俺といるかとねこあつめ
「何……ですって……やはり天才ね……」
「いやあそれほどでも」
それからしばらく経ったある日。食堂で出会った別のサークル仲間にも俺の完璧な作戦を話して成功を保証してもらう。獅童さんに女の落とし方を聞いたところで、押し倒せだのいい加減なアドバイスが飛んでくることは分かりきっていたので、ついでに心理学とかその辺にも詳しそうな彼女に助言を求めることに。
「猫好きにはアレな人が多いってよく言うじゃない。トキソプラズマが原因だって言う人も多いけれど、私は野良猫の存在が大きいと思っているわ。アレな人って、当然友達なんてできないの。寂しいの。そんな時に、外でそれなりに大きくて可愛くて、餌付けも簡単な猫ちゃんがいたらどう思うかしら? そりゃあ、愛するわよね。つまりアレな人だから猫を好きになるという説が、最近の学会では主流となりつつあるわ。だから猫主体で攻めなさい」
「なるほどね……っと、もう少しアドバイスを聞きたいところだけど、噂をすればなんとやらだ。ごめん、撒いてくれる?」
「わかったわ。逆玉が成功した暁には、研究費の援助をよろしくね」
気持ち猫多めで動物の話をしていこうと決意した後、食堂の入り口にとある少女が見えたのに気付いた俺は、申し訳なさそうに目の前の彼女に向かってしっしっと手を振る。精々頑張ることねと彼女が去った10秒後、俺の目の前にはまた別の少女が座る。モテモテだな俺。
「やあ。……あー、僕がわかるかい?」
「熊ヶ谷さんだろう? そりゃわかるよ」
「いやあ、よかったよかった。気づいて貰えないんじゃないかって内心心配だったんだ。……ひょっとしてさっきのは彼女かい?」
「まさか。ただのサークル仲間だよ。生まれてからずっと恋人なんて出来たことないさ。友達はいるけれど、どこか孤独なのさ」
「ははは、君とは気が合いそうだ」
怪我が治ったのか包帯こそ巻いてはいなかったが、その女らしさの欠片もない貧相な身体を見れば、彼女が俺が堕とすべき相手だということを理解するのは容易い。スタイルこそ貧相だが、顔はなかなか整っていて、なるほどお嬢様の気品はあるな、この性格でなければ女性にはモテるだろうなと感じてしまう。俺はこの女を堕とすのだ、自然な恋愛ができるように、彼女の良いところは良いところだと認めなければならない。
「改めまして、僕は熊ヶ谷いるか。君が救急車を呼んでくれたおかげで、怪我も割と早く治ったよ」
「それはどうも。俺は犬神鷲人だよ」
「へえ、犬に鷲か。僕と似ているね。力強さを持った熊や鷲と、賢さを持ついるかに犬。力強いだけでも、賢いだけでもダメなんだよ。綺麗事だけじゃやっていけないという事例を、僕は吐き気がするくらい見てきたからね。その綺麗事を押し通すだけの力が必要なんだ」
「そんな事言われると照れるな。今まで自分の名前なんて気にしたこともなかったけれど、なるほど力強さと賢さか。恥ずかしながら俺、頭がいい訳でもないし喧嘩も弱いけど、なんだか勉強しよう、何かを守れる力を身に着けようって気分になってきたよ。……ん?」
周囲の人からすれば痛々しくて鳥肌が立ちそうな会話を繰り広げつつ彼女とのランチを楽しもうとしたのだが、彼女の目の前に置いてあるトレーを見て面食らってしまう。意外そうな俺の表情を汲み取ったのか、彼女は悲しそうな笑みを見せた。
「ふふふ、君の考えていることを当ててあげようか。『菜食主義者じゃなかったのか』だろう?」
「え、ああ、うん……いや、てっきり肉とか食べないのかと」
先日のあの動物好きっぷりを見れば、動物に危害を加える人間への怒りを見れば、彼女はベジタリアンなのだろうと結論つけるのが論理的な思考というものだ。だから俺もいつ彼女がやってきてもいいようにここ数日、ずっと昼は肉を食わずにその分夜に食うというバランス悪そうなことをしていたというのに、目の前の彼女のトレーには、当たり前のように豚の生姜焼きが乗せられている。
「人間は肉を食わないと生きていけないんだよ。それくらいはわかってるさ。本能が肉を求めているし、身体も肉を求めるのさ。いや、言い訳かな。普通の人間よりも遥かに寿命は短くなるけれど、それでも菜食主義を選ぶ人間は山ほどいる。敬愛すべき宮沢賢治のように。……君は男だというのに肉が入っていないね。ひょっとして菜食主義者なのかい?」
「いやいやまさか。今日は野菜な気分だっただけだよ」
よかった、明日からは昼にも肉を食っていいんだと安堵しながら、彼女の話に頷いて理解者ぶるだけの肯定ペンギンと化す。そろそろ午後の講義も始まるしお暇するとするかと、どんなセリフなら相手を傷つけることなく帰ることができるだろうかと悩んでいる間に、彼女が先に口を開いた。
「ごちそうさまっと。ああそうだ。この後時間はあるかい?」
「……時間? ああ、あるよ。午後の講義が丁度休みでね。どうしようかと思ってたとこなんだ」
実際には講義があるのだが、それでも暇だと答えるのが男というものだ。こっちは命がかかっているんだ、講義を1回休むくらいがなんだ。器用にスマホで友人に代弁を頼みながら、二人で食堂を出る。
