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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
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俺といるかとハッピーエンド?

「クリスマスから、お嬢様の様子がどーにもおかしいんデスよね。突然悶えだしたり、『ああああああ僕はなんてことをおおおおおお』とか奇声を上げ始めたり。しかも私のベッドに包丁が置いてあったんですよ。『これで愚かな僕を刺してくれ!』ということなんでしょうか? 今日も気分が乗らないらしくて大学休むそうデス。休み明けの鬱からの中退コースまっしぐらデスねえ」

「黙ってろクソビッチ女。お前のせいで何もかも台無しだ」

「私が何をしたって言うんデスか!?」


 冬休みを終え、彼女に会ったらどんな会話をすればいいんだと悩みながらも必死にイメージトレーニングをし、いつも彼女と昼食を採っていた食堂に向かうが、そこにいたのはお餅をほおばる発情期のウサギの姿であった。


「お前が大人しくベッドで寝ていれば、全てはうまくいったんだよ! あんな自暴自棄な流れじゃなくて、普通にいい感じに愛を育めたんだ! 俺の純情を返せよ!」

「何で怒っているのかさっぱりデスが、その様子だとヤったんですね。おめでとうございマス。多分処女でシタよね? 将来は犬神さんをご主人様と呼ばないといけないんデスかねえ……? ……! んーっ! んーっ!」


 ニヤニヤしながら茶化す途中、お餅が詰まったのか苦しそうに呻く彼女を天罰だと無慈悲に睨みつける。彼女の言う通りいるかは処女だった。客観的に見たら、俺といるかの関係は十分に恋人だと思う人もいただろうし、恋人になる前にヤるカップルなんて何ら珍しくもない。俺だって一年前は目の前の女と一緒にクリスマスの夜に乱痴気騒ぎをしていたような人間だ。だが、今の俺は違う。彼女に出会って、危うくも純粋な彼女の心に動かされて変わったんだ。本屋に平積みされているような、スイーツ女が有難がるような感動的なラブストーリーだって、なんだってできたはずなのに。これじゃコンビニにひっそりと置かれているような、スイーツ女が有難がるようなレディコミじゃないか。


「死ぬかと思いまシタ……わかりまシタよ、明日は包丁で脅してでも大学に行かせマス。後は何とかすることデス。やれやれ、恋のキューピッドも楽じゃないデス」


 恋路を邪魔したサキュバスが、格好つけて去っていく。できるだけのことはしようと、俺は白衣の天使とは程遠いマッドサイエンティストに口説き文句について相談するのだった。




「あー、おはよう。昨日は体調が悪かったの?」

「……おはよう。うん、まあ、そんなとこ」


 翌日。食堂で彼女は果たして来るのだろうかと緊張していた俺の前に、トンとトレーを置く音。目を逸らしながら目の前に座る彼女の姿を確認した俺は、もう昼だというのにとりあえずおはようと言ってしまう。最初こそ食堂で一緒に昼食を食べてという流れだったが、今となっては朝の講義が始まる前に一緒に大学猫と遊んだりしていたので、おはようという言葉しか出てこないのだ。


「ねえ、午後の講義は?」

「俺? 俺は今日は無いよ。飯食いに来ただけ」

「そっか。……僕も午後は講義無いんだ。適当にその辺ぶらぶらしない?」

「いいね」


 お互いそれが嘘なんてことはわかっている。この日は俺も彼女も午後の講義が詰まっているから夕方以降に落ち合おうと、去年は話し合っていたのだから。例え留年の危機が待っていようとも、今の俺達に真面目に講義を受けるなんて選択肢はなかった。ほとんどの学生が講義に向かい、人の少なくなった大学の構内を無言で俺達は歩く。しばらくすると、数匹の猫が俺達に近寄ってきた。いつも餌をあげたりしている大学猫だ。


「もう随分懐いてきたね。餌持ってる?」

「え? 餌? 餌って?」

「いや、猫のだけど」

「ああ、猫の餌。ごめん、持ってない」


 珍しいこともあるものだ。いつもなら彼女のカバンには様々な動物の餌が入っているし、猫の餌なんて欠かさずに補充していたというのに。


「ちょっと売店行って餌を買ってくるよ。いるかはそこで待ってて」

「うん……」


 餌を求めて寄ってきた猫を、今の俺は手ぶらで帰せない。大学猫に餌をやる生徒を想定して、猫缶を売るようになった売店に向かい適当に餌を買って戻ってくる。いつもならいるかは猫がうざがる程に撫でたりしていたのだが、ただただ彼女はぼーっとしているのみだ。一体どうしたというのだろうか。いや、この前の一件が尾を引きずっていることくらいわかっている。認めたくなかっただけだ。


