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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
36/57

俺といるかと捕鯨

「何だろうね、動物園で檻に閉じ込められた動物を見るのは心が痛んだけれど、水族館で水槽に閉じ込められた魚を見てもあまり心が痛まないんだ。感覚がマヒしたのかな……」

「やっぱり、水の中をすいすい泳いでいるから、ストレスが無さそうに見えるんじゃない?」

「……なるほど! いや、君の言う通りだ、僕には聞こえるよ、ここの魚達はとても楽しそうに泳いでる。うん、ここは良い水族館だ。また今度じっくり来ようかな」


 動物園でのデートを何とか成功させ、その余韻が冷めやらぬうちに水族館でのデートを取り付け、水族館の中で彼女を肯定しながら、彼女の蘊蓄を聞いていく。完璧な流れだ、まさに好感度はうなぎ登り。水族館だけに。


「いやー、しかしイルカは可愛いなぁ……」

「え、えっ!?」

「?」

「あ、いや、そうだね、うん。イルカは可愛いし、頭もいい。知ってるかい? イルカとクジラの違いは大きさだけなんだ」

「へー、そうなんだ」


 あまりにもお決まりなセリフを言って彼女を困惑させる。勿論彼女の下の名前がいるかだなんて事は覚えているし、全て計算済みだ。自然な流れで彼女は俺に可愛いと言われたことを意識するだろうし、俺としてもなんだかんだいってこの女が勘違いしてドギマギする様を眺めたかった。本質的なサド心は消えてはいなかったのだ。いつもの彼女ならもう少しマニアックな蘊蓄を垂れ流すところだが、動転しているのか俺ですら知っているような知識を明後日の方向を見ながら語り始める様は実に滑稽で可愛らしい。


「……と、というわけなんだ。いやー、ちょっと喋りすぎちゃったかな、喉乾いちゃった。ちょうどいい具合にお腹も減ってきたし、あそこのレストランに行こうよ」

「いいよ。……ははは、新鮮な海の幸を提供、か。ちょっと趣味悪いね」

「まあ、水族館のレストランで魚出さなかったら何出すんだって話だし、仕方ないよ」


 性格的に今まで他人に好かれたことが少ないからか、まだ照れ照れしている屈指のチョロインと化した彼女とレストランに行き、不安げにメニューを眺める。動物の肉を食うことには抵抗感の無い彼女だが、ここは海の生き物のレストラン。彼女の琴線に触れてしまうメニューがある可能性がある。そして悪い予感というのは大抵的中してしまうのだ。


「……むむむ」

「鯨のベーコン?」

「よくわかったね。そうだね。鯨のベーコンだよ。さっき言った通り鯨はイルカの仲間だからね。イルカの名前を冠する者としては、あんな可愛くて賢い生き物を殺すなんて素直に認めるわけにはいかないんだ。君は決まったかい? 僕は海鮮丼にするよ」

「じゃあ俺もそれで」


 彼女をリラックスさせるために同じメニューを注文するという付け焼刃に頼ってみるが、彼女は食事の間中ずっとムッとした表情で何かを考えている模様。食事を終えて再び水族館の中を散策しても、どうにも彼女の機嫌は収まらない。今日のデートはようやら失敗だったようだ。


「……よし、決めた。捕鯨に反対してくる」

「へ?」

「例えエゴでも、僕は鯨を、イルカを守りたいんだ。丁度来週、反捕鯨団体が活動をするからそれに協力してくるよ」

「……心配だなあ、過激なこととかするんじゃないの?」

「まさか。何度か会ったことがあるけれど、平和な活動家達さ。何なら君も来るかい? プチ旅行になっちゃうけど」

「そうだね。海にいる生のイルカとかを見てみたいし」

「……! いいね、それいいね。うん、自然の中で伸び伸び暮らす彼らと触れ合いながら守ることもできる、なんて素晴らしいんだ」


 当事者達は自分を客観的に見ることなんてできないものだ。彼女の言う『平和な活動家』というのが信用ならないことくらい、あまりニュースを見ない俺ですら知っている。イルカを守るのではなく、いるかを危険な活動をしないように守ることになりそうだ。とはいえ、女の子とプチ旅行なんていうアバンチュールな体験にわくわくしている俺がいるのも事実。『ベッドでもいるかって超音波出すんだね』なんていう、自分でもよくわからない決めセリフを考えながら、イルカ漁で栄えている町へと旅立つのだった。



「うーん、潮風の匂い、溜まらないデスね。一度でいいから、鯨を一匹丸ごと食べてみたかったんデス。あ、イカ焼き、100円から500円まで全部くだサイ」

「……何で彼女を連れてきたんだい? 趣旨すら理解して無さそうだけど」

「あまり大勢で行くと、僕の家が全面的に活動に協力していることになるからね。嫌いな家ではあるけれど、そこまで迷惑をかけるつもりはないさ。けれども僕と君の二人だと、何かあった時に君を守るのが難しい。なんせ連中は知性あるイルカや鯨を殺戮する、あらっぽい漁師達だからね。ああ見えて彼女は護衛に関してはプロだ、安心して一緒に活動しようじゃないか」


 イカ焼きを頬張る、本来なら女性としては彼女より遥かに魅力的な駄メイドだが、今の俺の感情は素直に言ってお邪魔虫。いつ猫を撃った犯人だとバレるかわからないという吊り橋効果がそうさせているのかもしれないが、多少スタイルが悪くても、活動家達と打ち合わせをしている彼女を眺めていたいのだ。


