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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とうさぎの動物捕食
26/57

俺とうさぎとゴキブリ

『キャアアアアアアアアア!』


 食堂で向かい合って食事を楽しんでいた俺達の耳に悲鳴が響く。


「テロ!?」

「伏せよう」


 何事かと声のする方を向く大衆を他所に、投げナイフを取り出し臨戦態勢になる彼女、机の下に隠れながらも麻酔銃のセッティングをする俺。修羅場を潜り抜けて来たからかいささか大げさすぎる反応だが、色々と不安定な情勢だ、用心するに越したことはない。悲鳴がしたからとナイフと銃を取り出す二人組の方が余程テロリストっぽいという現実から目を背けていると、プシューというスプレーの音がする。


「催眠ガス!?」

「いや、多分ゴキちゃんだよ」

「何だゴキちゃんデスか」


 悲鳴の正体がゴキブリを見た食堂のおばちゃんによるものだと判明し、食堂はいつもの平穏を取り戻す。何事も無かったかのようにナイフと銃をしまい、『あの二人なんかヤバイもの持ってなかった?』『しっ、声がでかい、聞かれたらまずいって』なんて周囲のひそひそ話に対し聞こえないフリを発動していると、唐揚げを見つめながら彼女が口を開く。


「ゴキブリと言えば」

「その話今する必要ある?」

「ありマス! 食事の話は食事中にするべきデス!」

「じゃあ仕方ないか」


 食事中にゴキブリの話をしようとするTPOの欠片もない彼女だが、食への拘りのためなら仕方がないと周囲の人間に心の中で謝罪しながら発言を許可する。そして彼女は昔読んだらしい小説の話をし始めた。


「タイトルもどこで読んだのかも忘れまシタが、ホームレスの少年が飢えてその辺のゴキブリを食べるみたいな感じでシタ」

「その辺のゴキブリを捕まえられる動体視力があるならもっとマシなモノ食べられるような気もするけど素人考えなのかな」

「小説デスから。まあ、私もそんな感じの境遇でシタから、何となく印象に残ってるんデスよね。ゴキブリは嫌いデス、当然デス、私だって乙女デス。食べようだなんてとてもじゃないけど思いません。バット、しかし、あの頃のように飢えて飢えて仕方が無かった状況なら、食べないと死ぬくらい飢えていたなら、病原菌たっぷりのゴキブリも、ドブネズミも、食べたのでしょーか。それとも人間としての誇りを胸に死を選んだのでしょーか。現実は食べられそうな生き物を食べるとか、盗みを働くとか、身体を売るとか、そういう選択肢があったんデスけどね」


 いつだったかのウミガメのスープの話を思い出す。折角生き延びることができたのに、人間を食べたという事実に耐えられず自殺してしまった哀れな人のお話。人間を食べないと死ぬような状況でも、人間を食べることのできる人間が果たしてどれだけいるのか。スマートフォンを取り出して、画像が表示されないように設定を変えて、『ゴキブリ 食べる』なんてワードを検索する。AV女優がゴキブリを食べる誰向けなのかよくわからない作品や、視聴数を増やすためにゴキブリを食べるなんていう、小学生がなりたい職業の末路が目に入る。心の底から日本人な俺には拒絶反応しかないが、思っていた以上にゴキブリは食べられているようだ。


「とりあえず、鹿野さんに頼んで食用の」

「そこなんデスよ。食用のゴキブリがあることだって知ってマス。でもそれって本当に私達が嫌っている黒いあいつなんデスか? ゴキブリという名前がついただけの食用の生き物じゃないんデスか? 何か、何か違うんデスよ。それは逃げなんデスよ」

「まあ、意味はなんとなくわかるけどさ。それじゃあ何? その辺をカサカサやっているあいつを掴んでパクっとするつもりなの?」

「う、うぅ……そんな勇気は私にはないデスよ……」


 俺達がその辺で見かけるゴキブリを食べないのは気持ち悪いというのも大きな理由の1つだが、どう考えても身体に悪いのも同じくらい大きな理由のはずだ。排水管やら下水道やらをカサカサと動いてたまに人間の目の前にやってくる生き物を食べるということは、排水管や下水道の汚物を食べるのと同じ。見たことはないが、仮にスーパーで安全な食用ゴキブリが売られてたら、物は試しにと買ったかもしれない。焼きそばにゴキブリが入ったら大騒ぎするくらい、日本人は食の安全には敏感なのだ。その辺のゴキブリは猛毒も同然。だからこそ、飢えて飢えて仕方のない時に食べるかどうかなんて究極の質問が発生するのだ。熊と戦う勇気はあってもゴキブリを食べる勇気は持っていない彼女は珍しく目の前の食事に口をつけずにうつむいて悩んでいたが、何かひらめいたのか俺の方を向く。


「鷲人さん! 監禁してください!」

「……」


 周りを見る。『え、何あいつら』『監禁だってさ』『そういうプレイなんでしょ』みたいな引き気味の表情しか無かったので、それよりは可愛い彼女の姿を見た方がマシだろうと彼女の方を向いてため息をつく。


「つまり監禁されて食事も出されずに餓死寸前になればゴキブリも食べられるだろうという話だね。だから俺に監禁して欲しいんだね」

「そうデス! 流石鷲人さん! 最早以心伝心! 丁度来週は月曜日に授業がありません! 有休取って、土曜日から三日間、鷲人さんの部屋で監禁されマス!」

「初めて女の子を部屋にあげるのが監禁だなんてリアル感あるなぁ……」


 説明口調で、周囲に俺は変態ではないことをアピールしつつ彼女の提案を了承する。金曜日の夜、彼女を車に乗せて俺の住むアパートへ。アパートに入るや否や、くんくんと鼻を鳴らす彼女。


