどうするかな、ゲームでもやろうかなと悩んだ辺りで、無言だった彼女が口を開く。
「……あ、あの、シャワー! 先に浴びて、きて、いいですか」
「? 今日そんな暑かったっけ。いいけど男の一人暮らしの風呂なんて汚いよ。トイレ併設だし」
「う、うう……我慢します……え、えと、よ、よよよ、四つん這いに、なれば、いいですか? それとも、アイスティーを飲めばいいですか?」
「は?」
「こ、こう見えて、痛いのには、慣れてます! で、でも、初めてなんで、優しく」
「あのねここねちゃん」
顔を真っ赤にして慌てふためきながら、勝手に服を脱ごうとする彼女を静止する。どうやら彼女は俺が彼女を呼んだ理由について、盛大な勘違いをしているようだ。
「俺は大学生。君は中学生。そういうのは犯罪なの。オッケー?」
「……え? そもそも犬神さん、私を脅して」
「この世界はね、案外寛容なんだよ。動物を撃とうがね、気に入らないクラスメイトをデスゲームで殺そうがね、異世界で奴隷を作ろうがね、そういうのもアリだよねって認めてくれるんだよ。でもね、例え合意があったとしても、現実ではよくあることだとしても、それは倫理的にアウトなの。怒られちゃうの」
「はぁ」
「わかったら、さぁ、アニメでも一緒に見よう。一挙やってるんでしょ? 解説してよ」
最近の若い子は変なビデオに影響されちゃって困るなあとため息をつきつつ、彼女と一緒に部屋でアニメを見て盛り上がる。アニメの解説をしている時の彼女は、少し楽しそうだ。脅迫だろうと恋人関係なのだ、彼女が喜んでくれて何よりだ。……問題があるとすれば、異世界でクラスメイトを奴隷にするようなアニメであることだろうか。結局彼女の身体に触れることなく、部屋デートを終えるのだった。その後もしばらくは、
「犬神さん、この映画がいいです、私中学生なので、一人だと見れないんです」
「え、俺はスプラッタは苦手……わかったわかった、見よう見よう」
映画を一緒に見たり、
「鷲人さん、本当にいいんですか? 服なんて買ってもらって」
「いいよいいよ。週末はそれ着て家に来なよ」
「えへへ……大切に飾ります」
「着てね?」
服でも買ってあげたり、
「聞いてくださいよ鷲人様! 母親がくだらない理由で私を殴るんですよ! 学校でもクラスメイトが煙草押し付けてくるしもう最悪ですよ見てくださいよこの火傷の跡……あっ、こ、これは私が自分でやったリスカの跡でした、見なかったことにしてください。いや! 見てください、どうですかこれ、生きてるって感じしませんか?」
愚痴を聞いてあげたりと、恋人っぽいことを続けていく。何かがおかしいような気もしたが、今回の人生では初となる恋人生活が楽しくて浮かれていたので特に深くは考えず三ヵ月程度が過ぎた。
「……そろそろ解放してあげよっかな」
ある日の休日。溜まっているレポートを消化しながら、彼女に送る別れのLUNEの文言を考える。別に彼女とこのまま結ばれたいわけでもない。ちょっとお仕置きがしたかっただけだ。予行演習がてら恋人気分が味わいたかっただけで、ちゃんとした恋人は告白して作るつもりだし、だからこそ彼女の身体には何もしなかったのだ。撃たれた自分の心の痛みが和らぐあたりで、別れて『あげる』つもりだった。そんな折に、部屋のチャイムが鳴る。宅配だろうかと扉を開けると、そこには何故か彼女の姿がいた。
「あ、あれ? ここねちゃん、何か用?」
「え、いつも休日はご主人様の部屋に来てたじゃないですか」
「まあそうだけど。ひょっとしてLUNE誤送信しちゃった? 今日はレポートとかで忙しいからお休みしようかと」
「LUNEは来てませんけど……ダメなんですか?」
毎週のように呼んでいたのに急に呼ばなくなったら、そりゃ向こうも調子が狂うよなと、折角来てもらったんだしと彼女を部屋に上げる。レポートしてるからゲームとかで遊んでていいよと自由にさせると、
「えへへ、えへへ……くんくん、すー、すー」
