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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
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俺といるかと恋人生活

 晴れて恋人になってから数日。俺といるかが恋人になったからといって、毎日がそう変わるわけではない。将来の当主にふさわしい人間になるために海外に修行に行くなんて展開があるわけでも、いるかが花嫁修業に励むなんて展開があるわけでも、熊ヶ谷家の秘宝を狙う悪の集団との戦いに巻き込まれるわけでもない。俺といるかは正式に告白して恋人になる前から、十分に恋人のようなものだったのだから。


「やあ。成績の方はどんな感じだい? まさか留年なんてないよね?」

「大丈夫だよ。GPA2.0を舐めるなよ」

「ははは、そいつは頼もしいや」


 お昼に食堂で彼女と出会い、そのまま食事を採りながら談笑する。恋人になったからといって毎日のルーチンワークに劇的な変化こそ確かにないが、


「あ、そのケーキ美味しそうだね。一口頂戴よ」

「いいけど、間接キスになるよ?」

「今更何を恥ずかしがるんだい」

「俺が恥ずかしいんだよ。全部あげるよ」

「ふふ、案外照れ屋なんだね」


 といった、実に恋人恋人しい、近くの人がケーキより遥かに甘ったるい思いをして吐き気がしそうになるような、そんな会話が自然と湧き出てくるくらいには、俺も彼女もお互いへの気持ちをきちんと自覚していた。今日は俺は午前で講義が終わるが、彼女は最後の5限に講義がある。つまり3、4限は暇なのだ。


「ごちそうさまでした、っと。ふふふ、三ツ星シェフに作ってもらうケーキなんかよりも、君のミールカードから出てくるケーキの方がずっと美味しいよ」

「すげえなあ俺のミールカード。さてと、これからどうする? ああそうだ、猫に餌をあげなきゃね。色々急展開で忘れていたよ」


 猫を愛する人間は俺達だけではない。色んな人達から愛されている大学猫に快適な猫生を送ってもらうため、皆が餌をあげすぎないように当番制にしようだとか、自然と集まった有志で決まりが出来ていた。そして今日は俺達の日だった。ところが、


「『そんなことより』、映画館に行こうよ」

「……え?」


 彼女の口から飛び出したのはそんな今までの彼女では考えられない、思わず耳を疑ってしまうような言葉。そうだよな、俺達恋人になったばっかりだもんな。動物を愛でることはいつでもできるけど、恋人になり立てというフレッシュな状態で愛を育むことは今しかできない。どうせ俺はミールカードのおかげで5限のあたりにも大学に行く。猫の餌やりはその時にでもすることにしよう。最後のお年玉代わりにと譲り受けた親のお古の車に彼女を乗せて、近くにあるショッピングモール内の映画館へ向かう。急に映画館に行くことになったが俺の策に抜かりはない。正式に恋人になったその日のうちにここの映画館の上映リストは把握しているので、スムーズに彼女が見たいであろう映画を勧めることができる。今やってる映画で彼女が一番喜びそうな映画、それは……!


「『復讐のこげんたVSメカごんぎつね』、これは見るしかないね」


 今動物好きや怪獣物好きにカルト的な人気を誇る話題の映画。復讐のこげんたシリーズは元々ホラー要素の強い作品であったが、唐突にメカとして復活して人間のためにこげんたと戦うごんぎつねによって一気にギャグ要素が強くなり、笑いあり涙ありの傑作になっているとのことで。彼女が好みそうとか関係なく、純粋に俺も見たい作品なので、ウキウキしながらポスターを指さす。


「あはは、何それ。アクション映画? 映画館に来てまで見るもんじゃないでしょ」

「え? いや、でも、動物と飼い主の感動的なシーンとかも結構あるみたいだよ?」

「そんなシーンよりはラブロマンスが見たいよ。こっちのにしようよ」


 しかし彼女的には食指が動かないらしい。ヒロインが被害妄想だのストーカーだの、ありきたりな恋愛映画のポスターを指さしながらうっとりする彼女。恋人ができたことで彼女も大分浮かれているのだろう、今ならどんなB級恋愛映画でも満足しそうだ。我を通しても仕方がないと、適当な恋愛映画を見るために彼女と共にシアターへと向かう。隣の彼女は幸せそうに映画を見ているが、男の俺はどうにも欠伸が出てしまう。恋愛は見るものではなく、今となってはするものだから。


「それじゃあ僕は5限の講義を受けてくるよ。君はどうせミールカードだろう? また夕飯の時に……あ、そうだ。折角だから一緒の講義を受けようよ。一人くらい部外者がいたって気にならないよ」

「ごめん、ちょっと大学に書類とか出さないといけないから」

「そっか。そりゃ残念。それじゃあ行ってくるよ」


 映画を見終えて彼女を大学へと送り届けた後、俺は大学に書類を出すことなんてことはなく、売店で猫の餌を買って先週までは彼女と一緒に来ていた猫達の元へ。いつも餌をやっていたのは彼女の方だったので、猫は俺を見ても特に近寄っては来ない。餌を置くとしぶしぶ近寄ってきた猫を眺めつつ、ため息をつく。おかしいな、正式に結ばれて幸せなはずなのに、どうにも幸せを感じない。手に入れる過程が一番楽しいということなのだろうか? 