「話はまとまったよ。まずは船とか網とかの前にバリケードとかを作って抗議。警察とか呼ばれて撤去されたら、こちらも船があるからそれを使おう。さあ、イルカを守ろうじゃないか」


 やがて打ち合わせが終わったらしい彼女がにこやかな笑顔で戻ってくる。どの辺が平和な活動なのかと呆れつつも、彼女と共に抗議をするための準備に取り掛かろうとしたところで、イカとタレの匂いが強まった。


「気を付けてくだサイ。あいつら裏社会で見たことありマス、活動ビジネス団体デス。過激な行動して目立って、寄付とか集めるんデス。収集つかなくなったらトンズラするつもりデス。去年も同じ活動で彼女の護衛をしたんデスが、その時は割とまともな連中でシタ。どうやら乗っ取られたようデスね。何やるかわかんねーデスから、私はただの観光客という体で動向を探りマス」

「……いるかを守らねーとな」


 イカ焼きを装備して阿修羅となっている護衛に別れを告げ、素性がわからないよう仮面をつけてバリケード作りを進め、漁師がやってくるとメガホンで彼らを糾弾する。荒くれの漁師どころか、田舎の漁師なんて老人ばかりだ。耳もロクに聞こえていないだろう連中に、汚い言葉で罵倒をするというのはどうにも虚しい。


「まずい、警察呼ばれたっぽい。僕達は一旦逃げるよ、言葉が通じないフリをした外国人部隊に任せよう。田舎の警察は外国人への対応が下手だからね」

「手慣れてるね……」


 彼女の言う平和な活動とは何だろうかと若干呆れつつ、逃げたり復帰したりを繰り返して地元の老人に迷惑をかけまくる。しかし健闘虚しく、警察が来て逃げたり一部の人が囮で事情聴取されている間にバリケードは撤去され、漁をする人達は船で出発してしまった。


「こっちにも船があるからそれで海上から活動を続けることになった。君はここで待っていて」

「船で活動って……まさかぶつけるつもり?」

「まさか、そんなことはしないよ」


 意気揚々と活動家達と船に乗り込んで出発する、獅童さんがこっそり盗聴器をつけている彼女を見送り、獅童さんと共に望遠鏡で動向を監視する。船の揺れにも負けず、メガホンでイルカを殺すのはやめろだの人道がどうのだの叫んでいるのは彼女くらいなもので、どうにも後ろの連中は怪しい。カタコトな日本語で喋っていたはずが、盗聴器からは俺達の知らない言語による会話が聞こえる。船で体当たりして沈めるつもりか、と思っていたが現実はもっと危険なものだった。


「あれ……銃向けてるよな」

「デスね」


 活動家の人達が漁の船にいる人達に向かって拳銃を突き付ける。船の揺れや距離からして、撃ってもまともに当たらないだろうが、それでも田舎の老人を怯えさせるのは十分だ。


「ちょっと君達、流石に銃で脅すのはまずいんじゃ……ひっ」


 彼女はここで便乗して銃を突きつけるほど感覚がマヒしていなかったらしく、仲間達を諫めるが、仲間の一人はなんと彼女にも銃を突きつける。


「さっきあいつらが喋ってた内容、ある程度翻訳しまシタ。どうやら誘拐するつもりデスね、大金持ちの娘デスから。最初から本命は彼女だったようデス」

「くそっ……警察大量に呼ぶか?」

「あんまりここの警察は頼りにならないのは、さっきの対応見てればわかりマス。これを持ってきてよかったデス」


 まさかそこまでやる団体だとは、と焦っている俺に、獅童さんは大きなキャリーバッグから物騒な兵器を取り出す。ゲームやアニメでお馴染みの、RPG-7だ。


「これで船を沈めてくだサイ。私は潜水して、沈んだあたりで救助しマス。彼女はいるかなのに泳げないんデス」

「簡単に言ってくれるね……」

「動物撃つしかできないんデスか? 狙撃手の根性見せる時デス。では1分後に」


 勝手に重役を任せて、海に飛び込む獅童さん。やるしかないかと腹をくくり、標準を船の下部に定める。俺はできる俺はできると脳内で暗示をかけ、スコープ機能と自分の経験に祈って発射する。数秒後、反動でくらくらしている俺の目の前には、炎上し傾く船の姿。活動家達は蜘蛛の子を散らすように海に飛び込み逃げ出した。


「待って、イルカさん、助けて。僕は泳げないんだ」


 残された彼女は、こんな事態だというのに海を泳いでいるイルカに、アニメのように乗せてくれと助けを求めるも、当然言葉が通じるはずもなく、助けようとしているイルカ達は船の炎上に驚いて逃げ出していく。やがて獅童さんに救助され、ズブ濡れの姿でこちらに戻って来るのだった。


「警察に奴らの素性は渡しておきまシタ、国際指名手配されるはずデスから、もう迂闊なことはできないはずデス」

「うう……ごめんよイルカさん達……」


 イルカを守るどころか、活動家団体を半壊させてしまうという結果に終わったプチ旅行。帰りの電車の中、ずっと彼女は海を眺めていたが、当然イルカ達が出てきて彼女に挨拶するなんてことはなかった。


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