俺とうさぎとウーパールーパー
「それでですね鷲人さん、パンダがパンタロンでパンナコッタなんデスよ」
「あはははは、うさぎさんは馬鹿だなあ」
「んもー、冗談きついデスよ」
夏休みも終わり、またいつものキャンパスライフがやってきた。夏休みに入る前と何が変わったかと言えば、俺と彼女の仲が急接近したことだろう。当然だ、一緒に熊と死闘を繰り広げて、しかも足をくじいて動けなくなった彼女を咄嗟の機転で助けるなんてミラクルロマンスがあったのだから。実はマタギでは無くてただの動物撃って愉しんでる変態だとカミングアウトしたが、幻滅されることなくあっさりと受け入れられ、気づけばお互い下の名前で呼び合うようになって今日もまた学食で四方山話に華を咲かせているというわけだ。いいじゃないか、プラトニックに距離が縮んでる感じで。こういう恋愛がしたかったんだ、きっと俺は。
「ちょっと、貴方」
「ん? ああ、鹿野さんか。こないだは適当なアドバイスをどうもありがとう。おかげで死にかけたけど今となってはいい思い出だよ」
「何を訳のわからないことを……恋人と乳繰り合ってるのは結構だけど、大学祭の準備はちゃんと手伝いなさいよ。今年こそMVPだって部長張り切ってたわ、夜にスケイプで内容について会議よ」
「へいへい」
突然話に割り込んでくるお邪魔虫、というかお邪魔蝶。夏休みが終わってしばらくすれば大学祭がやってくる。色んなサークルが各々のプライドを賭けて展示やら出店やらを行うこのイベント、今まで活動内容すら触れていないが入学してすぐの頃から所属しているサークルはそれなりにやる気らしくこの時期から準備の話が持ち上がる。邪険にされてぶつぶつ文句言いながら去っていく彼女を見送った後、目の前にいる彼女の方を向くと何やらうずうずとしていた。
「……私も大学祭で何かやりたいデス」
「うーん、それは難しいかな……ちゃんとしたサークルの許可が無いと駄目だし、場所とかももう埋まってるだろうし……」
「やりたいやりたいやりたいやりたい……ハッ、これじゃまるで私がビッチみたいじゃないデスか!?」
「いや、世間一般的にはビッチだからね? 大学生活は長いんだ、来年があるさ」
「ううう……」
すっかり餌付けを身体が覚えてしまったのか、項垂れる彼女の口に優しくシュークリームを持っていく俺。はむはむと幸せそうな表情でそれを頬張る彼女をニコニコと眺めながら、午後の講義があるからまたねとその場を去る。そしてその晩、約束通りサークルの会議に参加して適当に他人の発言に相槌を打っていたのだが、気づけば話が変な方向に流れていた。
『はぁ? そんな優等生な出し物でMVPが取れると思ってるんですか?』
『いやしかしね鹿野君、あまり大学の品位を損なうような内容は』
『あーはいはいはいはいそうですかつまり部長は来年就活だから真面目な内容で教授の好感度稼いで推薦枠欲しいってことなんですよね確かに部長のゼミの教授こういう糞真面目なテーマ好きそうですもんね』
『……医者の娘に何がわかるんだ!』
『部長こそ私の何がわかるっていうんですか!? 親から、周囲から期待され続ける私の何が!? 〇×△□……』
真面目なテーマにしようとする部長達に食ってかかる鹿野さん。確かに部長が提案していたテーマはとても無難で俺からすればつまらないが、何が炎上するかわからない現代社会、過激なことはやるべきじゃあない。俺ですらもういい歳だし動物虐待なんてやめようと考えているくらいだ、結局やめてないどころかうさぎさんの凶行に付き合う始末だが。部長の言う通り、病院を継ぐであろう彼女には理解できないのかもなとため息をつき、音量設定をミュートにしてヒステリックでブルーになっている彼女の戯言をシャットアウト。別に流れでなんとなく入ったサークルだし、最近はうさぎさんとつるむことが多くなったし、どうでもいいやとばかりに会議をほっぽり出して惰眠を貪る。1時間後、スマホがブルブルと震えてメッセージが届く。
『明日の夜作戦会議よ。彼女さんも連れて来なさい。下剋上よ』
