俺といるかとクリスマス
「もうすぐクリスマスだね」
「え!?」
「どうしたんだい、そんなに驚いて。もう12月も半ば、もうすぐクリスマスじゃないか」
「ああ、うん、そうだね。うん、今は12月だ」
時の流れとは早いもので、俺といるかが出会ってから気づけば半年以上が経っており、季節も春から冬へと変化していた。どことなく辺りを気にしているかのような彼女につられて食堂を見渡して見れば、なるほどクリスマスの予定について話し合っているカップルがちらほらと。友達以上恋人未満な関係が続いている現状、この辺で一気にカタをつけたいとは思っていたので、向こうからクリスマスの話題を振ってくれるのはとてもありがたい。
「ところで君は、サンタクロースをいつまで信じてたかい?」
「うーん、11歳くらいだったかな。あんまり覚えてないや、子供の時なんて。気づいていても俺は賢い子だから、気づいていないフリをしていれば毎年あの日にはゲームソフトが手に入るというものさ」
彼女の問いかけに精一杯無い頭を絞って昔を思い出して見るが、クリスマスの日はぐっすりと寝ていた記憶しかないし、親がプレゼントを置く光景なんて見たことも無い。それでも友達との会話だったり何かがきっかけで、サンタクロースなんて存在しない、本当に感謝すべきは自分の両親だと気づくのだ。
「少なくともその辺りまでは貰えてたというわけだね。羨ましい話だよ。僕はサンタクロースに何かを貰った記憶が無い」
「別にサンタクロースに貰わなくたって」
「そうさ、僕はお金持ちさ。わざわざサンタクロースに手紙を書く必要なんてない。たまに帰ってきた親に『〇〇が欲しいんだけど』と言えば、ゲームだろうが、動物だろうが、数日後には段ボールに包まれて家に届く。羨ましいかい? 僕には君の家の環境の方がよっぽど羨ましいよ。贅沢な悩みなのかい?」
「どうだろうね。そういう時は別の人の反応を参考にするべきだ。君の家にいる大きなウサギさんにその話をしたら、きっと怒り狂ってナイフを投げてくるだろう」
「ははは、違いない。ああそうさ、貧乏な家に産まれたって、普通の家に産まれたって、結局文句は出るんだよ。そんなことはわかってる、わかってるんだ、僕ももう二十歳なんだ。……あんまり喋ると折角の食事が冷めちゃうね。悪いが少し静かにさせてくれ、考えたいことがあるんだ」
彼女が動物に偏執的な愛情を注ぐに至る大きな原因は、間違いなく彼女が満足に両親からの愛情を貰えていないと感じている事だろう。被害妄想でも何でも無い、彼女の父親が仕事ばかりで帰って来ないのも、彼女の母親が旅行ばかりで帰って来ないのも本当の事だ。猫を撃つなんてことをしていたが、別に家庭環境がおかしい訳ではない。俺には彼女の気持ちなんて分からないし、彼女がこうなってしまったのを狂っているとも言えないのだ。ローストチキンだとかショートケーキだとか、好物というわけではないが期間限定という謡い文句にやられて頼んでしまったそれを咀嚼しつつ、彼女の考え事が終わるのを待つ。やがて彼女は俺をちらっと見て、恥ずかしそうに、小声で喋り始める。
「笑わないかい?」
「努力はしよう」
「……サンタクロースになりたいんだよ」
「……俺はトナカイになればいいのかい?」
笑いたい気持ちを堪えつつ、彼女の提案に乗ってやる。サンタさんにプレゼントを貰ったことが無いから、自分のような人間を増やしたくないからサンタさんになりたい。実に人間らしい、素晴らしい感情だ。手伝わない理由なんて今の俺には無い。トナカイはこっちで用意するだとか大真面目な事を言い出す彼女と共に、サンタクロースになるための作戦会議をするのだった。
「獅童さん」
「ワッツ? 何デス?」
「講義で人間の願望と心理の関係についてレポートを書く必要があってさ。今欲しいものって何?」
「面白そうな講義デスね。そうデスね、今欲しいのは……業物の包丁デスね。昔は動物を狩ることを楽しみにしていまシタが、最近は作る楽しさも覚えまシタからね。犬神さんのおかげであのお嬢様も大分性格がまともになった気がするんデス。昔は私が折角作った料理を『動物を殺してまで生きないといけないとは僕も君も罪な生き物だよね』みたいにぶつぶつ言いながら食べてまシタが、何と最近は私にお礼まで言うんデスよ!?」
「ふむふむなるほど、ありがとう」
「どー致しまシテ。……で、結局私の心理は何なんデス? オーイ……」
後日、適当に嘘をついて獅童さんから欲しいものを聞く。彼女がサンタクロースになってプレゼントを渡す相手は意外にも獅童さんだ。家無き子でメイドとして引き取られているという事情もあるが、入れ替わりの激しいメイド業界において文句を言いながらも長く彼女の世話をしてくれるのは彼女だけだそうで。いるかにそれを伝え、『なるほどわかった。僕はプレゼントやらトナカイなら衣装やら準備しなくちゃいけないからしばらく音信不通になるよ。君は当日まで待ってて』と言って去っていく彼女を見送った後、別の女性に連絡をして、柄にも無く百貨店へと足を運ぶ。彼女はサンタクロースになりたいとは言っていたが、本当は自分だってプレゼントを貰いたいに決まっているから。
