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Ep.1 アネモネ-嫉妬の為の無実の犠牲Ⅰ

烏羽魔道院。国内にある魔道専門機関のひとつであり、この春からの新入生の活気に溢れている場所である。入学式から数日が経ち一様の落ち着きを見せたこの場所では続々と授業が開講されている。

魔道院とは私塾を原点とした教育機関で、現在では国内に6つの魔道院が設立され日々魔道研究がなされている。魔道院ではその専門性から受験の前提条件として一部の人間が生まれもつ素質である魔道適性の有無や、魔道適性数値の最低数値を指定する特殊性を持つ。共通の入学資格として満15歳であることが必要だが、一般的には高校卒業後の進学先とされる。一般的な大学と同じように四年制で、修士課程、博士課程もあり、魔道専門大学という認識が一般的だ。そして魔道院に入学する学生の目的として大半を閉めるのが魔道師になるということ。魔道師というのは一級、二級の免許に分かれる資格職で、前者の資格は魔道院か国が認定した極一部の大学の六年制魔道学部を卒業しなければならない難度の高い資格であり、魔道の道で活躍するためには必須のものである。烏羽魔道院には国内で唯一魔道適性を入学の段階で不問とする独特な制度があり、魔道適性を持たないが魔道に触れたいとする若者達を強く惹きつけている。それ相応に受験難易度があり、現実に入学者の魔道適性の有無の比率は8:2であるが魔道適性を重要視しない姿勢への人気は高く維持されている。

魔道の始まりはかつての魔女狩りに繋がるという説もあるが、端的にはびっくりどっきりな魔法である。誰でも学習すれば行使できるものではなく、特殊な体質を持つ者が専用の機械で複雑な術式を利用して発動する点から魔道と呼ばれ科学分野の一端とされる。魔道は大きく肉体強化系統と現象具現化系統に分けられてはいるが多様化しており、魔道の個人制作も進んでいる。



「魔道学という分野が開拓され、いわゆる『特殊能力』というものが科学的に解釈されたこの時代に魔道具の重要性は増していくばかりである。日常生活の中に安全に安定的に魔道を使用するのに魔道具は必須であることは学生諸君もよくわかっているだろうが、君たちには未来を創造し開拓していく技術者に是非ともなってほしい。」

紺の背広に身を包んだ三十代程の魔道工学の講師が教室を埋める五十人程の生徒に対し熱弁を奮う。烏羽魔道院は二期制を取り入れており、生徒は必修科目と選択科目を履修登録し、それぞれ指定された建物内の講義室に赴く。人気の選択科目は抽選になるが二十名程から百名程まで限度は様々である。

「この中には魔道適性が低い、もしくは無いものもいるだろう。しかし、それは魔道具の運用に関して重要ではない。魔道具技術の目的は魔道をより多くの人間に触れることのできるものへとし、より過ごしやすい世界へと導くことである。そもそも『魔道具』は魔道適性所持者の魔道を調整、制御し具現化する装置である『魔器』に対して、魔道をあらかじめ発動直前で保存し適性が無くても任意での使用を可能にする目的で作られたものであり。学術的には前者を魔道制御装置と呼び、後者を魔道発生装置と呼んでいる。」

講師の熱意ある講義に関心するが結崎咲人の思考の大部分を占めるのはひとつだ。

(花粉がきつい。)

咲人は鼻水をすすりながら心の中で悲鳴をあげる。マスク、点鼻薬、飲み薬、どれも用法用量を守りながら使っているがどうにも良くならない。

(凍らせればいいんじゃない?得意でしょ?)

