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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とあげはの動物実験
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俺とあげはとゴールデン

「へえ、立派な病院だね」

「こっちよ」


 大学の帰りに鹿野さんに連れられてやってきた先には、『鹿野総合病院』という大きな病院。どうやら彼女はこの病院の跡継ぎのようだ。その病院の敷地内の離れの方に、『鹿野あげは以外立ち入り禁止』と書かれた建物が見えてくる。


「ここが私の部屋でありラボラトリーよ。流石に本格的じゃないけどね」

「そうなの? 俺からすれば十分本格的だけど」


 鍵を開けて中に入る彼女に続く。俺からすれば怪しげな機械に、動物の標本に、難しそうな本。本当に部屋らしく、ベッドやテレビも置いてある。その部屋の中でじっとしている、見覚えのある猫が主人の帰りに気づくや否や駆け寄ってきて、彼女の目の前でゴロゴロし始める。


「ただいま味噌汁。紹介するわ、仇よ」

「へへへ……こないだはすんません」


 俺を見るや否や威嚇して距離を取る味噌汁に苦笑いしていると、鹿野さんは携帯電話を取り出してどこかへ電話をし始める。はい、はいと言いながらペコペコと会釈をするその姿に軽く萌えているうちに会話が終わったらしく、再び出かける支度をし始める彼女。


「車の運転は?」

「まぁまぁかな。いやぁ、救急車の運転かぁ、不安だなぁ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、職権乱用にも程があるわよ」


 内心は救急車を運転してみたかったのだが彼女に鼻で笑われながら鍵を渡される。自分の病院だからって敷地内で研究をすることは問題ないのだろうかと首をかしげながらも外に出て、近くにあった誘拐犯御用達らしい車に乗り込んだ。


「女の子らしくない車だね」

「お下がりよお下がり。ほら、ナビしてあげるからさっさと運転しなさい。よかったじゃない、構造的には救急車みたいなものよ」


 救急車を運転している気分になりながら、彼女の微妙に役に立たないナビに翻弄されることしばらく、目的地らしいペットショップへとやってくる。


「貴方はここで待ってなさい。ペットショップの中でその性癖を発揮して、『ぐへへへ潰し甲斐のある子達だぜえ』とか言われたら大変だから」

「信用ないなぁ……」


 確かにペットショップにいる子犬や子猫を見ていると、虐めたい衝動に駆られることがある。言われた通り車の中で待ちながら、ペットショップの外から見える可愛い生き物達を若干ニヤつきながら眺めているうちに、荷物を抱えた彼女が戻ってきた。


「よいしょ。さ、次のペットショップに向かうわよ」

「了解。何が入ってるの?」

「それは帰ってからのお楽しみなのだ。でも私は優しいからヒントをあげるのだ。へけっ」

「……? 大丈夫? 病院行く?」

「……ふ、ふん、どうせ男のアンタにはわからないだろうと思ってたからその反応は想定内よ」


 ネタが伝わらなかったのが不満なのか、口では想定内と言いつつも不機嫌そうに次の目的地をいい加減にナビする彼女。その後もペットショップだったり民家だったり、複数件を梯子して何かを貰ってくる彼女。最後の一件を終えて研究所に戻る頃にはもう夜だ。


「というわけで正解は……これよ!」


 車から運び出した荷物を研究所の机の上に並べて開ける彼女。そこにはたくさんの小さなネズミが入っていた。なるほど、研究所といえばマウス。研究所と言えばモルモット。けれどもそこにいた小さなネズミに違和感を覚える。いや、これはマウスでもモルモットでもない。


「しげちーじゃないか」

「あ、そっちは知ってるのね。そうよ、貴方の大好物のハムスターよ。潰しちゃ駄目よ」

「別に大好物じゃないよ……俺は不殺の誓いを立てているし、そもそも虐待するためにいちいちハムスター買えないよ。その辺を歩いてる猫なら無料だし」

「変なポリシーがあるのね。でもこの子達はマウスやモルモットのようには使わないわよ。むしろハムスターのために使うの。知ってる? ハムスターって共食いするのよ」


 ハムスターに何やら変なチップを装着して、カップル同士でケージの中に入れる彼女。貰ってきたのは成体ばかりで、すぐにでも子作りをしそうな雰囲気だ。10ペアほど作り終えたところで、彼女が近くにあったモニタのスイッチをつける。そこには俺には到底理解できそうもないグラフや数値が並んでいた。


