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俺と彼女の動物虐待  作者: 中高下零郎
俺とあげはの動物実験
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俺とあげはとハッピーエンド

 飼い主をじっと見つめていた味噌汁の胴体に、ズシャアと嫌な音と共に弾丸がめり込む。ジタバタともがく味噌汁。撃った本人は銃を持つ手は身体が拒絶反応を起こしているのかガタガタと震えていたが、その表情は至って冷静で冷酷だった。


「そう、所詮動物なんてものは、人間の玩具なの。人間の進歩のために犠牲になって然るべき、人間のストレス発散のために犠牲になって然るべき、動物を可愛がるアタシって素敵、的な自己愛のために愛されて然るべき存在なの。ふふふ、愛情込めて育てた、自分に懐いてるモノを壊すのって、なかなかの快感ね」


 そのままカチャカチャカチャと引き金を何度も引く彼女。彼女の射撃の腕はド素人、しかも手がガタガタと震えている。大半が見当違いの場所に飛んで二次災害を引き起こすも、下手な鉄砲なんとやら、何発かは確実に味噌汁を襲っていく。味噌汁は逃げなかった。所詮は猫だった。いつも餌をくれる、可愛がってくれるご主人様が突然豹変したなんて理解できなかった。痛みに耐えながら、彼女の方をじっと眺めていた。


「もうやめなよ」

「はぁ? 貴方に、私を止める権利が、あるわけ、ないでしょ、貴方が、日頃していることでしょ」


 止めさせようとする俺に、心底見下したような表情を見せながらこれ以上ない正論を吐く彼女。正論にも程がある。俺が今までずっとやってきたことだ。俺はよくて彼女は駄目なんて通るわけがない。それでも彼女をこのままにしていい理由も無かった。


「もう死ぬよ」

「……っ!?」


 俺みたいに脚を狙うなんて芸当は彼女にはできない。手あたり次第に乱射して、顔にも胴体にも当てていれば、そのうち死ぬのは誰が見たって明らかだ。仮にも医者を目指していた彼女が、死に行く様をまじまじと見せつけられて、何か思うところがあるんじゃないか。俺はそんな可能性に賭けたのだ。


「だから、だから何なのよ、動物殺すことくらい、今までだってしてきたわ。実験のためにマウスに毒を注射したり、餌のために新鮮な虫を使ったり、実験という大義が無くなっただけで、何も、何も変わらないのよ。ねえ、私と一緒に、動物撃って、殺して遊びましょうよ。貴方に声をかけたのは、きっとこういう行為がしたかったからなのよ。素敵でしょ、夜中に動物撃って遊ぶカップルって」

「……そうかもね。貸して」


 しかし今の彼女に俺が何を言ったところで無駄なのだろう。俺よりずっと頭のいい彼女を説得するなんて芸当は俺にはできない。間違っていたのは俺の方なのかもしれない。彼女にそんな提案をされた時、それがとても魅力的に思えたのだ。二人寄り添うようになって、俺は動物を殺すようになって、彼女は動物を虐待するようになって、そんな陰湿ながらも心の闇を受け止めるような愛も悪くないのかもしれない。結局のところ、俺の心の中にも悪魔がいたのだ。いや、誰にでもいるのだ。俺達はその欲望に忠実なだけで、それが生き物として正しいことなのかどうかは、人間には判断ができないのだろう。だったら、やりたいようにするだけだ。彼女の持っていた愛機を奪い取ると、味噌汁に狙いを定める。俺は手なんて震えない。今まで殺さなかったことに、深い理由があったわけではない。殺してはいないからセーフ、だなんて自分に言い訳をしていたのかもしれないし、単純に勇気が無かったのかもしれない。


「……」

「流石の腕前ね」


 無言で引き金を引く。もう鳴くこともできない味噌汁の脚やら背中やら、死なない程度に追い打ちをかける。何発も何発も。やはり動物虐待はいい。自分より遥かに格下の相手であっても、倒すこと、勝つことに対する脳内麻薬が溢れる。女を支配したがる男のようなものだ。生かすも殺すも思いのまま。俺の気分次第で、脚だけ撃って生かしてやって、恐怖心を植え付けて、勝利宣言。けれども相手は所詮動物だ。女のように暴力をチラつかせれば従ってくれるような生き物ではない。生かしてやったところで、何の見返りもない。