どうやら傍迷惑な事に俺が寝ている間に鹿野さんは口論した挙句、俺と組んで別の出し物をやるなんて言い放ったらしい。何故俺なのか。友達がいないのか。どうせロクな出し物にはならないが、うさぎさんが丁度参加したいと言っていたことだし、ここは素直に従っておくかと翌日の夜、居酒屋に俺達は集合する。
「よろしく、獅童さん。組むからには私達は同志よ、ソウルメイトよ」
「その節はドーモお騒がせしまシタ」
「……てか何で俺なの? 彼氏は?」
「……」
「あっ……今日は奢るよ」
俺とうさぎさんは夏の間に色々あったが、彼女は逆のベクトルに色々あったらしく、組むなら俺じゃなくて彼氏と協力しなよなんていう真っ当な質問にうつむいてプルプルと震え始める。随分昔に彼女が別れますようになんて心の中で願っていたことは棚に上げて、彼女のグラスにビールを注いだ。
「うっ……ぐえぇ……結局、結局金なの? 人間の血も見れない、親の病院を継げそうにないポンコツ獣医に価値は無いって言うの?」
出し物を決めるはずが彼女の愚痴を聞く場になってしまっていたテーブルに、うさぎさんが注文したらしい料理が運ばれて来る。そこに乗っていたのはくりくりした目玉が可愛らしい生き物、のから揚げだ。
「何これ?」
「ウーパールーパー、って言うらしいデスよ」
「メキシコサラマンダーね。……そうよ、それよ!」
人間にとって愛らしい容姿の生き物が、から揚げとなって出てくる様は罪悪感を覚えるし、同時に背徳感を覚える。それをひょいと摘んで頬張る彼女を眺めていたのだが、先程まで涙声で別れた彼氏の話をしていた鹿野さんのテンションが唐突に上がる。
「私ね、最初は獣医学部らしく、鶏やら豚やらをかっ割いて調理しようと思っていたの」
「それのどこに獣医学部らしさが?」
「でも、ありきたりと言えばありきたりじゃない。農学部やら畜産学部やらならやっていてもおかしくないわ。最初にどこかがやった時は衝撃的だったでしょうけど、今となっては普通って感じよね。だから何かスパイスが欲しかったの。鶏や豚は飼えないけど、ウーパールーパーなら飼えるわ」
そのまま出し物の案を述べる彼女。ただ生き物を売るだけじゃつまらない。ただ生き物を料理するだけじゃつまらない。ペットとして売ることもできるし、から揚げとして料理することもできる。そんな便利な生き物に目をつけた鹿野さんは、仕入れたウーパールーパーをから揚げにするか、ペットにするか客に選ばせるという悪趣味な出し物を提案するのだった。
「ペット、オア、イート。飼うか食うかよ。それにこれは社会実験にもなるわ。人間は可愛らしいウーパールーパーを、飼わなきゃ食べられてしまうウーパールーパーを、手間をかけて育てようとするのか、食べようとするのか。人間の本質が見えるってものよ」
これでMVPを獲って連中をぎゃふんと言わせてやるわと邪悪な笑みを浮かべる彼女。そんな事ばかり考えているからフラれるんだという禁句を心の中にしまい、大学祭に参加できるからか乗り気になっているうさぎさんの笑顔を眺めるのだった。
「イラッシャイ! イラッシャイ! ウーパールーパーのから揚げデス!」
「飼うなら責任を持って飼いなさい」
そして大学祭当日。調理担当のうさぎさんと、飼育説明担当の鹿野さんを眺めつつ、準備をしたり接客をしたりとそれなりに働く。小さめで犬や猫に比べたら割と飼いやすいと思われているからだろうか、少しはウーパールーパーを飼うことを決める客も多かったが、ほとんどは物珍しさにから揚げを食べて行く客ばかりだ。大学祭の客層は子供ではなく、年齢的には大人なのだから、アホっぽい女くらいしかキャー可愛い飼おうなんて発想にはあまりならないようだ。MVPは取れなかったがサークルの無難な出し物よりはロックなものが出来て満足なのか、満足感にキャッキャと騒ぐ二人。まあやってよかったかな、なんて謎の上から目線を発揮しながら、売れ残ったウーパールーパーのから揚げをひょいと口に入れるのだった。