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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
35/57

俺といるかと動物園

「それじゃあ僕は講義があるからそろそろ行くよ、またね。そうだ、悪いけどここの猫達が元気かどうか確認してくれないかな? ここ2日ほど忙しくて見に行けていなくてね」

「うん、猫は見てるだけで癒されるしお安い御用だよ」


 今日も平和だ飯はうまいし彼女との会話も弾む。この調子で行けば俺が罪を告白しても俺にキュンキュンな彼女が全てを受け入れる未来は遠くないだろう。彼女と別れた俺は自然と大学猫ちゃん達のいる一角へ。嗜虐の対象としか見ることのできなかった連中だが、彼女とに会話のネタを作るために観察しているうちに、最近は普通に可愛いと思えるようになってきた。彼女の動物への歪みながらも真っすぐな愛情が、この俺を変えたということだろうか。ほら、あそこの猫ちゃん達、ちょっと欠けた耳がとってもプリチー……


「ああああああああああああ!?」


 大学の構内で大声を出し、猫や近くの人が逃げていく。あれは俗に言うサクラ耳。それが意味することはただ1つ。俺は急いでスマホを取り出すと、犯人と関わりがありそうな人に連絡を取った。


『もしもし、鹿野だけど』

『俺! 犬神! ひょっとして大学の猫、手術したの!?』


 サクラ耳は不妊、去勢手術済の証。日本の法律では虐待扱いされていない行為ではあるが、法が許しても決してそれを許さない女を俺は知っている。


『あら、よく私だってわかったわね。大学の自治体から依頼があってね、協力したのよ。親からは血も見れない出来損ないだと言われてきた私だけど、役に立てて嬉しかったわ。……うん、決めた。私ちゃんとした獣医を目指すわ』

『そんなどうでもいい話は自分がヒロインの時にやれよ! 何が役に立ててだトラブルメーカー! あの女と一緒にいる時間が一番長いのは俺なんだぞ!? 明日から物凄く不機嫌な彼女とどう向き合えばいいんだ!』

『しょうがないじゃないの、野良猫の手術はやって当然なレベルにまで浸透しているんだから』

『ぐぬぬ……とにかく、夜道に気を付けた方がいいよ。彼女は自治体の連中も鹿野さんもまとめて動物の餌にするくらいの行動力はあるんだから』


 嬉々としながら勝手に将来の夢を決める、事の重大さがあまりわかっていない昔の女にため息をつきながら電話を切る。彼女に伝える勇気が無くて、『ごめん、姿が見えなかったよ』なんて嘘をつき、『それは仕方ないね。今日の講義が終わったら探してみるよ、ありがとう』なんて返答を見て明日どうやって彼女と接すればいいのか悩むのだった。


「……」

「き、機嫌悪そうだね」


 翌日。食堂で負のオーラに包まれている彼女を見つけてしまった俺は、観念して前に座る。普段は育ちの良さを見せつけるかのように、どこかのビッチとは違って美しいフォームで食事を採っていた彼女だったが、この日はフォークを思い切り肉に突き刺したり、時折手がガタガタと震えて箸を落としてしまったりと荒れ放題だ。


「……猫がね、耳切られてたんだよ」

「え、それって虐待されたの?」

「耳を切られたって言っても、丸ごと切られたわけじゃなくてね。サクラ耳って言ってね、子供を作れないようにした証なんだよ。あいつら、大学の中にまで干渉してきやがった。子供を産めなくしてまで! 耳を切ってまで! 猫を見て癒されたいって言うのか! 外の世界で飼いたいって言うのか! 何が不幸な猫を減らすだ! 外の世界で一生懸命に生きている猫を不幸だなんて断定して! それはエゴだよ! ねえ、そうでしょう!? だったら、だったら僕が全部管理した方がマシなんだ……」


 周りに人がいることなどお構いなしに、声を張り上げる彼女。彼女の気持ちがわからないわけでもない。好き勝手繁殖して、繁殖しすぎて逆に首を絞める動物の姿は、人間としては管理したくなるが、それは生き物として間違っているわけではないし、そもそも当の人間が増えすぎて困っているというのに減らさないといけないということを認めずに迷走しているのだからお笑い草だ。彼女が管理した方がマシなのかどうかはともかく。若干彼女に同情しながら宥めていると、更に負のオーラを増やしながら不気味に笑い始め、俺にしか聞こえないくらいの声でぼそぼそと呟き始める。


「……一人くらいなら、揉み消せるんだよ。同じように耳をちょん切ろうが、子供を産めなくしてやろうが、動物の餌にしようが。調べた感じ、獣医学部の人が協力していたみたいだよ。そいつに罰を受けて貰おうかな。しかしあの団体も含めるとなると、数人規模になる。それは無理だ。いくら僕の、僕の家の力を使ったって、揉み消せない。僕も家の人も大ダメージを受けてしまう。けど、それでも僕は動くべきなのかい? 猫を救うだなんて言いながら耳を切り子供を産めなくするあいつらに、例え牢屋に入ってでも、鉄槌を下すべきなのかい?」

