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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
34/57

俺といるかとカラス遣い

「あーイライラするデス! どーして猫を捕まえてきたんデスか!? あの偽善にまみれた女は、餌をやる時と撫でる時くらいしかあの部屋に来ないんデスよ、どういう意味かわかりマスか? 面倒くさい世話は全部、私みたいな召使がやるんデス!」


 ホテルの一室。普段は女神のような包容力で甘えさせてくれる彼女も、この日は苛立ちながら俺の身体と心を責めてくる。セフレは嫌いな女とイチャつき、自分の仕事は増えるというのだから無理もない。そしてこの後の俺の言動によって、怒り狂って鬼女ランダとなるだろう。


「申し訳なかったと思っている……申し訳ないついでなんだけど」

「反省の色が見えませんね……何デスか?」

「俺さぁ、一応あの女を堕としにかかっているわけで。そのメイドと関係を持っているなんてバレたらヤバいと思うんだよね」

「……? 私頭が悪いんで、はっきり言ってくれないとわかんないデス」

「まぁ、つまり、今日でこういうのはしばらくやめにしようってぐええええええっ」


 一方的に関係を終えようとする俺の首を彼女の細くも引き締まった腕が包み込む。堕ちる。堕ちちゃう。俺がこの女に物理的に堕とされちゃう。


「そんなのあんまりデス……私達、前世ではあんなに愛し合っていたじゃないデスか!」

「いや、うん、そうみたいだけどね……前世は前世だし、今世は今世の恋愛を楽しんだ方が。そもそも下手に仲が進展した時に身に危険が及ぶのは獅童さんの方だと思うんだよね」

「犬神さん、私の事を想って……うう、私としたことがヒスってしまいまシタ。そーデスよね、私以外に相手して貰えない犬神さんにとって、私の身体を手放すなんて余程の決意がないと無理デスよね、その勇気は汲み取るべきデス。名残惜しいですが別の男で我慢しマス」

「あっさり引き下がられてても傷つくなぁ……」


 天才的な話術で彼女を宥め、早速別の男に電話をかけ始める前世の恋人を放ってホテルを出る。言われた通り、俺のような冴えない男が彼女のような極上のボデーを手放すのは非常に勇気のある行為だ。かなり布団の中で悶々と悩んだ。しかし、こっちは命がかかっている。熊ヶ谷さんと何度かお喋りをして確信した。あの女はガチで動物のためなら人を消す。普通の人にはない尋常ではない動物への偏屈した愛情と、暴走行為を実現させるだけの権力を持ち合わせている彼女の魔の手から逃れる術はただ1つ、ラブ&ピースなのだ。覚悟を強め、翌日の昼に食堂で熊ヶ谷さんを待ち伏せる。


「やあ、奇遇だね。前いいかな」

「今日はこっちで講義があってね。勿論さ」


 偶然を装い一緒に食事をするのは基本中の基本だ。既に前世の恋人から熊ヶ谷さんの個人情報は大量に入手している。この曜日は食堂に来る前に大学猫と触れ合っていることもリサーチ済みだ。


「そういえばさっき近くで猫を見かけたよ。大学にもいたんだね」

「……! そう! そうなんだよ! なかなかの観察眼だね。この前赤ちゃんが産まれたんだ。4匹ともすくすく育ちそうだよ、ここは去勢させようとする偽善者共も来ないからね。ただ、この前怪しげな白衣の女性を見かけたんだ、ひょっとしたら捕まえて実験するつもりかもしれない」

「あー……多分知り合いだから変なことしないように言っとくよ」


 面倒なのは彼女のメイドだけではなかったな、と動物で実験したがる前々世の恋人に悩ませながらも話を弾ませる。俺も彼女もそれぞれの講義に向かわなければいけない時間となり、それじゃあ俺はこれでと去ろうとするが、ちょっといいかなと呼び止められた。


「ああ、そうだ。君、今日は何限まで講義があるんだい?」

「今日は4限だよ。熊ヶ谷さんは?」

「僕は5限なんだ」

「そっか。じゃあ終わるまで大学猫でも眺めながら待ってるよ」

「いいのかい? まだ何も言ってないけど」

「こないだみたいなことをするんだろう? 付き合うよ。それじゃ、講義があるからまた……あっそうだ、LUNE交換しようよ」

「……うん」


 用件も聞かずに了承して自然な流れでアドレス交換をしてクールに去る。完璧だ。俺にこんな女たらしの才能があったとはなと驚愕しつつ、午後の講義を受けて大学猫を眺めながら彼女を待つ。プライベートで猫を眺めて楽しむような趣味はないが、何の猫がいるとかどの辺りで見かけるかとかその辺の情報があれば彼女との話ももっと弾むだろうから。猫の種類やらなんやらを頭に叩き込むこと1時間半。気づけば講義を終えた彼女が上機嫌そうに傍に立っていた。