「これ、何だと思う?」

「ご臨終です」

「これはストレスよ。どのくらいハムスターがストレスを感じているかを、こうやって可視化しているの。一般的にハムスターの共食いと言えば、母親が産んだばかりの子供を食べてしまうケースよ。それは何故か? 腹の空き具合とストレスよ。出産直後の弱っていて餌を自分で探しに行けない状況、自分が死んでしまうと子供達も全滅するから仕方がなく子供を食べて回復しているの。悲しき親子愛ね。リアリストね」


 そのまま共食いと空腹、ストレスの因果関係について語り始める彼女。この因果関係をもう少し明確にすれば、ハムスターの共食いを防止することができる、ペットとして人気なハムスターが、もっと飼いやすくなる。だからあえてそれぞれのハムスターの生活環境に差をつけて、共食いしないラインを見極めるのが目的だそうだ。


「なるほど、やけに豪華なケージとやけにボロいケージがあると思ったけど、ちゃんとした理由があったんだね。最初は豪華なケージを買いそろえようとしたけど予算が足りなくなったんだと思ってたよ」

「私をそんな間抜けキャラにしないでくれるかしら。勿論、共食いを避けるなら最高の飼育環境が望ましいわ。子作りが終わったらオスとメスは別のケージで飼うべきだし、ある程度子供が育ったらまた別のケージを用意して分けるか、引き取って貰うか……でも一般家庭からすれば負担でしょ? これ、ハムスターの飼い方について解説してある本よ。守れると思う? 主にお世話するのは小さな子供な家庭だって多いでしょうに」


 彼女に手渡された、『ハムスターを飼う前に読むべき本』という偉そうなタイトルの本をパラパラとめくる。ひまわりの種はハムスターにとってポテトチップスみたいなものだからアニメに影響されて主食にしちゃ駄目だとか、回し車やボールが必要だとか、俺みたいな面倒臭がりの人間からすれば、こんな本を読んだら買う気が失せてしまうし、小学生にできるとは思えないと、げんなりした表情で彼女に返す。


「ハムスター飼うのって大変なんだね」

「そんなことないわよ。共食いはともかく、1匹飼うくらいなら適当に育てたって1年は生きるわ。よく十分に育てられないのに動物を飼うなって非難する人いるじゃない。私は間違ってると思うわ。動物は所詮動物よ。人間の一時の自己満足のためにいい加減に飼われて然るべき存在よ。飼う資格なんてものを勝手に決めるよりは、自分の子供ばりに愛情を持てだなんて言うよりは、現実的な愛玩動物としての役目を果たせるような落としどころを見つけるべきなのよ。私はハムスターと同じくリアリストなの。人間のエゴのために非情にもなるわ」


 確かにこの研究が進めば、共食いしないラインだとか、天寿を全うできるラインだとかが明確になるし、それはハムスターを飼う人にとっては朗報だ。一番ボロっちい、住んでるだけでストレスが溜まりそうなケージにいるハムスターは産んだ子供を食べてしまう可能性が高いし、それを目的としている彼女を鬼畜だと受け止める人も大勢いるだろう。けれども俺は、自分が後ろめたいことの多い人間だからかもしれないが、彼女を悪だ、マッドサイエンティストだとは思えないし、人間の味方であり動物の敵である事を自覚しながらも、共存のために尽力する優しい子だという印象すら覚えていた。


「ハムスター好きなんだね」

「別に。たまたま共食いに興味があったし、小さくて複数飼ってもそこまで場所を取らないから決めただけよ。困ったわね、結構ハムスターが余ったわ。残ってるケージは、子作りした後にオスとかを移し替える用だし。……持って帰って潰す?」

「潰さないってば」

「……はっ」


 俺の誉め言葉を照れることなく淡々と否定しながら、余ったハムスター達を差し出す彼女。そこまで人間辞めているつもりはないので遠慮しながらも、酷いことをされているハムスターを想像してしまい心の中の悪魔と戦っているうちに、彼女の視線の先にもう1匹の家族がいることに気づく。味噌汁だ。


「……味噌汁、今日はご馳走よ。たくさん食べて元気になるのよ」

「所詮この世は弱肉強食……」


 嬉々としながらハムスターを味噌汁に差し出す彼女を見ながら、やはり彼女は鬼畜かもしれないと認識について迷う、そんな一日であった。

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