「それで、何をすればいいんだい? 熊を捕まえるとか?」
「ははは、まさか。今日は街にいる猫の保護活動をしようと思ってね」
猫の保護活動と聞いてほっと胸を撫でおろす。熊を捕まえるは俺のウィットに富んだジョークだが、ワシントン条約に触れている動物を密輸するから護衛して欲しいくらいは言われる覚悟はしていたからだ。大学を出てしばらくすると、彼女はバッグから小型の銃を取り出す。
「これは麻酔銃なんだ。僕がこれで猫を撃つから、君は辺りに人がいないか見張って欲しい」
「大丈夫? 俺こう見えて中高時代は射撃部だったから、それなりに撃つの得意だけど」
「いや、汚れ仕事を君にさせるつもりはないよ。例え麻酔銃であっても、何かを撃つってのはとても怖いんだ」
日頃から銃を撃ちなれている俺としては、カッコいいところを見せたかったのだが、俺が見張り役で彼女が撃つ役というのはどうにももどかしい。とはいえあんまり百発百中なところを見せて、『何でそんなに扱いに慣れているんだい?』と怪しまれるよりはマシか。しばらくその辺を散策していると、首輪のついていない猫に遭遇する。
「よし、ターゲット発見。ある程度近づく必要があるからまずは餌をやって……と。悪いけど見張り頼むよ」
「オッケー」
銃の扱い程では無いが、夜中に不審な行為ばかりやっていたので人の気配を感じ取ることも得意中の得意だ。その割には彼女に見つかったし、前前世でも見つかっている気がするが。
「よし、これくらい近づければ……ごめんね、少し痛いかもしれないけど……えいっ」
少し震えた手で引き金を引くと、ポスンと小さな針が猫の脚に刺さる。違和感を感じた猫はその場から離れようとするが、よっぽど強力な麻酔を使用しているのだろう、あっという間にふらふらになりその場に横たわってしまった。
「よし、とりあえず一体回収……と。もう一匹くらい回収したら屋敷に戻ろ……!? 隠れて!」
猫をカバンの中に入れて、次なる獲物を探す彼女だが、急に険しい表情になり隠れるように俺に指示する。彼女と共に木陰に隠れ、彼女の目の先を追うとそこには一人の女性が別の木の下で、同じく猫を眺めていた。
「くっ……あいつらと遭遇するなんて、今日はアンラッキーだね。どうにかして妨害したいが……」
「あの人達は? まさか虐待犯?」
「似たようなものだよ。あいつらは猫を捕まえて、去勢手術をして野に放す団体さ。子供を作れなくすれば、迷惑なことにはならないから大丈夫だなんて浅はかな考え。動物が子供を作れなくするだなんて、なんて傲慢なんだあいつらは。現にこないだだって、卑劣な人間によって猫が傷ついたじゃないか! 猫は家の中で飼うべきなんだよ。正しい人間が管理するべきなんだよ」
「……ちょっと俺に任せて。こないだサバゲーで使ったやつなんだけどね」
女性を睨みつけながら語りだす彼女。彼女の思想に若干納得してしまった、賛同してしまった俺は仕方なくカバンからエアガンを取り出すと、女性の上にある木の枝をぶち抜く。
「えっ!? きゃあああああ!」
ぶち抜かれて折れた木の枝は、大量の木の葉と、無数の虫と共に下にいる女性に直撃。女性は悲鳴を上げて崩れ落ち、狙っていた猫も驚いてどこかへ逃げていった。
「やるじゃないか。よし、あの猫も保護しよう」
若干顔を赤らめながら俺を称賛すると、猫の逃げた方向へ向かう彼女。その後その猫も無事に回収することに成功し、俺達は彼女の屋敷へ。
「いやー、まずいことしちゃったかな。女性の上にある木を撃って攻撃するだなんて」
「いやいや、君は正しいことをしたよ。あれは正義の行いだ。もしも目撃者がいて面倒な事になったとしても、僕がどうにかするから心配なんてしなくていい。さぁ、猫ちゃん達、今日からここが君達のお家だよ」
笑顔で犯罪もお金と権力で揉み消せるよという物騒な発言をしつつ、彼女の部屋とは別の部屋に到着する。そこには『猫ちゃんたちの部屋』と可愛らしい字で書かれていた。中には予想していた通り大きな檻と、大量の猫が気だるげに徘徊していた。餌を貰うだけの、たまに彼女に撫でられるだけの猫生。それでも子供が作れるだけ、外の世界で人間に可愛がられながらも孤独な猫生を送る連中よりもマシなのだろうか? 俺にはわからない。
「猫が一番好きなんだね」
「まぁ、贔屓は良くないだろうけど、そうだね。猫が一番好きさ。昔、色々あって孤独だった時期があってさ。その時に僕を救ってくれたのが猫なんだ」
檻の中に猫を二匹追加する彼女を眺めながら。やっぱり猫が一番好きなのだろうと話題を振ると、恥ずかしそうに肯定し、そのまま猫との思い出を語る彼女。数時間前にサークル仲間が言っていた言葉が脳裏をよぎる。どうやら彼女の言う通り、友達ができないから猫を好きになり、やがて動物全体を好きになったようだ。このまま順調に彼女と俺の距離が縮まれば、彼女は動物に興味を持たなくなってしまうのだろうかと、自信過剰な推測をしながら、お礼にお茶でもという彼女の誘いを了承するのだった。