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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とうさぎの動物捕食
29/57

俺とうさぎと猫ハンバーグ

「鷲人さんと出会った数日後、誕生日だったんデス。といっても、ご主人様に拾われた日なんデスけどね」


 彼女の屋敷に到着した直後、半年くらい前の話をし始める彼女。彼女と出会ったきっかけはあの三毛猫のオスだったか。売りさばいた身ではあるが、ちゃんとした飼い主に出会えているのだろうかと俺も当時を懐かしんでいると、何度もお邪魔したキッチンへとやってくる。


「私、ご主人様におねだりしたんデス。自分で育てた野菜が美味しいなら、自分で育てたペットも美味しいはずだ、何か飼って食べごろになるまで育ててみたいって。そしたら、丁度珍しいと思って衝動買いしたけど冷静に考えてみたらそこまで欲しくないからあげるよって、一匹の生き物をくれまシタ。ここで待っていてください、私の家族を紹介しマス」


 キッチンの前で待っていて欲しいと言うと、自分の部屋に向かうのか廊下をシュタタタと走って行く。自分で育てた生き物を食べることは珍しい話ではない。その辺の小学校だって、自分達で育てた鶏や豚を食べているし、それを否定するなら漁師も猟師も畜産業者も肉を食べられない。彼女は何を育てたのだろうか、ミニブタだろうか、絶滅寸前の鳥類だろうかと推理をしていると、丸々と太った生き物を抱えた彼女が戻ってくる。その生き物を見て、俺は冷や汗をかいた。


「……」

「これ、三毛猫なんデスけど、オスなんデスよ。ご主人様曰くオスは異常な個体で凄く珍しいから、高値で取引されるんデス。いくらで買ったと思いマス?」

「に、250万くらい?」

「いい線行ってマスね、300万デス」


 間違いなくこいつはあの時の猫だ。俺が捕まえて業者を通じてマニアに300万円で売ってマージン払って、浮かれるままにマイカーを買ったあの猫だ。幸いにも当時は暗かったこともあり、あの時の猫だとは気づいていないようなのでわざと値段を間違えて答えてしらばっくれる。


「愛情込めて可愛がったらこんなに太っちゃいまシタ。可愛いデスよね、よしよし、よしよし……」


 餌を貰いすぎて太ってしまったその猫をニコニコしながら撫でていた彼女だったが、身体がぶるぶると震えている。その表情も段々と、この世を呪うような憎しみの色が混じっていった。


「……こんな猫!」

『フニャッ!』


 そしてついに彼女は豹変する。持っていた猫を落とし、サッカーボールでも扱うかの如くそのまま壁に向かって蹴りつけた。太りすぎているから脂肪でダメージが入っていないのか、壁に叩きつけられ、床にベチャっと落ちた彼は逃げることなくのそのそと彼女の下へ戻ろうとする。


「異常な個体の癖に! 種無しの癖に! 私の100倍の価値? ふざけるな、ふざけるなデス!」


 そんな猫をゲシゲシと蹴りつける彼女。飼い主を信頼しきっていた猫もいい加減に目の前の美少女が敵だと悟ったのか逃げようとするが、その太った身体では子供からすら逃げられない。彼女はナイフを4つ取り出すと、暴れる猫を抑えつけて手足にそれを突き刺し、床に固定する。


「銃貸してくだサイ」

「……あいよ」


 殺気のこもった声と共にこちらを向く彼女に、カバンから取り出したエアガンを投げ渡す。無表情でいて負の感情がダダ漏れになっている顔のまま、彼女は引き金を何度も引いた。日頃からナイフを投げているおかげなのか、弾丸は見当違いのところへ飛ぶことなく、確実に猫の命の灯を消していく。最初こそ痛々しい悲鳴を上げていた猫も段々と声が細くなり、やがてわずかな呼吸が聞こえるくらいで後はパン、パン、という銃声が響くのみ。


「……ちっ、弾切れデス。予備はないデスか?」

「うさぎさん、もう」

「わかってマス、これはただの肉塊デス、料理の下ごしらえデスよ、叩いて犬が美味しくなるなら、猫だって美味しくなるはずデス。こん棒持ってきマス」


 そんな光景を眺めることしばらく、エアガンの中に入れていた弾丸が切れる頃、猫はその短い生涯を終えていた。あまりにもあっけなく、あっさりと、何のドラマも無く、気づいたら死んでいた。きっと名前すらつけられていなかったのだろう。彼女はキッチンからうどんとかを伸ばす棒を持ってくると、ナイフで固定されて弾丸まみれになった肉塊を叩き始める。


「はーっ、はーっ、はーっ」


 以前犬を叩いていた時は、すぐにスタミナ切れを起こしていたが、今回は息を切らしてもその凶行を止めることはない。疲れてきてよろめきながらも、ガン、ガン、と肉を柔らかくし、辺りに飛び散らせる。