隣に座るロリータの装飾を身にまとった少女、叢雲須美が呆れた顔で開いたノートの端に筆を走らせる。

もちろん凍らせるというのは比喩ではない。咲人は魔道適性を持ち、氷雪の現象具現化系統を得意としている。その魔道を持って鼻水を凍らせてしまえばいい。そんなことをすれば身体全体が氷付けになり凍死してしまうことを知りながら笑顔で自殺行為を勧める姿に多少の殺意を覚えるが、それを遥かに超える不快感が咲人の意識を包む。



「くっそ…いっそのこと冬に戻してやろうか…そうすれば花粉も…」

ここ数日毎日のように聞いている台詞を軽く流しながら須美は教材を鞄にしまい、身仕度を済ませていく。授業が終われば教室を出なくてはならない、次の授業が行われるからだ。生徒の自由なスペースは食堂や自習室くらいだろう。一方、90分の授業が終了し授業の進行の妨げないようにするという試練を乗り越えた咲人は安堵の表情で鼻をかんでいる。

「授業の内容半分も入ってないんじゃない?」

「魔道工学の導入だろ?あの講師は魔道具の中でも特に一般家庭で使用される簡易魔道具が専門みたいだが。」

実技系は異なるが、座学の授業では魔道適性の有無に関係なく授業を選択できる。決して少なくない数の魔道適性無の生徒がいるこの魔道院では魔器や魔道開発に比べて魔道具に関して進んだ研究がされている。その点、先程の講師が家庭用魔道具を専門にしているのも納得である。

「ところでこの後、行きたいところがあるんだけど暇?」

支度を済ませた須美が笑顔を浮かべながらスマートフォンの画面を向ける。そこには先日のワイドショーで女子高生に話題と取り上げられていた喫茶店のトップページが映し出されていた。

「期間限定!桜苺テラ盛りスペシャルパフェ!!!」



授業があるわけでもサークルに入っているわけでもない咲人は須美に連れてこられた行列に並んでいる。一時間程経ちあと少しで入店できそうだ、この一時間隣で輝く瞳はより一層光をましている。後ろには夕方ということもあり学校終わりの女子高生達が列をなしていて、パフェについての会話が盛り上がっている。噂通りの光景が人気の高さを何よりも物語っている。須美が花粉症に効くという見え見えの嘘までついてきたところを見ると相当に楽しみにしていたと思われ、それを無視するわけにもいかず承諾した。

テーブルについた二人の前に噂の桜苺テラ盛りパフェが現れる。全長30cmはあろうか。直径20cmの大口の器に盛られたパフェには、サイズの大きな苺が名前の由来通り12個惜しげもなく山盛りになっている。メニューには2~3人前と書いてあったが、須美はもちろん一人で食べる。もとより咲人に苺一つ分け与える発想など持ち合わせていない。

「いただきます!」

スマートフォンで一通り写真を撮り終えた須美がてっぺんの苺を一口で頬張る。茶系のロリータ服に黒髪の姫カットのせいで育ちの良いお姫様に見えるかもしれないが、頬張る姿は子どもそのものだ。それからスプーンをもった右手は止まることなくクリームへと伸び、糖分の山は見る見るうちに崩されていく。二度見していた隣の席の人には早食いチャレンジにでも見えているのだろう、明らかに驚きが表情から読み取れる。

ホットコーヒーを飲みながらそれを見守る咲人のスマートフォンがメッセージの受信を振動で伝える。送信者の名前を見て大枠の内容を理解した咲人は

「甘いもの食べたら消費だな」とホットコーヒーを飲み干した。



美味い話には裏がある。というのは自明のことだが、俺にとってはさほどの障害ではない。ブツ の運搬は今日で四回目。多くの視線を避けて行かなければならないが運動能力を魔器で強化できるためその難易度はかなり下がる。それに念入りな計画のもとでの行動なので、いざという時の逃走経路の確保も十分にできている。運搬だけでかなり高額の報酬が出るので、運んでいるブツが公にはできない危ない物だということはなんとなくわかるが、この鞄に何が入ってるのだろうか。余計な詮索はしないのが一応のマナーだが気になりはする。顔は見たことないが、依頼主は相当な大者だと思われるし目を付けられることのないように慎重に動かなければならない。中身が何であろうと運ぶだけで高額な報酬を渡されるこの仕事にありつけて本当に俺はラッキーだ。

