肉体の残像
それはたぶん僕が小学校6年生の頃、
田舎の海へ遊びに行っていた夏休みのことだった。
親戚の家の二階からは真正面に広大な水平線が見え
視野を穏やかな海が占めていた。
砂浜と沿岸道路の間には草が生え、
砂浜に向かうスロープの辺りだけそれが途切れている。
車が何台かそのスロープから降りて停まっていた。
浜には海水浴客もいない。
それほどに寂れた土地であるのに
目ざとく見つけてきたウィンドサーファーたちが
たまに訪れて楽しんでいくのだと
親戚からは聞いたことがあった。
沖には小さく帆がいくつか見える。
ふと視線を近くに戻したとき
車の脇に動く気配を見つけた。
海から上がってきたのだろう、
四駆の後ろ、大きくドアを跳ね上げた下で
20代くらいの青年が帰り支度をしていた。
荷物を積み込み、
そしてウェットスーツを脱ぎ出す。
半分だけ脱ぎ腰に垂らす。
夏の陽差しにまばゆく輝く上半身が顕わになった。
タオルで拭かれている引き締まったその肉体に
僕は目が釘付けになった。
体を拭く動きごとに、
成人の彫りの深い筋肉が躍動する。
形を変えていく。
そして青年は下半身も全て顕わにする。
海側には車の陰となっているために見えない。
しかし上から覗き込む角度で僕の場所からはすべてが見える。
訪れる者などほとんどいないこの海では
着替えるにもその程度の仕切りで十分と彼は考えたのだろう。
タオルで脚を拭いていく。
前屈みになったため締まった尻が、より僕からは見えた。
尻を軽く拭ったあと、
前の部分にタオルを当て
揉むようにして水気を拭き取る動きが見えた。
僕の方向からは陰になってそれはよく見えなかった。
僕は気になっていた。
灼けた肌、
広く、盛り上がった肩、
腰へくびれていく硬そうな背中、
それらをしっかりと支えている重量感ある腰、そして地を踏みしめる長く伸びた脚。
彼はずっと車の方を向いていた。
僕からは顔も見えない。
大人の体から目を逸らせなかった。
一挙手一投足をまばたきもせず目に焼き付けていた。
彼が横を向いた。
凹凸の浮き出た筋肉質な胸腹の下、
その髪と同じ真っ黒な茂み、
そしてだらりと垂れる男性器が見えた。
それは僕の目に飛び込んできた。
彼が軽く動くたびに
ゆらゆらと揺れる。
遠目にも重そうに見えるその質量感に
驚愕と衝撃と興奮が同時に僕の中に起こった。
彼はタオルを敷き荷室に腰掛けた。
そしてしばらく、陽差しと浜の風を裸の体に感じていた。
僕は、目が合ってしまうかも知れない恐怖心と
目が離せない好奇心とで心臓が大きく高鳴っていた。
それでも頭は
彼の自然のままのたくましい体を綺麗だと感動していた。
しばらくして彼は服を着て
車を発進させた。
あっという間に道路の果てへと消えた。
僕は見えなくなるまで目で追っていた。
窓から離れて床に座り込む。
部屋の中はひっそりとして
日陰の暗さがより暗く見える。
目を閉じると先ほどの眩しい光景が蘇る。
それはずっとずっと、僕の中に残り続けた。
END