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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
37/57

俺といるかと勤務くん

『〇〇動物園に、スローロリスがやってくる!』


 ある日の休日。一人でブラブラする最中、電車の中に貼られていた広告にデジャヴを覚える。スローロリス。どこかで聞いたことがあるような、何だっけな……


「あ、勤務くんだ」

「勤務くんオッスオッス!」


 丁度近くにいた、いかにもなナード二人組がその広告を見てキャッキャと盛り上がり始める。そうだ、勤務くんだ。何度もネットで炎上している某ブラック企業のマスコットキャラクターとしてネタになり、そのモチーフとなったこのスローロリスも、オタク達に勤務くんと呼ばれるように。その結果人気が高まり、各地の動物園にやってきたり、数が少ないので保護活動が盛んになったというのだから、何とも微笑ましい話だ。



「知ってるかい? 〇〇動物園に、スローロリスがやってくるんだってさ」


 だというのに、翌日の食堂で、目の前にいる彼女は全然微笑ましい顔なんてしておらず、非常に不愉快そうな表情だ。


「スローロリス?」

「そう。知ってるかい? 勤務くんって言ってね、某企業のマスコットキャラクターで実際には別の名前なんだけど、その企業の労働環境があまりにも酷くてネタになってね、いつしかこのキャラクターは勤務くんって呼ばれてネタにされるようになったんだ。全く酷い風評被害だよ。そもそもね、実を言えばそのマスコットキャラクターのモチーフはスローロリスじゃなくてリスザルっていう別の生き物なんだけど、スローロリスの方が可愛いからって自然に定着したんだ。リスザルだって不気味だけど可愛いっていうのに、酷い連中だよぶつぶつ……」


 彼女的には、あんまり変な方向で話題になるのは嫌らしい。概念を軽く知っている俺とは違って随分と知っているらしく、ネタを解説しながら憤る端から見たら同類な彼女。途中から話を受け流しつつ、興奮しながらたくさん語ってゼーハーしている彼女に、『で、見に行くの?』と聞くと、


「ああ行くとも! 君も来るよね? いや、是非行こう」


 珍しく彼女の方から強引にお誘いをかけてくる。この前の対反捕鯨団体戦で、好感度が随分と上がったのだろうか。俺説明書読んで撃っただけだけど。そんな感じで週末、スローロリスがやってくる当日に俺達は地元の動物園へ。今日は色々イベントもあるらしい。


「……どうかな、僕達カップルに見えるかな?」

「へ?」


 着くや否や、辺りをキョロキョロ見渡してそんな事を言い始める彼女。確かにデートしたりプチ旅行に行ったりと周りからすれば付き合っていると思われてもおかしくない関係ではあるが、それでも正式に告白などを経て付き合っているわけではない。まさか気づかないうちに彼女の中で彼氏扱いされてしまったのだろうか。彼女の性格ならあり得ない話ではないが……


「いや、今日さ、ほら、ああいう人達たくさんいるだろう? スローロリスを見るために」

「ああ、ああいうのね。勤務厨って言うんだっけ?」


 彼女の指さす先には、電車の中で出会った普段なら動物園なんてまず行かないであろう、いや、最近は擬人化した動物のアニメも流行っているしそうでもないのかもしれないが、まあとにかくナードっぽい連中が、よくわからない、多分何かのアニメキャラの語尾なのだろう、そんな感じの言語で盛り上がっていた。


「ああいう連中と一緒にされるのは非常に心外だ。だから、今日の僕達は普通にデートで動物園に来て、たまたまスローロリスっていうのが新しくやってきたからそのイベントを折角だから楽しんじゃおうという健全なカップルだ。オッケー?」

「オッケー」


 ようするに彼女はネットで勤務くんだ勤務くんだとはしゃいで、その結果動物園に来るようなオタク女だと思われたくないらしい。まあ、気持ちはわかる。男がほとんどを占めているであろうコミュニティだ、女にだって当然飢えている。同類だと思われたら、囲いが出来たり粘着されたりと、ロクなことにはならないだろう。


「じゃ、手繋ごうか、いるか」

「……!? そ、そうだね。うん、カップルは手を繋ぐし下の名前で呼び合う、うん、知ってるよ。えーと、あれ……?」

「鷲人だよ、俺の下の名前」

「ああ、ごめん……いつも君、とかばかりで名前ちゃんと認識してなかったよ」


 こいつは俺にとっては渡りに船。恋人だと思われても嫌ではないレベルの関係になっていることを確認できただけでも安心できるし、今回恋人らしい振る舞いをすることで彼女に更に意識させることができる。そうと決まれば積極的に、恋人らしい行為をしようじゃないかと俺の過去の恋愛経験を振り返ってみるが、残念ながら何もない。鹿野さんとは少し実験を協力した程度だし、獅童さんとはただのセフレだ、恋愛要素なんて全くない。しかしそんな俺だって、妄想で恋愛したことくらいある。だから大丈夫だと自分に言い聞かせ、とりあえず彼女の小さい手をぎゅっと握り、お披露目の時間まで普通に動物園を楽しむ。