「よーしよし、餌だよ。どうするいるか、この後。動物園でも行く?」

「え? ああ、うん。そうだね。平日の昼間に行くのもいいかもね」


 彼女の代わりに猫を撫でたりと遊んだ後、どうにも上の空な彼女を連れて空いた動物園へと向かう。休日はカップルや家族連れで賑わうここも、平日の昼間となってはいるのは時間を弄んでいる老人や、アニメに影響されて久しぶりに外に出たという感じのナードっぽい連中くらいなものだ。勤務くんの時はナード扱いされるのを嫌がってカップルを演じた挙句貧相なスタイルが災いして男と間違われたなぁ、と彼女の服装を見る。随分と女の子らしいフリフリのスカートだ。


「あれ、あのペンギン、前見た時より増えてない? 子供産んだのかな」

「え? ああ、うん、そうだね。赤ちゃんかもね」


 動物園に来ても彼女はコピーペーストな返答ばかり。普段は彼女がペラペラと動物の蘊蓄を語っていたというのに、彼女に影響されてそれなりに詳しくなった俺がペラペラと話をする羽目に。ああ、駄目だ、ここじゃない。俺が行くべきは、彼女を連れて行くべきは、


「ああそうだ。最近出来たお洒落なカフェがあってさ。一緒に行かない?」

「カフェ……まるでデー……うん、そうだね。行こうか」


 動物園に一緒に行っている時点で世間的にはデートなのだが、彼女はお洒落なカフェという単語に反応して顔を赤らめる。俺の事を意識している証拠だ。しかし実際に行くのはお洒落なカフェではない。それが嘘であることくらい、本当は彼女はわかっているはずだ。あれだけ一緒にいれば、俺がお洒落なカフェなんて知っているキャラではない事くらいバレバレなのだから。架空のカフェに向かって歩く途中に自然に到着した公園で、俺は歩みを止める。


「……話があるんだ」

「待って。僕から言わせて」


 頭の中で反芻続けた言葉を口に出そうとしたが、それより先に彼女がいきなり土下座をし始める。下は公園の地面だというのに。


「こないだは、本当にごめんっ……! お酒の勢いで、無理矢理君を……」

「いや、記憶が曖昧だけど多分無理矢理したのは俺の方だから、駄目だよ女の子が土下座なんて」

「う、うう……責任取らせて……いや、言い訳はよくないね、うん」


 涙声で謝りだす彼女の手を取り立ち上がらせる。顔を真っ赤にして全力で俺から目を逸らす彼女は深呼吸して、パンパンと服についた土を払うと、


「す、すすすす、好き、です。恋人になって、ください」


 か細い声を出しながらペコリと頭を下げる。思わず俺は一歩後ずさってしまった。彼女を拒絶しているわけではない。今の俺には、まだ彼女と幸せになる資格がないからだ。


「俺、実はさ」

「猫を撃ったの君なんだろう? それくらい知ってるよ」

「……参ったね。何もかもお見通しってわけか」


 俺も彼女と同じくらい勇気を出して深呼吸して、彼女と接点を持つきっかけとなった俺の秘密を伝えようとするが、それすら先手を取られてしまう。どうにも俺は女性にリードされる運命がお似合いらしい。


「犯人捜ししてる最中にあの時の事を鮮明に思い出そうとしてたら、声とかで気づいたよ。でもその時には、君が悪い人じゃないってこともわかってた。君がもうそんな事はしていないのも、そんな事の代わりに僕がなれたことも知っている。だからもういいんだよ、そんなこと」

「俺、幸せになってもいいのかな?」

「幸せにするよ。だから僕を幸せにしてよ」


 顔を上げた彼女と向き合うが、お互いこっ恥ずかしい台詞を吐いたからか目を逸らす。それでもゆっくりと俺達は両手を広げて、夕方になりそれなりにロマンチックになった公園で抱き合った。


「どうでもいいんだよ、猫『なんて』。僕には君がいるんだから」


 最後の言葉に違和感を覚えながらも今はただ、彼女との恋人生活の中で二度とは訪れないであろう告白シーンを堪能するのだった。








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