彼女は俺の布団にダイブして、掛布団を抱きしめてくねくねと身体を動かす。そんなに眠たかったのだろうかと疑問を抱きつつも、目の前のレポートに集中しようとするが、部屋に女の子がいるとなかなか集中できない。その女の子が自分の布団ではぁはぁ言っていれば猶更だ。
「大丈夫? ひょっとして風邪?」
「はっ!? い、いえ、何も! まだ汚してません!」
「ならいいけど……レポートは今日はいいや、ゲームでもしようよ」
「はい、今日は丁度いいゲーム持ってきたんです。『鬼畜彼氏は神様です!』ってゲームなんですけど、凄く使えるんですよ!」
「……ちょい待ち。これは女の子が、というか中学生がやっていいゲームではないよね?」
「エロゲする女子高生がヒロインの小説だってあるんですし問題は無いですよ」
勝手に人のパソコンにエッチなゲームをインストールし、えへへえへへと不気味に笑いながら実況をし始める。男向けのゲームなのか女向けのゲームなのかすら知らないくらいこの手のジャンルに疎い俺としては困惑するばかりだ。ゲームの内容よりもとろんとした目で涎を垂らし、何かをしたいのか右手をわなわなと震わせながらスカートの辺りに持っていき、俺を見てははっとした表情になるというループを繰り返している彼女を心配そうに眺めるうちに日が暮れて、中学生は家に帰らないといけない時間に。
「うーん、俺にはよくわからない世界だよ。もう遅いしお帰り、何なら家まで送るよ」
「……今日は両親がデートらしくて帰って来ないんです。だから大丈夫です、ちゃんとパジャマとかも持ってきたんです。お風呂お借りしますね、何なら掃除もします」
「え、泊まる気だったの? 何も用意してないよ俺」
「ご飯も作ります! こう見えて料理は毎日のようにしてますから自信ありますよ」
その場で服を脱ぎ始め、目を逸らす俺を後目に勝手にお風呂に入って鼻歌と喘ぎ声が混じったよくわからない音楽を奏で始める彼女。お風呂からあがってパジャマに着替えた彼女はそのまま台所を借りて料理を作り始める。肉じゃがに味噌汁に卵焼きにと、非常に家庭的な料理で思わず故郷を思い出す程の腕前だが、気になるところがあるとすれば、
「ちょっと塩気が強いかな……」
味付けが濃すぎることだろうか。作ってもらって文句を言うのもなんだが、ここは正直に言った方がいいだろうと意を決して言ってみると、慌てて自分の料理と取り換えだす。
「……はっ! そうでした、いつも親に作るためのバランスで作ってしまいました! すみません、私のは普通の味付けですから交換しましょう。親は馬鹿ですから、塩辛い料理とか濃い料理を美味しい美味しい言って食べるんです。早く死ねばいいのに」
「……」
悲しい事を呟きながらも、楽しい夕食を終えて気づけば寝る時間。客用の布団なんて勿論一人暮らしの男が持っている訳がないので俺は床に寝るよと言ったが、彼女は一緒に寝ましょうと譲らない。
「いや、一緒に寝るのは、まずいでしょ」
「何でですか、私達恋人なんですから普通ですよ。私の事は抱き枕かサンドバッグか何かだと思って好きにしてください」
強引に俺を布団の中に引きずり込んで、自分を抱き枕だサンドバッグだと言っていた割には、自分から俺の腕にしがみ付いて鼻息を荒くする彼女。とてもじゃないが別れ話なんてできる空気ではない。
「ここねちゃん、ひょっとして俺の事好き?」
「当たり前じゃないですか。ご主人様のためなら何でもするって言ったじゃないですか。えへへ、人に愛されるって、こんなに気持ちいいものだったんですね。私知りませんでした。」
「……とりあえずご主人様呼びはやめて欲しいかな」
「はい、旦那様」
どんどん呼び方がエスカレートしていく彼女に馬乗りになられて抱き着かれ、男として興奮するどころか色々と危機を感じてしまう。俺は女を知らなかった。いや、自分自身が特に意味なく動物を撃つような人間だから、これまで理解していなかったのだ。深夜に猫を撃つような、いじめやら虐待やら受けているような、既に精神が限界状態な思春期の少女の前に、例え都合のいい玩具扱いでも、必要としてくれる人が現れたらどうなるかを。