深夜零時を過ぎた繁華街。終電の心配をする者、朝まで飲もうとする者、電柱に何やら説教している者、ごった返す人々は観察するのであれば動物園の用に様々な生態を楽しむことができそうだが、今はそれもカモフラージュに利用しなければならない。付けられていることはないだろうが万が一があるため、人波にまぎれて裏路地へ回る。ここからは暗視効果を付与する眼鏡型魔道具の出番だ。この魔道具は値が張ったが安全な運搬を買えるなら安いものだ、たとえ追ってくるような馬鹿がいてもこれで位置を把握し仕留めることができる。依頼主の多額の報酬により回を増すごとに強化されていく魔道具のおかげで初めての運搬より遥かに楽になっている。眼鏡の暗視効果を確認すると今度は屈んで、足首に触れる。

「肉体強化系統 超跳躍」

発声の瞬間、足首に装着されていた魔器の周りに魔道陣が展開、足から頭へ全身を通ると頭上で消える。魔道の適用を確認した男は辺りを見回し、影がないことを確認すると夜の闇へと飛び込む。超跳躍によって強化されたジャンプは三階相当の高さまで軽々跳べるため、ある程度の距離ならショートカットして進むことができる。ビルの影から影へと跳躍を続けながら目標地点へと確実に近づいていく。今回も順調だ。焦ることはない、タイムリミットまでは十分に時間がある。



「魔道陣から確認できた肉体強化は超跳躍のみね、あとは眼鏡をつけていたから赤外線暗視かも」

三十階建ての高層ビルの屋上で狙撃銃型魔器のスコープを覗きながら須美が報告する。魔道-天眼通により数km離れた地点でも鮮明に対象を観察することができる。愛用の拳銃型魔器でも良かったが、そのまま狙撃する可能性を踏まえて狙撃銃型魔器を持ってきている。

「予想はしていたけど狙撃は障害物が多くて難しいから、咲人が直接回収ね」

思っていたより慎重な標的だ。一瞬でもビルの上に飛び上がってさえくれれば、狙撃できるが固執する必要はない。今回は咲人の方が適任だ。

「それはいいが、他の肉体強化を使われて暴れ回られるとめんどうだな。人通りは少ないが街中だし」

ハードケースの四重ロックを解除し、収納されていた日本刀を取り出した咲人は標的の逃走方面を見つめる。運び屋を消すのに周辺への被害を出すわけにはいかない。上司の怒る顔を浮かべながら対策を考える。

「さくっと辻斬りが一番だな」

単純な結論を出した咲人は目をつぶり右手を胸に当てる。

「基礎能力全上昇Ⅳ、対象透過視認、領域把握、衝撃緩和Ⅲ、阿久津式簡易飛行術 阿久津式簡易不可視化」

全身黒の着装型魔器で魔道を発動させると、全身が七つの魔道陣に包まれる。一定の軌道を描きながら魔法陣はスーツを介して定着していく。定着の完了を確認すると軽くストレッチを始める。

「よーし、良好良好!透過視認するから頼む」

肉眼では男の姿はまったく見えていない。あるのはネオンに光るビル街だけだ。銃口の先にいるということだけはわかっているが、あまりにも広範囲すぎるため位置の特定には須美の能力を必要とする。起き上がった須美と手を繋ぎ目を閉じる。吐き気と共に男を上から眺める視点からの光景が頭の中に流れてくる。何度も行っている事なのだがどうにも酔ってしまう。須美には自分の魔道を他人に共有する能力がある。共有された天眼通の視界の中に目標を探す。分厚い筋肉を纏った高身長な男。懐には革製の鞄がある。すぐさま透過視認の対象設定をする。長く続ければ仕事の前に倒れてしまいそうだ。

「いいぞ」

手を離すと頭の中を蠢いていた不快感がスッと消え、真紅の瞳を持った少女が見えてくる。先程の方向を見ると小さなシルエットが確認できた。一度対象設定をしてしまえば、視認範囲にいなくてもシルエットを確認できるのはこの魔道の強みだ。

「いってらっしゃい」

再び狙撃銃を構えた須美の言葉と同時にビルを垂直降下、途中階でビルを蹴り飛行能力を発動させる。天眼通のように詳細は見えないが場所がはっきりしていればそれで十分だ。不可視化を展開してはいるものの、天眼通を使っている須美にはくっきりと姿を視認されるので周りの警戒は任せられる。俺は男に集中してさっさと始末しなければならない。