「それは……やめたほうが………………いいよ」


 恐ろしいことを口走る彼女を止めようとしたが、頭の中の悪魔が俺にささやく。『ここは彼女を煽って共倒れして貰おう。うまく行けば彼女は逮捕されてお前は自由の身だ』と。現状一番命を狙われているのは俺な訳で。彼女が優先ターゲットを変更するというのは俺にとっては都合のいい話だし、実際に行動を起こしてくれたなら、例え犠牲者が一人でも、揉み消すことが出来たとしても、彼女はしばらく迂闊な行動ができなくなるはずだ。その間に新たなターゲットでも見つけて、動物虐待をし、更に彼女を撃った卑劣な人間のことなど忘れてくれるかもしれない。そうだ、そもそも原因は鹿野さんにあるのだから彼女が自らの愚かな行為の報いを受けるべきなのだ! ……けれども俺は数秒の沈黙の後、結局彼女を止める選択を選んでしまった。俺は外道な人間にはなり切れなかったのだ。



「……だよね。うん。そりゃそうだ。ああ、でもむしゃくしゃするな。家に帰って動物を愛でたいけれど、今の僕じゃ怖がらせてしまうかもしれない。それでも僕は癒されるだろうけれど、可愛い家族達を、苛々を解消するために利用しているみたいで、憎むべきあいつ等と同じになり下がっているようで、嫌なんだよ」

「あはは……じゃあ気分転換にどこか遊びに行かない?」

「それはデートのお誘いかい?」

「まぁ、そういうことになるかな」


 彼女に同情してしまっている、共感してしまっている自分がいることを素直に認め、恥ずかしげもなくデートに誘う。彼女は口をへの字にしたまま俺を品定めするかのように見つめる。猫を捕獲したりカラスを救ったりといった行為はあくまで彼女の活動に興味を持った俺が自主的に協力しているという体だったので恋愛要素は薄かったかもしれないが、これは正真正銘ちゃんとしたデートのお誘いだ。つまり彼女は俺を男として有りか無しかと見ているのだ。しばらく気まずい沈黙が流れた後、彼女はふっと微笑んだ。


「うん、いいね。ねえ、動物園に行こうよ。実は僕、行ったことないんだ」

「え? 意外だなぁ、てっきり頻繁に行っているものかと」

「動物園に行かなくたって、ライオンでも象でも手に入れることのできる環境だったからね」

「なるほど。善は急げだ、講義が終わったら行こうじゃないか」


 好感度も上げつつ鹿野さん達の身の危険を排除する。動物がたくさんいる場所なら彼女も饒舌に喋って更なる情報を得ることができるだろう。動物好きな彼女と向き合う俺がこの四字熟語を使うのは気が引けるが、まさに一石三鳥。講義が終わった後、俺達は市にある動物園へと向かう。なんの変哲もない、ただの動物園。そんなただの動物園でも、今の彼女の気を紛らわせるには十分だ。


「なんだろアレ、ワニかな?」

「あれはコモドドラゴンだよ。可愛いなぁ、飼いたいなあ、でもワシントン条約がね。……いや、愛する気持ちの前には、権力の前には条約など無いようなものだよ。業者に今度連絡してみよう」

「あはは……あれなんだろ、大福みたいだけど」

「アンゴラウサギだよ、ウチにもいるから今度見るかい? もふもふで愛らしいけれど、毛だらけだと逆に危険なんだ。だから定期的に刈らないといけないというジレンマがあるね。……あ、あれはキーウィ! へえ、オーストラリア展なんてやってるのか、あっちに行こうよ」


 無知な男のフリをして彼女に質問すれば、彼女は蘊蓄を垂れ流して機嫌をよくしてくれる。飼っているかどうかの情報すら得られるのだから、今後の話題作りにはもってこいだ。3時間ほど遊園地を堪能し、ほのかに身体が獣臭くなって退園する頃、彼女は鼻歌を歌うまでになっていた。この分なら鹿野さんに危害が及ぶことはないだろう、感謝しなよ。


「いやあ、今日は楽しかった。今度は水族館に行こうよ。……しかし、あれだね」


 自分から次のデートの提案をしてくる彼女に手ごたえを感じる俺だったが、すぐに彼女の顔がアンニュイな感じになっていくのに気づき、不安になる。しかし彼女の口から飛び出て来たのは笑える話だった。


「あんな狭い檻の中に閉じ込めて見世物にするなんて、動物好きの為とはいえ見ていて気持ちのいいものではないよね。本当に機嫌が悪い時に動物園に来たら、楽しむどころかふざけるなと怒っていたかもしれない」

「……そ、そうだね。まあ、仕方ないよね」

「そうだね、仕方ないさ。動物好きに悪い人はいないんだ、そんな人達に動物を楽しませるために檻に入れる行為を、僕は批判できないよ」


 突っ込み待ちなのかと疑う程に鋭いブーメランを投げる彼女。ブーメランが彼女に刺さらないように掴んでその辺にポイしながら、水族館はどこにあったかなと次のことを考えるのだった。

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