「弾が切れちゃった。まあいいや。もう動けないんだし、メスか何かでとどめを刺そうよ」

「そうね。とどめは私に任せて。私は人は斬れないけど、動物は斬れるの」


 そのまま殺すつもりだったが、彼女が無駄打ちしすぎたせいか弾が空になってしまう。彼女の方を向くと、待ってましたと言わんばかりにポケットからメスを取り出して、とどめを刺すために味噌汁の方に歩いて行った。これで俺達は生まれ変わるのだ。アナーキーでクルーエルで、でもロマンスな人生が始まるのだ。


「……!?」

「どうしたのさ」


 味噌汁の前でしゃがみ込んで、とどめを刺そうとする彼女だが、怯えたような声を出す。おぞましい寄生虫でも見つけたのかと近寄ると、そこにはボロ雑巾のような姿になっていた猫がいた。


「何を怯えてるのさ。解剖なんてよくやってたんでしょ?」

「え、ええ、そうよ、でも、何故かしら、私が死ぬわけじゃないのに、想い出が、走馬燈のように」

「まやかしだよ。言い訳だよ。早くしないと自然に衰弱死するよ。死体を刺しても面白くはないよ。早く殺そう」


 虫の息ながらも、目の焦点は鹿野さんの方を向いている味噌汁を見て、再びガタガタと手を震えさせる彼女。一方の俺は冷静だ。彼女を説得することを諦め、逆に自分の本能に従って生きることの素晴らしさを説かれ、新しい世界に突入できることに悦びを覚えている。俺は結構せっかちだ。彼女が殺らないなら俺が殺る。震える彼女の手を左手でがっちり掴んで、右手でメスを奪い取る。メスを持つのは初めてだが、とても軽いし、切れ味もよさそうだ。ナイフだったり包丁だったり、刃物は基本的にそれなりの重さがある。その重さは、刃物を扱う人への責任のようなものだ。けれどメスは驚く程軽い。医者とは命を預かる責任ある仕事だが、こんなものを使っていれば、感覚が麻痺してしまいそうだ。一般人が医者に平然と人間を切れる、冷酷なイメージを持つのも仕方がないのかもしれない。そんな事を考えながら、刃先を味噌汁の首筋に持っていく。首を切ろうか、頭を刺そうか、それともこいつもオスだ、大事な所を切り裂いてやろうか。


「……やめて」

「……今更何言ってるのさ。焚きつけたのは鹿野さんじゃないか。もう手遅れだよ。俺は目覚めた。うん、首を刺そう」


 笑みを浮かべながら吟味する俺に、縋りつくような声で待ったをかける彼女。そんな彼女に、俺は内心イライラしていた。彼女もこちら側の人間になってくれると思ったのに。俺の理解者になってくれると思ったのに。俺を肯定して、傍にいてくれると思っていたのに。いざやろうとしていきなり心変わりだなんて、そんなの卑怯だ。そのイライラを解消するために、メスを振り上げて味噌汁の首に向けて振り下ろす。ストレスを解消するための、とても純粋で美しい虐待をするために。


「やめてっ!」

「ぐあっ……い、いてて……刺さったらどうするつもりだよ」


 その瞬間、隣にいた彼女が俺を突き飛ばす。あっけなく吹っ飛ばされて、メスが手から離れてカランと床に落ちる。起き上がって睨み付ける俺なんて目にもくれず、彼女は落ちたメスを拾って、ふらふらとした足取りで棚に向かい、救急箱を手にした。


「駄目よ……私は……救わないといけないの……私は……医者になりたかったのよ、救いたかったのよ。人間である必要なんてないのよ。相手が動物だとしても、救うだけの力があるなら、救うべきなのよ。周りの心のない言葉なんかに負けて、堕ちるところまで堕ちてたまるものですか。私は、私はこの子を救って見せる。私には聞こえたわ、この子の声にならない叫びが。助けを求める声が」

「……何だよ、結局悪魔は俺一人かよ」


 そのまま俺に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように、決意する彼女。そして救急箱を手に味噌汁の下に向かい、自分も傷つけた猫を治療し始める。そんな彼女を、その場の感情のままに猫を傷つけて、その場の感情のままに救おうとする、かつて彼女が批判していたような女の特性そのものである彼女を、俺はただただ冷ややかな目で見ていた。一緒に心中しようと誓ったのに、逃げられてしまった、そんな気分だ。