「鷲人さん、醜いデスか? 今の私。食事の汚い、猫に嫉妬する、見た目だけの女。初めての彼女だしそれでもいいやって言うなら、逃げずに待っていてください、美味しい料理をご馳走しマス」


 ボウルに挽肉を入れると、スタスタと調理場の方へ向かう彼女。散らばった弾丸や肉の破片を掃除しながら、それでいいのかと悩む俺。自分自身、真っ当とは到底言えない、屈折した人間だ。そんな俺が恋人を作るとしたら、同じくらい屈折した人間じゃないとやっていけないとも思っていた。だが実際に彼女の闇を目の当たりにした今、彼女とやっていける自信が無くなってきたのだ。所詮俺の抱えている心の闇なんて、子供特有の残虐性を大人になっても抱えていることへの、誰しも抱えていそうなちんけなもの。親に売られ、身体を売り、一人で生きてきた彼女からすれば、鼻で笑うような薄っぺらいもの。そんな人間が、彼女の傍にいていいのか。彼女を幸せにできるのか。自分が幸せになれるのか。


「……そうだ、ただの下ごしらえだ。食べるために牛や豚を一瞬で殺すのも、犬や猫を甚振りながら殺すのも、本質的な違いなんて無いんだ。彼女は向き合っているだけだ、悪いことなんてしていない」


 先程のホテルでの余韻を思い出したからか、自然と口からは彼女を肯定するような言葉が流れ出す。今更彼女を否定する材料も無ければ勇気も無い。彼女と付き合って頻繁にその身体を貪っていればそれだけで男は幸せなのだ。そうこうしているうちに、『出来まシタよー』という陽気な声が奥から響く。先程までこの世の全てを呪うかのような顔をしていたとは思えないほど明るい、無邪気な声が。食卓に向かうと、とてもいい笑顔をした彼女が2つのお皿を持って出迎える。


「ハンバーグにしてみまシタ、ささ、熱いうちにどうぞデス」

「美味しそうだね、早速いただくよ。……美味しい」


 俺が席につくと、片方のお皿を目の前に置く彼女。言われるがままにナイフでそれを切り、フォークで口へと猫だったものを運び、咀嚼する。美味しかった。目の前であんな光景を見せられてもお腹は空くし、彼女のような腕の立つ料理人が調理をすれば、食べるのには向いていない猫だって高級牛肉のようになるのだ。


「ふふ、それはよかったデス。私の愛情と、私の愛情をたっぷり注がれた猫ちゃんのお肉。愛情の二次関数デスね。なんてね、心の中で突っ込み入れまシタか? 『猫に愛情なんて無かっただろ』って」

「……うさぎさんの、随分生焼けだね。それに形も崩れてる。ひょっとして失敗した?」


 パクパクとそれを食べる俺を眺めながら、目の前に座る彼女。彼女のお皿には、ハンバーグとはとてもじゃないけど言えない、そもそも料理と呼んでいいのかすら怪しいちょっと焼いただけの肉塊が乗せられていた。彼女の自虐的なセルフツッコミをスルーしつつ、そのことに触れてみるとよくぞ聞いてくれまシタと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「話しましたっけ。昔、猫を食べたことがあるって。その時の記憶が、どうにも曖昧なんデス。何か大切な事を忘れている気がしたんデス。私が大人になるために必要な何かが。だから食べたら思い出すんじゃないかって。確か、こんな感じだったんデス。さて、それでは頂きマス」


 そしてその料理もどきに齧り付く彼女。幸せそうな顔でしばらくもぐもぐくちゃくちゃと味わっていた彼女だったが、やがてその表情が怯えに変わる。


「あ……? あ、ああ……?」

「うさぎさん?」

「な、何デスか、その目は。そんな目で私を見ないでください、私は、私が、何をしたって言うんデスか、わ、た、わた、あっ、あああああっ!」


 俺を見てガタガタと震え始める彼女。席を立ち、逃げるように流しの方へ向かい、食べたばかりのそれを吐き出す。


「おごごごごっ、おごっ、おごごごごっ」


 とっくに食べた猫は全て吐き出していたはずだが、なおも彼女は嘔吐をやめない。少し前に食べたチキンらしきものを吐き出し、それでも足りないのか、無理矢理喉の方に手を突っ込み、身体の中に入っている物を全て出そうとする。そんな彼女に圧倒されて、黙ってみているしかできない情けない俺。


「にゃああああああああっ!?」


 食べ物も、胃液も全て吐き出し、このままでは彼女の魂が吐き出されるのでは無いかとようやく彼女を止めるべく動き始めたが時すでに遅し、彼女は先程の猫にでも憑かれたのかそんな断末魔を上げながら、その場にバタリと倒れこむのだった。

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