継続的に超跳躍の魔道で動いていた男が突然止まった。詳細はわからないがビル影から動こうとしない。目的地に到着した気配もないし、隠れているのだろうか。もしかして気がつかれたのか。まだ距離はあるが、飛行魔道に着陸の指示をしてゆっくりと降下、一旦近くの屋上に着地し様子を窺う。

「見えるか?」

耳に装着したイヤホンから聞こえてくる咲人の声は先程の軽いものではなく緊張感のあるものになっていた。状況が変化したことはもちろん見えている。

「ちょっと待ってね。ん?なにこれ」

男が手にしていた鞄を血相変えて見つめ震えている。何が入っているのかまで見えないのがもどかしいが、気づかれたわけではないようだ。

「気がつかれたわけじゃないから大丈夫。ただ、運搬物が情報と違うかもしれない。確認する必要がある」

事前情報では殺傷性高めたを改造魔道具の試作品となっている。情報元を信頼していないわけではないが、様子がおかしいことに間違いはない。バックアップが万全ではなくなるが、何かあっても咲人であれば臨機応変に対応は可能だし、今はなにより確認が先だ。構えを解いた須美は起き上がると着装型魔器に触れる。咲人のように高難度の飛行魔道を簡単には使えるわけではないので、衝撃緩和Ⅱ 基礎能力上昇Ⅲを発動させて街の上空を跳び駆け抜ける必要がある。これは結果的に魔道負担を増やすので天眼通の視認範囲を狭めてしまうことになるがやむを得ない。

「確認待てないな、今回は黙らせた方が良いかもしれない。明らかに様子がおかしい。」

透過視認で捕捉している影の異常さを警戒する。標的は鞄を体から引き離すように動いているが、鞄が離れる様子はない。中身に秘密があるのだろうが、先程まで冷静に移動していた人物とは別人の様な慌て方だ。爆弾か何かだとして、街中で爆発でもされたら被害は計りきれない。

「仕方ない。私も行くから。」

跳躍中なのか風の音も混ざっている。2人の通ってきた多くの修羅場と比べれば今回のトラブルなどたいしたことではないが、油断はできない。男を沈黙させても中身によっては更なる対策が必要。数多の策を練りながら先行、低空飛行で距離を縮める。

(領域把握発動)

咲人を中心とした円状に周辺の位置情報等々が頭の中に確立されていく。対象から100m手前に着地した咲人はそのまま地面を蹴ると一気に詰め寄る。領域把握で認識した男は涙にぐちゃぐちゃになった顔で呻き声をあげている。

(やっと顔を見れたなる。今楽にしてやる。)

抜刀し正面から突撃。右わき腹から胸に抱えた鞄ごと左肩まで氷雪具現化魔道を伴った剣撃で凍らせると、反転、跳躍する。基礎能力上昇Ⅳで強化された肉体運動は人のそれではない。直撃を受けた傷口から凍結範囲が拡大、あっと言う間に男の四肢を氷が蝕まれる。有事の爆発等に備えて発動待機していた範囲氷結魔道は必要なかったようだ。

(とりあえず終わったかな)

男は完全に沈黙した。

魔道併用で視認範囲が縮小した天眼通でもなんとか見えてはいたが、これはなんとも無惨な姿だ。全身凍傷で青黒くなった男の表情は恐怖そのもの。涙ごと凍っていてる。恐らく切られたことに気がついたのは凍り始めてからなのだろう。見えない相手から通り魔的に凍り付けにされるという怪奇的な死に方で生涯を終えるなど私には我慢できない。そんな男を氷越しに観察をするが、右脛につけられた魔器も眼鏡型魔道具も凍り付いている以外には特におかしいところは見当たらない、やはり運搬物に何かあるのだろう。ここで開けるわけにも行かないので嫌だがこのまま持ち帰るしかない。

「これじゃあ、パフェ以上に働いている気がするよ…」

読んでいただきありがとうございます。

次回より徐々に物語が動きます。


これからよろしくお願いいたします。

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