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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とうさぎの動物捕食
16/57

俺とうさぎと焼肉

「あ、あれ?」


 外した。脚を狙ったはずの弾は、手前の地面に突き刺さった。そりゃあ俺は人間だ、狙いを外すことだって勿論ある。けれど今回は自信があった。完璧にやったと思っていた。ショックで数秒ほど固まっているうちに、猫はどこかへ逃げてしまった。


「うーん、もう引退しろって神様のお告げなのかなぁ」


 一人取り残された俺は、カバンにエアガンを仕舞うとポリポリと頭をかく。冷静に考えて、もう二十歳だ。今まで捕まらなかったからといってこれから捕まらないなんて保証はどこにもないし、中学生の頃ならともかく今この時期に動物虐待で捕まってしまうとまともな人生が送れない。女を作るなり、別の趣味を見つけるべきなのだろう。しかし動物虐待に楽しさを覚えているのも事実だ。公園のベンチに座り、今後について悩んでいると、深夜にそぐわない陽気な女性の声がする。


「フン、フン、フフーン♪ ニャン、ニャニャーン♪」

「……こんばんは」


 その声の主が、向こうからやってきてベンチに座っている俺の前を横切ろうとする。先ほど女を作るなりして、だなんて考えていたからか、気づけば俺は声をかけていた。


「? 私に何か用デス?」

「……! いや、その……えーと……」


 声をかけて向こうも反応する。声からして日本人っぽくないなと思っていたが、健康的な褐色の肌を見るに東南アジアあたりの人間だろうか。茶色いツインテールと八重歯が活発な印象を俺に与えるが、それよりもどうしても目が行ってしまうのはその豊満なボディだ。でかい。Gは間違いなくある。キャミソールにショートパンツという、いかにも遊んでますというイメージの服装もあり、俺は見た瞬間生唾を飲み込んでしまう。このように女の子の評価は一瞬で出来たわけだが、肝心の喋りの方はというと、日頃からナンパをしているわけではないし女友達も少ないので言葉に詰まってしまう。深夜に歌うあたり彼女も不審者っぽいが、声だけかけて言葉に詰まるなんて俺の方が余程不審者だ。何か、何か話さないと。


「あ、猫?」

「ハイ、猫ちゃんデス」


 と、ここで俺は彼女が手に持っている檻の中で、猫がガツガツと餌を食べているのを発見する。とりあえず猫から話題を広げよう。女の子は基本的に猫大好きだし、俺は趣味柄それなりに猫に関する知識がある。察するに、この子は猫を飼おうとして野良猫を捕まえたといったところか。それなら『俺も飼ってるんだよ、よかったら色々教えてあげるよ』なんて方向で攻めて、ナンパワンチャンあるかもしれない。


「飼うの?」

「いえ、食べるんデス」

「!? た、たべ……?」


 ところが俺の問いかけに返ってきたのは、猫を食べるという衝撃的な答え。猫を撃つ人間が猫を食べる人間に動揺するのもおかしな話だが俺は再び言葉に詰まってしまう。そんな俺の動揺を知ってか知らずか、彼女は昔を懐かしむように空を見上げた。


「かなり昔、猫を食べたことがあるんデス。だから久々に食べたくなって、捕まえるために探してたら、丁度この子を見つけたんデス。よくわからないデスけど、かなり疲労してて動きが鈍かったから、餌を投げて食べてるうちに、簡単に捕まえることができまシタ」

「ふ、ふうん」


 もしかしなくてもその猫は、先ほどまで俺が戦っていた猫だろう。何て哀れなのだろうか、動物虐待するような人間の手から逃れたと思ったら、今度は食べる人間に捕まってしまうなんて。俺は彼女を止めるつもりはない。豚は食べていいけど猫は駄目、なんて日本の常識を、文化も違うであろう人間に理解して貰うことができる程俺は口が達者じゃないし、そもそもその日本の常識自体、ちゃんとした理由なんてない。『人間にとって都合が悪いから』、これに尽きるのだ。皆それがわかっているから、暗黙の了解として成り立たせているだけなのだ。最終手段は『法律だから』だが、俺が法律を盾に彼女を止めることができるわけがない。彼女のお腹の中で生きるんだな、と檻の中の猫を憐憫の眼差しで眺めるが、違和感に気づく。


「あ、あれ……?」

「? どうかしまシタ?」


 まじまじと猫を眺める。三毛猫だが、三毛猫にしてはどうも身体が大きすぎる気がする。ひょっとしてと下半身を見てみると、やはりそこには俺にもついているアレがあった。オスだ。こいつは三毛猫のオスだ! Rだ! SRだ! SSRだ! URだ! LRだ!