「うーん、匂いマスね。男の一人暮らしってこういう感じなんデスね。腐ってもメイド、掃除したくなってきまシタ」

「余計な事はしなくてよろしい。やるからには徹底的にやるからね。ほら、そこのベッドに寝転がって」


 彼女を俺が普段寝ているベッドに寝かせると、ロープやら何やらで彼女の身体をぐるぐると縛り、身動きが取れないようにする。早速彼女の食欲を促進させて腹ペコパワーを溜めるため、カップラーメンを棚から取り出してお湯を入れた。


「あ、ああ……カップラーメンの匂いが……」

「三日後に新鮮なゴキブリを食べさせてあげるから大人しく待ってなさい。こら、涎を垂らさない。シーツが汚れる」


 ちょっとサドっ気が出てきたのか、これ見よがしに彼女の目の前でカップラーメンをすする俺。反射的に食べ物を見ると食べたくなるのか彼女がもごもごと動いているが、結構きつく縛ったせいか抜け出すことはできず、疲れたのか諦めて動かなくなる。


「食った食った。さて、今日はもう寝るかな、電気消すよ」

「? オナニーしないんデスか?」

「日課だからって女の子の見てる前でオナニーするほど変態じゃねえよ!」


 男の性を理解しすぎるのも問題だ。ティッシュがいくつか入ったゴミ箱を見ながらきょとんとする彼女。俺は赤くなった顔を誤魔化すために電気を消して、クッションを枕に床に寝る。数分程して、彼女が不思議そうな声を出した。


「鷲人さん」

「何」

「女の子が身動き取れないのに襲わないんデスか?」

「そういうの趣味じゃないの。プラトニックなの」


 折角こっちが身動き取れない女の子と一緒に寝ているなんていう絶好のチャンスを無駄にできるように煩悩を消し去っているというのに、当の本人は監禁されて無理矢理というシチュエーションも燃えるのかちょっと興奮気味だ。頭の中で彼女を犯しまくっていると、再び彼女が声を出す。


「鷲人さん」

「今度は何」

「トイレ行きたいデス……あとお風呂も入りたいデス」

「ああもう面倒くさいなぁ……世の監禁者はどうやってトイレとか風呂の問題を解決してるんだ」

「恐怖心を植え付けるんデスよ。そうすればトイレやお風呂に行けるくらい自由にしても、逃げ出そうとはしないんデス。女って馬鹿デスから」

「真面目に答えなくてよろしい」


 漏らされても困るので電気をつけて彼女の縄をほどいてやる。一人暮らし用のアパートに脱衣所なんて勿論無い。顔を赤くしてうつ伏せになり、彼女が風呂場の近くで服を脱ぐ場面や音、チョロチョロと何かが流れる音、シャワーを浴びる音、喘ぐ声を必死でシャットアウトする。というか人の風呂で小便とオナニーをするな。


「ふー、さっぱりしまシタ。縄で縛ってくだサイ」

「こんな生活が三日も続くのか……耐えられるのだろうか、俺は」

「お互い頑張りましょう!」


 三十分後、湯上りでいい感じに火照った彼女をベッドに寝かせて再び縄で縛り、電気を消して羊を数える。彼女よりも先に俺の方が限界が来てしまうのではないだろうかと思っていたが、一日も経つと彼女はすっかり大人しくなった。


「……」


 普段から小まめに食事をしている彼女にとっては、一日食べないだけで身体が危険信号を出してしまうらしい。本能的に無駄なエネルギーを消費したくないのか、俺の部屋に来た時の元気な様子はどこへやら、部屋に置いてあるカップラーメンやお菓子を恨めしそうに見るばかり。トイレの問題もあるので彼女を放置して遊びに行くわけにもいかず、虚ろな彼女の目の前で申し訳なく思いながらご飯を食べたりゲームをすること三日間。ついにその時がやってきた。


「ほら、うさぎさん。ご飯だよ」

「……あ……ごはん……」


 ご飯、という単語に金魚のように口をパクパクとさせる彼女。安全のために一応水は定期的に飲ませたが、流石に三日も食事抜きともなると死にはしないが普通の人間だって衰弱する。ましてや彼女は人一倍食欲があるのだ、今の彼女ならゴキブリホイホイごとかきこむだろう。そんな彼女の虚ろな目の前に、この三日間、わざとゴキブリが好きそうなものを水回りに置くなどして確保した、新聞紙で叩き潰したチャバネゴキブリを割りばしで摘んで持ってくる。怯えたような表情になりながらも、彼女はその口を閉じることはなかった。そして俺は彼女の口に、ひょいとゴキブリの死骸を投げ入れた。


『バキッ! ガリッ! ガリッ! ゴクッ……ガリッ! ……』


 ゴキブリを咀嚼する音が部屋に響く。何かを胃の中に入れることができたからか、彼女の目に光が戻る。そして体中から汗をかき始めた。


「あ、ああああっ! 水、水、水ぅぅぅ!」


 水を要求する彼女。冷蔵庫からお茶のペットボトルを持ってきて、彼女の口に流し込む。一気に1.5ℓを飲み切った後、縄をほどいて欲しいのかもぞもぞと動く彼女。ほどいてやると、すぐに台所の流しに駆け寄り、


「おぐぉ……おごごごっごっご……うぇぇぇええ……」


 黒い悪魔を自らの身体から追い出すために嘔吐をし始める。やがて気の済むまで吐いたのか部屋まで来ると、そこにあったお菓子をバリバリと食べ始めた。必死にゴキブリの味を忘れようとする、食へのロマンを追及するために身体を張った偉大なる彼女に心の中で敬礼しながら、どう説明したもんだかとスマートフォンを取り出して、119の番号を押すのだった。

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