「まさか、な」


 色々悩んでいるうちに辿り着くのは、ある仮説。俺達が結ばれたあの日に彼女が言ったあの台詞、今日猫の餌をやろうと提案した時に発した彼女の台詞。そして映画館での食いつき。嫌な予感はしていたが、それを認めるのも嫌だったので、そんなわけはないだろうと飲み込んで、講義が終わるであろう彼女を迎えに行き、食堂でご飯を食べる。大人の恋愛は夜もするものだ。スマホを眺めながら、この後どうするかを考えていると、気になる情報が目に入る。


「いるか、動物園行こうよ。明日から勤務くんが別の動物園に行くらしくてさ、今日が見納めなんだって」

「別にスローロリスくらいネットで画像検索したり、動画サイトを眺めてれば嫌でも目に入るでしょ。ホテル行こうよ。ほら、その、クリスマスにしたきりじゃない? やっぱり、恋人になったんだしさ」

「……そうだな。あの時は酔った勢いだったからな」


 世の中にはそういう行為を持ち掛けると嫌われるからと草食系になっている男子もいるというのに、彼女は実に良く出来た彼女だ。勤務くんなんかよりも真冬の夜の淫行の方が大事に決まってるさと、興奮しながら彼女と夜の街に向かい、素面な状態で彼女を抱く。彼女はとても幸せそうだったが、何故だか俺はあまり興奮が出来なかった。そしてその翌週も、彼女と恋人としての付き合いをする。けれどもそこに、今まで当然のように存在していた、彼女が愛していたはずの動物という概念は存在しなかった。


「大丈夫? なんだかやつれてるみたいだけど。振り回しすぎたかな、ごめんよ」

「気にするなよ。それより、最近うさぎさんを見ないけど」


 ある日の昼食時、俺の疲れに気づいたのか彼女が心配そうな表情をする。疲れているのは事実だが、彼女に振り回されているからではない。行動力溢れる彼女に振り回されていたのは、今までも一緒。疲れているのは、何だか目の前の彼女が俺の知っている彼女ではないような気がしているからだ。今までの、病的な程に動物を愛する、けれども純粋な彼女は一体どこに行ったんだ? こんなのただの俺が大好きなだけの女じゃないか。そんな感情を押し殺しながら、ここずっと見かけない元気なうさぎの話をする。恋人になってすぐの時は、食事に乱入してきてうざったいほど茶化してきたというのに。


「大学にうさぎなんていないでしょ」

「いやいや、君のとこのメイドの話」

「ああ、何か最近塞ぎ込んでるみたいで大学にも来なくなっちゃったんだ。ま、色々あるんでしょ。他の女の話よりは、僕の話をして欲しいとこだけどね」

「……悪い」


 おかしくなってしまったのは目の前の彼女だけではないらしい。一体何がどうなっているんだと、午後の講義に向かう彼女を見送りながら、ある恐ろしい想像をしてしまう。まさか彼女はうさぎさんに嫉妬して、監禁でもしているのではないだろうかと。動物を独占するために監禁している彼女だ、それくらいやったって、それどころか俺を監禁しようとしたって不思議ではないのだから。そんな馬鹿な事はあり得ないと思うが、純粋に塞ぎ込んでいるというのは心配だと、安否確認の為にも彼女に電話をかける。


『……犬神さんデスか?』

『電話に出れるってことは、監禁されてるわけじゃなかったんだね。よかった。大学来てないみたいだけどどうしたの? インフルエンザ?』

『……うっ、ううっ、うええええええん』


 電話に出た彼女は突然泣き始める。何事かと焦る俺に、屋敷に来てくれとだけ言って電話を切るうさぎさん。彼女が講義にいる間に、俺はこっそり彼女の屋敷へと向かい、出迎えてくれた、見るからに精神状態が不安定そうなうさぎさんの無言の案内を受けて、俺はあの部屋へと向かう。色んな動物が檻に入れられていた、彼女の負の面を象徴するかのようなあの部屋。それが今どうなっているか。本当はあの告白をした日から、あのセリフを聞いた時から、薄々は気づいていたのだ。それを認めることからずっと逃げていたが、どうやらそろそろ俺も限界らしい。意を決して、俺はその扉を開けた。

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