「こ、こいつは三丁目のトメ婆さんが飼ってる猫じゃないか! 脱走したと思ったらこんなところにいたのか! いやー、よかったよかった、いやー、捕まえてくれてありがとう。はいこれ、お礼。この猫はトメ婆さんのだから食べちゃダメだけど、代わりに美味しいモノでも食べなさい」


 その猫の価値に気づいた俺は財布から諭吉を取り出すと彼女に手渡す。猫の肉よりも一万円で買える肉の方が価値があると理解してくれたのだろう、彼女は目を輝かせた。


「ワオ! いいんデスか? 有難うございマス、早速メガ牛丼食べてきマス、シーユー!」

「ハッハー! シーユーアゲイン!」


 こうして交渉は無事に成立し、俺に檻を渡すとブンブンと大きく手を振りながら別れを告げ、どこかへと去っていく彼女。そんな彼女を見送った後、俺はこの猫を売り飛ばすために知り合いにメールを送った。





「何で私に猫を譲ってくれなかったのよ……」

「マニアの方がお金出してくれそうだったし。大体鹿野さんネーミングセンス最悪じゃん。猫が可哀相だよ」

「失礼ね、私が名前をつけるとしたら、オスの三毛猫だから、オミケ、オミオツケ……そう、味噌汁ね」

「俺の選択は正解だったようだ」


 数日後。マニアに猫を売りつけて大学生にしてはそれなりの大金を手に入れた俺は、学食で遭遇したサークル仲間にその話をして、恨み言をぶつぶつと聞いていた。


「いやー、それにしても可愛い子だったなぁ、後日ちゃんとしたお礼するからって連絡先聞いておけばよかった」

「やめときなさいよ、東南アジア系のビッチなんてバックにマフィアがついててもおかしくな……ひょっとしてあの子?」


 言われて指差す方を向くと、そこにいたのはレジ待ちをしている、確かに先日出会った女の子。TPOはそれなりに弁えているのか露出度の低い服装をしているが、身体の一部分は主張を隠すことができておらず、近くの男子の視線を集めていた。これはチャンスだとばかりに彼女に向かっておーいと手を振る。それに気づいた彼女がこちらにやってくると入れ替わりに、『お邪魔虫は退散するわね』と空気の読めるサークル仲間は去っていった。


「ハロー、奇遇デスね」

「やあ。大学生だったんだね」

「そーデスよ、インテリなんデスよ、ケーザイガクを学んでいるんデス。いただきマス」

「それは凄いね」


 先ほどまでサークル仲間が座っていた席に座りトレーを置く彼女。正直、経済学部は大学の学部の中では下に見ている。学生にモノを教えている経済学者が、予想を外してばかりというイメージが強いからだ。TPOは弁えているので口には出さず、目の前の彼女の食べっぷりを眺める。猫を食べようとしたり、お金を貰ってすぐに牛丼を食べに行ったり、食べるのが好きそうだなと思っていたが実際その通りだったようで、カツ丼に生姜焼きにから揚げと、男ですら敬遠するようなフルコースをガツガツと頬張っている。見た感じ胸以外は標準より少し細い程度だったが、単純に新陳代謝が凄いのだろうか、それとも栄養は全て胸に行くのだろうか。


「猫ちゃんは元気にしてマスか?」

「ああ元気にしてるよ、トメ婆さんも感謝してたよ。そうだ、トメ婆さんからもお礼するようにってお金渡されてたんだった。今夜焼肉でも食べにいかない?」

「焼肉!? いいデスね、食べマス食べマス。今日は五限まで講義があるのでその後で大丈夫デスか?」

「勿論勿論」


 食べ物で釣ればうまくいくかななんて思っていたが、焼肉という単語を口にした瞬間彼女の目が輝き、あっさりと連絡先を教えてくれる。とんでもないチョロインっぷりだが、つまるところ他の男に餌付けされていてもおかしくないということだ。サークル仲間が警告したように、飯で釣ったつもりが実は美人局に釣られてました、なんてことのようないように、細心の注意を払いながら夜を待つ。


「お待たせしまシタ。やっきにく、やっきにく♪」

「悪いね、高い店は予約が一杯でさ。安い肉が食べ放題の店しか開いて無かったよ」

「構いませんヨ、お腹空いてますから、今は質より量デス」


 大学の前で待ち合わせして、ネオン街にある食べ放題のお店へ。予約が一杯だなんてのは嘘だ。彼女の食べっぷりからかなりの大食いだと察した俺が、高い店だと出費がやばそうだとチキンハートを発揮したのだ。とにもかくにも個室に入った俺達は、適当にご飯やお肉を注文する。


「あ、名前言って無かったね。俺は犬神鷲人。工学部だよ」

「商学部!? 仲間デスね! 私はうさぎ。獅童しどううさぎと言いマス」

「商じゃなくて工ね。そんな聞き間違いされたのは初めてかな……日本人なの?」

「ハハハ、まさか。出身はよくわからないですけど東南アジア系だと思いマスよ。数年前まで名前すら無かったんデスけど、ご主人様に拾われて、名前もつけて貰って、こうして大学にも通わせて貰っているんデス。素晴らしきかなサクセスストーリー」

「色々あったんだね。食べるの好きなの?」


 やってきたお肉を焼きながら、それとなく彼女について探りを入れてみる俺。留学に来た普通の女の子だと思っていたが、少し話を聞くだけでなかなかヘビーな事情がありそうだ。知り合って間もないのに追求するべきではないと、話題を食へと逸らす。彼女は涎を垂らしながら、あまり焼けていない肉を取って頬張った。