「悪いね、待たせちゃって」

「いやいや、猫を見てたらすぐだったよ。今日は何をするんだい?」

「それが、決めてないんだよ。動物を救う有意義な活動をしようとは思っているけれど、毎回プランがあるわけではなくてね。そこで、君の意見を聞きたいんだ」

「……」


 てっきりプランは完全に決まっているものと思っていただけに、突然意見を聞かれて面食らう。いくら好きだからって連続で猫関係の活動を提案するのはどうかと思うし、かといってその辺にいる動物なんて猫くらいしか思いつかないしだからこそ猫は俺みたいな人間の被害に遭うわけで。期待の入った目でこちらを見てくる彼女から目を逸らしていると、『アーアー』なんて鳴き声が聞こえる。声の主は黒い嫌われ者のアイツであった。


「カラスなんてどうかな。こないだ役場の人が巣を撤去してたのを見ちゃってさ」

「いいねえ! 全く、カラスは可愛いし賢いというのに、ゴミを漁られたくらいで駆除しようだなんて、人間は傲慢な連中だよ。よし、僕達が保護しようじゃないか!」


 そうと決まれば早速出発だ、と意気揚々とカラスの巣を探して歩き始める彼女。適当に動物の話で盛り上がりながら歩くことしばらく、彼女はそれなりの大きさの木の前で立ち止まると、カバンから双眼鏡を取り出して巣を探し始めた。


「……ああ、あったあった。あれは間違いなくカラスの巣だよ。うん、ヒナもいるみたいだ。僕もこないだ役場の人の話を聞いててね、この辺りが駆除対象になるらしいから、先に保護しなくちゃ。ここで待ってて」


 カバンを地面に投げ捨てると、ハーフパンツの姿でひょいと木に登り始める彼女。お嬢様とは思えない、まるで猿のような慣れた動きでするすると登っていく彼女の姿に途中で落ちたりするという不安は覚えない。不安があるとすれば、


「……絶対親が襲ってくるよなぁ」


 カラスは縄張り意識の強い生き物だ。巣と同じ高さにいるというだけで近くの人を攻撃するからこそ、駆除されてしまうのだから。辺りを注意深く観察すると、別の木からギロリと彼女の方を睨んでいる親と見られる二匹のカラスの姿。このまま彼女が巣を取ろうとすれば間違いなく襲ってくるだろう。襲われた彼女が下に落ちて、それをカッコよくキャッチするというのもアリだが、実際にやろうとすると相当難しそうだし、愛するべき動物に襲われたという事実は彼女の精神にダメージを与えてしまう。そうなったら今の俺では穴埋めすることができない。


「悪いね、生きていたら飼ってやるよ。彼女が」


 俺には俺なりの、彼女を助ける方法がある。彼女が木登りに夢中になっているうちにカバンから特製エアガンを取り出すと、殺気立って木を登っている彼女を睨んでいるからか俺の方には気づいていない両親に狙いを定める。凶悪そうでも所詮は鳥。猫よりも遥かに耐久力が低いのだ。一発ぶち抜いてやっただけで、ふらふらと落下して行った。


「よし、あったあった。可愛いなぁ……おーい、巣はゲットしたよー」

「おいてめえ! そこで何してやがる!」


 木の上で嬉しそうに報告してくる彼女の声を聞いた俺は、俺と彼女以外周りには誰もいないというのに、架空のカラスを撃った犯人に怒鳴りだす。木の上にいるということもありこちらがよく見えていない彼女が何があったんだいと地上に戻ってくる頃には、追っかけまわしたけど逃げられてしまったぜと言わんばかりに肩で息をする俺の姿があった。


「くそっ……エアガン持ってた怪しい男がいてさ、まさか熊ヶ谷さんを狙ってるのかと思って注意深く見張ってたんだけど、あいつのターゲットはカラスだったみたいだ。多分この子達の両親達だよ」

「なんて酷い事を……うん、不幸中の幸い、まだ生きているみたいだ。この親も僕が連れて帰るよ。悪いけどこの子達を治療しないといけないからここでお別れだ」

「うん、またね」


 架空の犯人に憤りながら、ちゃっかり証拠である銃弾が抜き取られたカラスを小型の檻に入れると、動物病院にでも行くのかはたまた自分で治療をするつもりなのか駆け足で去っていく彼女。数日後、俺は彼女の家にお呼ばれすることに。


「いやー、こないだのカラスも飛べるくらいまで治ってさ。カラスは賢いからさ、僕が敵じゃないってわかってくれたみたいで親子ともども懐いてるんだよ。見に来るかい?」

「……あー、ごめん、ちょっとこれから用事があるのを思い出した。悪いけどもう行くよ」

「そうか、それは仕方が無いね。それじゃあまた」


 いくら彼女に懐いているからといって、自分を撃った真犯人を見つけたら襲い掛かってくるだろうからと、丁重に彼女の提案を断って逃げ出す俺であった。

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