「……よし、大丈夫、まだ生きてる。この子はまだ死なないわ」


 しばらくして、包帯でグルグル巻きになった、けれども先ほどよりはきちんと息をしている味噌汁を見て安堵の表情をする彼女。その光景を見て、俺は無言で研究室から立ち去ろうとする。きっと彼女はこれから立派な獣医を目指すだろう。人間の血が怖いなんて弱点を受け入れて、動物ならどんな酷いことだってできてしまうなんて心の闇を受け入れて、その上で立派に成長していくことだろう。そんな彼女の傍に、もう俺は不要なのだ。死にそうになる猫を見て変わることが出来た彼女と違って、俺は変われなかったから。


「待って!」


 ドアまで来た所で、俺を呼び止める彼女。彼女の方を振り向いた俺は、心から祝福するような笑みを浮かべた。そんな俺の手を、がっちりと彼女が握る。


「おめでとう鹿野さん。じゃあね。俺は変われなかったから、独りで今までのような人生を送るよ」

「私は変わった、いえ、これから変わるわ。でも、独りだと心細いのよ。支えてくれる存在が、今の私には必要なの。だから、貴方も変わりなさい。私を支えなさい」

「……」


 猫では俺は変われなかったが、女のためなら俺は変われるか。そう悟った俺はエアガンを持つと、思い切り床に叩きつけて、更に思い切り踏みつけて破壊する。そうして長年俺と共に歩んできた愛機に別れを告げた俺は、目の前の彼女と共に歩もうと、有無も言わさず抱きしめた。





 …

 ……

 ………


「うんうん、やっぱり自分の病院を持つと、やってやった感があるわね。いいえ、やってやるのはこれからよ」


 10年後。『あげは動物病院』という看板を眺めながら、満足気に頷く彼女の姿。あれから彼女は医療への情熱を取り戻し、きちんとした獣医になって、こうして開業するに至ったわけだ。


「……はぁ……」

「何よ、妻が開業したのよ。何で祝わないのよ」

「いやぁ……男が医療事務ってのはね、どうもね」


 一方の俺は動物虐待なんて下らないことから足を洗って、真面目に大学生やって就職もして、彼女と結婚もしたものの、彼女の開業に合わせて仕事を辞めて医療事務として働くことに。世帯としての収入は増えるだろうけれど、俺個人の価値は、収入は減るわけで釈然としない。


「何よ、一緒に働けて嬉しいでしょう? それとも医療事務をナメてるの? 接客業よ、傷ついた動物を抱えてやってきたお客さんが、貴方のその顔を見て『うわ、こいつは動物とか虐待してそうな顔だ』と思って帰ってしまう可能性すらあるのよ」

「傷ついた動物抱えてきた割に余裕あるね……」

「真面目に仕事しなさいってことよ。手始めにその辺の野良猫捕まえて来なさい。二代目味噌汁にするわ」


 何もかもが思い通りに事が進んだわけではない。味噌汁はあれだけの怪我をした割には長生きしたかもしれないが、結局数年後に亡くなってしまったし、研究用に彼女が飼っていた動物達も残ってはいない。散々法を犯してきた俺達はそれに対する罰を受けずに生きてきたが、神様がそれを許すのかもわからない。人間の繁栄のためには彼女は動物を滅茶苦茶に扱ってでも、自らの闇に苦しみながらも、その発想のままに研究をするべきだったのかもしれない。けれども生き物はいつか死ぬし、大事なのは罰を受けることではなく改心し償うための人生を歩むことだし、人間の繁栄のために彼女を犠牲にしてはいけない。それは単なる正常性バイアスでしかないのかもしれないけれど、少なくとも俺はそれが正しい考えだと信じている。


「へいへい、頑張ってオスの三毛猫捕まえて来ますよ。んじゃ、行ってきます、あげは」

「待って鷲人。やっぱり私も一緒に行くわ。病気の動物とかいそうだし。ゲリラ検診よ。動物界のブラックジャックを目指すのよ」


 名前を呼んで出発しようとする俺を、救急箱を持った彼女が同じように名前で呼ぶ。そうして俺達は10年前のように、二人で動物探しに向かうのだった。




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