『皆様お待たせしました、〇〇動物園に新しい仲間がやってきました。その名も……スローロリスちゃんです!』

『ウォォォォォー!』


 イベント会場でお披露目され、周囲のナードを興奮させた、猿のような可愛らしい生き物。あれがリスではなくロリスという猿の仲間であることくらいは知っているが、生半可な知識では隣にいる彼女には勝てないので黙っておく。


「スローロリスって名前だけど、リスじゃなくて、ロリスっていう猿の仲間でね。名前の通りスロー、遅いロリスなんだ。ああ見えて狩りが上手でね、動きが遅すぎるが故に虫とかに気づかれないんだ。それからね……」

「ちょっとオタクっぽいよ、いるか」

「!?……きゃ、きゃー、何あの生き物? 可愛いっ、リスなの? スローロって何なの?」

「……」

「……」

「ごめん」

「いや、僕が悪かった」


 ノリノリでいつものようにマニア全開で語り始める彼女に、ちょっと周囲の人達と似てるよと忠告すると、唐突にぶりっ子っぽいキャラになり始める。その後気まずい空気が流れたのは言うまでもない。


『完 全 勝 訴』

『アーアーアーアーーーーーアーアーアーアアーアアー』


 その後も司会の人がスローロリスについて説明したりとやっている最中、スローロリスが右手を高く上げ始める。それと同時に周囲の連中が突然歌い始めた。何かのアニメのBGMだったか。


「あ、あれは完全勝訴のポーズ! 某ブラック企業相手に裁判を起こした労働者が最終的に勝訴した時にやったガッツポーズが話題になってね、いつしかスローロリスにもガッツポーズをさせる動画が流行るようになったんだ。だけどスローロリスがあのポーズをやる時って、身の危険を感じた時なんだよ。スローロリスは脇に毒を持っていてね……」

「いるか、落ち着いて」

「う、うん……な、何あのポーズ!? ガッツポーズしてる、かわいーっ。周りの人達もやってるし、僕達もやろっか? ていうか何でこんなに人が多いのかな? このスローロリスってそんなに人気なの?」

「ああ、やろうやろう。なんか知らんが、カルト的人気があるらしーぜ」


 ここでも蘊蓄を垂れ流す彼女を嗜め、『全く知らずにたまたまデートで動物園に来てたまたまスローロリスのイベントに来て、とりあえず周りに合わせてるカップル』を演出する。うーん、思ったよりもぶりっ子な彼女にはそそらないな。やはり彼女はドヤ顔で知識を披露している方が可愛い。


「ふう、普通のカップル、ちゃんと出来たかな? イベントは終わったけれど、何だか楽しくなってきたから今日はこのままデートしようよ。ちょっと花を摘んでくるよ」


 一通りスローロリスに関するイベントは終了し、それ目当てでやってきたナード共が去っていくなか、俺との恋人としてのデートを楽しいと感じてくれたようで笑顔で彼女はトイレへと去っていく。確かな手ごたえを感じた俺の耳に、衝撃的な言葉が飛び込んできた。


「あ、あいつあれじゃん、ホモカップル」

「勤務厨でホモとか救いようがないでござるな」

「つーかもう一人のカマホモマジやべー」


 近くを歩いていた、オタクとヤンキーの悪いところを詰め合わせたような連中が俺を指さしてひそひそと話をしているが、どうして連中というのは声が大きいのだろう、丸聞こえだ。確かに彼女はスカートを履いていないズボンスタイルだし、顔つきもボーイッシュで胸もなく、包帯を巻いていた時は男だと俺も思っていたが、まさか今でも男と思われていたとは。彼女があまりにも哀れだし、俺も若干哀れだ。


「お待たせ」

「いるか。今度行くときは、スカート履いてくれよ」

「へ? スカートは動きづらいから苦手なんだけど」

「君のためでもあるんだよ」

「……? まあ、君がそう言うなら、次は履いてくるよ。さあ、煩い連中もいなくなったし、デートの続きをしようじゃないか」

「ああ、そうだな」


 男と思われていたことなんて何にも知らない彼女を優しい目で見つめながら、若干静かになった動物園を堪能するのであった。

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