「まったく、何でこの私がクリスマス前にプレゼントを見繕うためにこんな男と出かけないといけないのかしら。ああ、今頃なら彼氏とデートの予定でも立てていたってのに」
「えーと、破瓜が怖くて拒んでばかりいたら古臭い女だって捨てられたんだっけ? 気にしなくていいよ、そんな身体目当ての男。ああ、でも身体目当てだったらそもそも鹿野さんと付き合おうなんて思わないか。惜しい男を逃がしたね」
「貴方は私の傷を抉るために誘ったの?」
色々あって、買ったものは白いウサギのストラップ。サンタクロースのアクセサリーだと、冬以外にどうにも浮いてしまうという至極真っ当な鹿野さんの意見により決まった冬らしくて汎用性の高い究極のプレゼントだ。カバンにそれを大事そうにしまい、当日の夜に彼女に呼び出されて来てみると、
「まずは街を歩いて、皆にクリスマス気分を味わって貰おうじゃないか。さあ、君も着替えて着替えて」
「これはちょっと恥ずかしいけど……まあ、クリスマスだし、似たようなことしてる人はいるか」
既にサンタ服に着替え、本当に取り寄せて来た二匹のトナカイが引きずる馬車のような、いや、トナ車に乗った彼女の姿。渡された男用のサンタ服に着替え、人が寝静まる頃までイルミネーション輝く街を散歩する。ケーキの売り子やらサンタの衣装をしている店員さんは大勢いるが、流石にトナカイまで持ち出してなりきっているのは俺達くらいなものだ。
「今までクリスマスは好きじゃなかったんだ。街はカップルだらけだし、サンタクロースは来ないし。でも今年からは好きになれそうな気がするよ」
数時間ほど街を歩く人の視線に耐え、時刻は丑三つ時。彼女の屋敷に向かった俺達は、そっと獅童さんの寝室へ向かう。
「無事に枕元にプレゼントを置けるといいんだけど。なんせ彼女は戦闘のプロ。寝ててもすぐに気配を察知してナイフを投げてくるかもしれない」
「ああ、ありそうだね……そーっと、そーっと……あれ?」
息を殺しながら獅童さんのベッドを見やるが、そこには彼女が爆睡している姿なんてものはない。ベッドを触って見るが冷たく、先ほどまで人が寝ていた様子もない。
「ま、まさか事件に巻き込まれたんじゃ……? 去年僕も参加したクリスマス撲滅団体とか、悪い子の所にやってくるというブラックサンタ軍団とか」
「落ち着きなよいるか。こういう時は電話で安否確認だ」
俺が思っている以上に彼女は獅童さんのことを大事に思っていたようでパニクり始める。幼少期にここにやってきてそのまま住んでいたのなら姉妹も同然なのだし当たり前と言えば当たり前か。去年彼女が参加したというクリスマス撲滅団体の話も気には気になるが、今はそれより獅童さんだ。ハラハラしながら彼女が電話をかけ、プルルルという音がしばらく続いた後、耳を当てていない俺にもよく聞こえるくらいの愉快な声が聞こえてきた。
『もしもーし、何レスかー? というか誰レスかー?』
『うさぎ? うさぎなんだね? 今どこにいるんだい? 心配したよ、その声、もしかして薬を盛られたの?』
明らかに酔っぱらっている、楽しそうな獅童さんの声。いや、これはまずい。絶対ロクな展開にならない。
『何言ってるんレスか、クリスマスなんだから男達と飲んでヤってるに決まってるじゃないレスか。聞きまシタよ、トナカイに引きずられて街を歩いたとか。子供じゃないんレスからそんな馬鹿な事やってないで、犬神さんでも誘って文字通りホワイトクリスマスするべきレス。犬神さんああ見えて凄いんレスよ? 去年のクリスマスも』
これ以上はまずいと判断した俺の身体が反射的に電話を切るも、大体を察してしまったいるかは被っていたサンタの帽子をぽいっと脱いで、天井を見ながら笑い始める。
「……あはは! そうだ! そうだったんだよ! クリスマスは愛を! 性を確かめる日なんだ! サンタクロースなんて存在しないんだ! あはは、あはははは! さあ! 僕達も街に繰り出そうじゃないか! 聖なる夜を! 聖なる飲み物と共に楽しもうじゃないか! あはは、あはははははっ!」
顔と口調は笑っているが、心が笑っていないのは獅童さんへのプレゼントを力強くベッドに投げ捨てた事からも明らかだ。今の俺にはどうすることもできない。ただ彼女を肯定することしかできない。誘われるままに屋敷を出て、その辺のバーでお酒にもあまり慣れていないであろう彼女とひたすら飲んで、
「むにゃ……くりすます……せいなるよる……せいなる……あいを……たしかめる……」
気が付いた時には裸で彼女と仲良く添い寝をしていた。全くとんだクリスマスプレゼントだぜ。




