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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺といるかの動物愛誤
31/57

俺といるかと救急車

「危ないっ! ぐわあああああっ!」

「な!?」


 引き金を引いた瞬間、目の前に咄嗟に人影が躍り出る。一度引いてしまった引き金を元に戻すなんてことはできないわけで、鉛の弾はそいつの脚に直撃する。猫よりは人間の身体の方が頑丈なのかめり込むことはなく弾はコロンと地面に落ちたが、同時に犠牲者も地面に崩れ落ちた。


「や、やべえ、いや、これは事故だよ、事故だ、事故だよな?」

「ああ……よかった……」


 人を撃ってしまったという事実に狼狽えていると、犠牲者がよろめきながら身体を起こす。声色からして、同い年くらいの女性だろうか。加害者には目もくれず、目の前で固まっている弱った猫を見る彼女。


「大丈夫だ……僕は敵じゃない……ほら、これをお食べ」


 懐から魚肉ソーセージを取り出すと、猫に与えはじめる。主に俺のせいで人間に警戒心を持っていたであろう猫はゆっくりと近づくとそれを食べ始めた。


「よしよし、いい子だ……」


 更に警戒心を解くべく、彼女はエノコログサを取り出すと目の前で振り始める。動物の習性というものなのだろうか、まるで家で飼っているかのように猫がじゃれ始めた。しばらくそうしているうちに、彼女は猫の頭を撫で、呼応するように猫が鳴く。一瞬にして、彼女は野良猫と仲良くなったのだ。そんな光景を、俺は茫然として眺めていた。負けた。完敗だ。彼女は俺のことなんて全く見ていない。自分を撃った人間を恨む心よりも、目の前の猫を思いやる心が勝っている、そんな天使のような人間なのだ。自分の器がいかに小さいか悟った俺は、力なく項垂れる。


「よーしよしよし、可愛いなぁ……」


 彼女が猫と遊び終わったら土下座しよう。そして自首しよう。そう決意してその光景を眺めていたのだが、どうにも様子がおかしい。猫を抱いたまま、いや、逃げられないようにがっちりとホールドしたまま、彼女はわしわしと撫で続ける。段々と猫が嫌がるような声を出す。威嚇するような声を出す。


「ふふふ、そうか、もっとして欲しいんだね。よしよし、ほら、背中もマッサージだ」


 明らかに嫌がっているのに、彼女は脳内で猫が喜んでいると勝手に解釈しているらしく、更に行動をエスカレートしていく。その結果どうなったかというと、


『フシャアアアア!』

「ぐわあああああっ!」


 スキをついて猫は彼女の手から脱出すると同時にその顔をガリガリとひっかき、ダッシュで何処へと去って行ってしまった。バタリとその場に倒れ、気絶する彼女。その顔は見るも無残、血まみれになっていた。


「……救急車呼んで帰ろう」


 彼女は天使ではなかった。自分の世界に入り込んでいるだけの、他猫の気持ちを考えられない馬鹿だ。そう感じた俺は、土下座をするとか自首をするとか、そんな決意はどこかへ飛んで行ってしまい、救急車に公園で女性が倒れていることを伝えると、その場を後にするのだった。




「ということがあってね……どうしたの鹿野さん、そんなにガタガタ震えて」

「あ、貴方ねぇ……! 私が人間の血がダメなの、知っててそんな恐ろしい話をするの!?」

「これくらいの話でもダメなの……? 将来苦労するね」

「大きなお世話よ! ふん、私はもう食べ終わったから失礼すヒィィィィィィィ!」


 数日後、偶然食堂で出会ったサークル仲間にその時の話をすると見る見るうちに顔色が青ざめていく。俺を睨みつけながらその場を後にしようとした彼女だったが、食堂の入り口の方を見て叫び声を上げた。何事かとその方を見ると、そこには顔を包帯でグルグルに巻いたミイラ男がいた。


「……やあ」

「?」


 怪我人を見て叫び声を上げて、食器も片づけずに逃げ去ってしまうダメ女を眺めていると、そのミイラ男が何故か俺の前に座り声をかけてくる。包帯で顔がよく見えないが、ひょっとして俺の知り合いなのだろうか。


「君が救急車を呼んでくれたんだよね? どうにも記憶が曖昧だけどそこは覚えているよ。卑劣な人間から猫を守ったはいいが、逆上したその男に攻撃を受けてしまったんだ。そこを君が通りがかって救急車を呼んでくれたというわけだ」

「……えーと、うん。前半はわからないけど、そうだね、君が倒れていたから救急車を呼んで、俺も用事があったからすぐ去っちゃったんだ」


 目の前にいるのがミイラ男ではなく、スタイルが貧相で顔がわからないと男だと思ってしまうレベルのミイラ女だと理解すると共に、ついさっきまで話題にしていた少女だと知る。都合のいい方向に記憶を改ざんしてくれているようなので話を合わせる。正直あまり関わりたくない部類の人間だと本能が囁いているが、罪悪感も多少はあるので邪険にするわけにもいかない。