「ふきでふよ。みんげんはたべわいとひんじゃいまふからへ」

「まあ、そうだよね。ゲテモノとかも食べてみたいタイプ?」

「……ゴクン。そうデスね、結構今までも色々食べてきまシタよ、浪漫がありマス。最近食べた珍しい生き物は……あ、それ焦げちゃいマス」


 そのまま食への拘りをモグモグクチャクチャとお肉を食べながら話す彼女。健全だ。実に健全な趣味だ。普段食べないモノを食べてみたい、食べてはいけないモノを食べてみたい、凄く美味しいモノを食べたい、そんな人間の欲求を叶えるためにグルメ漫画が昔から流行っているし、例えその情熱により法を犯すことになったとしても、動物を撃って愉しむ趣味よりは賛同を得られるであろう。飯と肉と時々野菜を食べながら聞きに徹していたが、ふと彼女は俺の真横を眺める。


「んぐ……犬神さん、それ銃デスか?」

「!? え? い、いや、こ、これは」


 そこにあったのは俺のカバン。しかもうっかり中が見えるように開いていたため、対面の彼女からでも、中のエアガンが見えていたのだ。慌てて弁解をしようとしてしどろもどろになる俺だったが、彼女は怪しむことなく目を輝かせていた。


「ひょっとして、噂に聞くマタギ、デスか!? 一狩りするんデスか?」

「マタギ!? そう、そんな感じそんな感じ。ハンターなんだよ。それより、彼氏いるの?」


 微妙に日本の文化を誤解していそうな彼女の発言に頷くが、これ以上追求されると困るので話を強引に恋愛系に逸らす。これだけルックスが良くて遊んでそうなのだ、彼氏が複数いてもおかしくなさそうだったが、彼女はダメージを受けたようでため息をつく。


「ウ……大学に入ってから、ご飯奢ってあげるからお話しようよって男の人にたくさん誘われまシタけど、一度か二度ご飯を食べただけで終わっちゃうんデスよ。見た目は自分でも上等だと思ってるんデスけど、何が悪いんデスかね?」

「うーん、何でだろうね」


 やはり過去にも俺みたいな下心を持った男が餌で釣ろうとしていたようだ。そしてそいつらが離れて行った理由もわかる。飢えた体育会系の男ですらしないくらいガツガツと食べたり、クチャクチャモグモグと食べながら話をしたり、つまるところ食べ方が汚いのだ。俺はまだ美味しそうに食べる子は嫌いではないからそこまで嫌悪感は出ないが、大半の男からすれば恋人としてはNGだろう。つまりチャンスがあるということだ。


「そうだ獅童さん。捕まえて食べたい動物とかいたらできる範囲で協力するよ。ハンターだからね」

「本当デスか? 有難い話デス、ナイフ術には自信があるんデスけど、動物は大抵素早くて追いつけないデスし、銃は剣より強いデスからね」


 自分の持ち味? を活かして提案をしてみると、笑顔で感謝される。過去にはサークル仲間に頼まれて麻酔銃で動物を捕まえたことがあるし、俺の射撃技術は彼女の浪漫を十分手助けできるはずだ。こうして契約が成立し、とりあえずステップアップだと内心ガッツポーズしながら会計をして店の外に出る。ペコリと俺に一礼をした彼女は、そのまま近くにあったキラキラしている建物を指さした。


「ごちそうさまでシタ。ホテルでも行きマス?」

「……!? あー、獅童さんってやっぱそういう人なんだ。ご飯奢ってくれただけで寝てたら、そりゃ彼氏なんてできないよ。自らセフレに成り下がってるんだよ」

「誤解デスよ、犬神さんとは長い付き合いになりそうだから協力の見返りとして提案しただけデス。経験人数は確かに多いデスけど、そんなに自分を安売りしてないデス、ビッチじゃないデス。で、どうしマス? よっぽど変態プレイでなければ構いませんケド。そもそも犬神さんはそれ目当てで協力してくれるんじゃないんデスか?」

「……いや、やめとく。ま、とにかく協力するからさ、何かあったら連絡してよ」

「……? わかりまシタ、シーユー」


 そのまま見た目通りの乱れた発言をする彼女。実際彼女の言う通り下心アリアリで近づいた訳だが、どういう訳だか俺は彼女の誘いを断っていた。そんな俺を彼女は理解できませんとでも言わんばかりに首を傾げながらも、手を振ってその場から去っていく。多分俺はセフレが欲しいんじゃなくて恋人が欲しいのだ。だからここで彼女の提案を飲んで、ただのセフレという関係で案じたくなかったのだ。意外にプラトニックだな、なんて笑いながら、夜風に吹かれながら自分のアパートに到着し、


「あああああヤっとけばよかったかあああああ!?」


 自分の選択は間違いだったのではないだろうかと、布団の中でじたばたもがく。そんな二十歳の春だった。

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