「うんうん、君は素晴らしい人間だね。何か恩返しがしたい。そうだ、この後時間はあるかい? 僕の家に招待するよ」

「まあ、今日は午前で講義は終わりだけど……いいよそこまで、救急車呼んだだけだし」

「謙遜しなくてもいいさ。君は僕と同じくらいの、この腐った社会における善人だ。僕は人を見る目には自信があるんだ。僕にはわかる。君と僕は相性が抜群だ、気が合うに決まっている」


 動物虐待の常習犯という腐った社会における代表的な悪人を善人だと言い張る、人を見る目が全くない彼女。断っても後が面倒くさいことになりそうだ、ここは一回だけ恩返しとやらを受けようじゃないかと仕方なく快諾し、彼女に案内されるがままに大きな屋敷へとやってきた。


「凄い大きな屋敷だね。熊ヶ谷……ひょっとしてあの熊ヶ谷グループの? 凄いお嬢様だね」

「ふん、拝金主義の父親と、玉の輿に乗るために人生を捧げてきたような母親の間に産まれた、いわば呪われた子供さ。まあ僕だって人間だ、大きな家も、豊富な資金も、利用できるものは利用するというわけだ」


 俺でも知っているような大企業のお嬢様だと知るや否や、目の色を変える現金な俺。面倒くさそうな女だと思っていたが、ここはお近づきになった方がいいかもなんていう邪な心を見抜くことのできない彼女がチャイムを鳴らすとしばらくして、メイド服を着た少女が扉を開けて出迎える。その顔に俺は見覚えがあった。


「……犬神さん! 犬神さんじゃないデスか! 私に会いに来てくれたんデスか? 嬉しいデス。そちらのミイラはどなたデスか? 不審者デスか? お帰りくださいませ」

「酷いなうさぎ君。包帯を巻いただけで、仕えているお家の娘を判別できないとは一体何年メイド業をやってきたんだい。というより、君達知り合いだったのかい?」

「冗談デスよ。そうデス、私達はセフ」

「セーフティネットの会! 住みやすい街を作るために日々活動している団体に、俺も獅童さんも属しているんだ、そうだよね獅童さん」

「……? は、はい、そーデスそーデス、そのセールディベート? の会での知り合いなんデス」

「そうかそうか、それは素晴らしい団体だね。つもる話もあるだろう、僕の部屋はここを真っ直ぐ行ったところにあるから来てくれたまえ。ああうさぎくん、お茶とお菓子の準備を頼むよ」


 偶然出会ったトラブルメーカーな知り合いが、俺達の関係を口にしようとしたため無理矢理誤魔化す。お嬢様が自分の部屋に行くために去っていくのを見送った後、目の前のメイド少女は不満そうな顔で俺を睨みつけた。


「……なんデスか、どーして誤魔化すんデスか。言えばいいじゃないデスか、何を恥じることがあるんデスか、私達はセフレデス!」

「いやいや、知り合った女の子に、別の女の子とセフレなんだ、なんて言う男はいないから。大体そんな発言したら獅童さんこそ、自分のお嬢様との関係が気まずくなるでしょ」

「別に。私はミイラのお父様に仕えているわけであってミイラに仕えているわけじゃありません、一応は笑顔で従ってマスけど、あんな女嫌いデス。あの女を狙ってるんデスか? 何でデスか? 私の方が可愛いし、胸も大きいし、エッチなこともしてあげマスよ? 所詮は金デスか? 世の中金持ってる方が偉いんデスか?」


 彼女も食堂で醜態を見せていた少女と同じくサークル仲間なのだが、飲み会でお互い酔いつぶれたまま、気づけば身体の関係を持ってしまい、その後も彼女曰く相性がいいとのことで、そんなダラダラとした不健全な関係を続けている。自分の嫌いな人間のご機嫌をとるために、身体の関係を持っている人間が嘘をつくというのが相当気に入らないらしく、ぶつぶつと文句を連ねる彼女。


「まあまあ落ち着いて。色々事情があるんだよ。何か知らないけど俺に好意を持ってるみたいだからさ、金持ちだし利用してやろうって思ってさっきは誤魔化したんだよ。獅童さんの方が魅力的に決まってるよ、メイド服可愛いね、今度それで奉仕してよ」

「流石は犬神さん、人間の屑デスね。そんなんだから身体だけの関係でいいやって女の子に思われるんデスよ」

「……」


 どうにか彼女を宥めたが逆に心無い言葉を言われて落ち込みつつ、とぼとぼとミイラ女の部屋へと向かう俺。そんな俺に獅童さんが心配するような声を後ろからかけた。


「気を付けてください、あの女はイカれてマス」

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