普通の1
僕がドアを開けた際、ガラガラと音がした。
その音に反応して、志帆、鈴紗、璃流の3人が一斉にこちらを向く
「遅いわよ!」
志帆が声を刃物のように尖らせて言った。
「何かあったんですか?」
顔以外を微動だに動かさず静かに鈴紗は言う。
「遅刻さ~んです~?」
今にも宙に浮いてしまいそうにふわふわしている璃流。
「うんうん、ごめんね、職員室に呼ばれててさ」
何を隠そう、赤点を取ったのだ、しかも5科目全部。
志帆が僕の方をビシッと指指して言う。
「どうせまた、赤点取ったのでしょう?」
「…そうだけど」
「ああ、これだからバカは嫌いなのよ」
「…そういう志帆は赤点取ったことないの?」
「ないわ」
『ないの』の『の』を言い終わると同時に即答されたので、少し戸惑う。
「…一回も?」
「ないわ、あなたみたいなバカとは頭の出来が違うのよ」
確かにバカかもしれないが、もう少しオブラートに包んだ言い方をして欲しい。
とても傷つくのだ、バカと言われると。
「私も赤点はとったことがありません」
鈴紗が横からさらりと言う。
「私はたま~に取るですよ~?」
僕は璃流の一言に少しだけ安心した。
志帆と鈴紗はなぜか頭が良いため、それをネタによく嫌味を言われるが、
瑠璃は、僕ほどでなくとも頭が悪い。というよりど天然だ。
二人は璃流の方に体の向きを変えて、2人同時に言った。
「バカね」
「バカです」
すると、璃流はすこし、ほっぺをふくらませて、
「璃流、ばかじゃない~です!」
と言った。
その仕草がとても可愛いので、つい、口を滑らせてしまった。
「璃流はかわいいなー…」
「ほえっ? 璃流、可愛くないです~?」
その、慌てるさまも可愛いんだよと言いたいが、言ったら、
志帆と鈴紗に殺されることは間違いないだろう。
「翼くん、今、とてもだらしのない顔をしていますよ?」
鈴紗が僕の方を指差して言った。
鏡がないのでわからないが、たしかに口元に力が入らない。
「全部、璃流が可愛いせいだよ」
自分で言って、うんうんと頷く。
「翼くん……。セクハラよ……やめなさい」
志帆は大げさにため息をついてみせる。
「天然というのは、怖いです」
鈴紗は璃流のほうを向いて、ぼそっとつぶやく。
「璃流、天然じゃ~ないです~」
天然じゃなければ、いったい何なのかと聞きたかったが、
これ以上言っても、無駄なことは分かっていたので、言わないことにした。
「で?どうするのかしら?
部活、あと10分ぐらいしかないわよ。誰かさんが遅れたせいで」
「そうですね、10分しかないのは、誰かさんのせいですね」
「誰かさんってだれですか~?」
…なんだか、責められているので、とりあえず謝っておこう。
「ごめんなさいね、僕が赤点取ったせいで部活時間が遅れて」
「…あなた謝る気がないでしょう?」
図星である。なぜ僕が謝るのか。
それに、僕がいなくとも、スピーチの練習などできたはずだ。
僕は一ミリも悪くない…と思いたい。
すると鈴紗が、言った。
「土下座で、許してあげないこともないです」
「ねえ、誰かさんってだれのことですか~?」
土下座をしろと言われましても…
「ねえ、土下座するべきかな?」
「すればいいじゃない、するんなら早くしなさいよ、ほら」
そう言って、志帆は床をつま先で軽く、トントンと叩く。
「…上から目線すぎる」
「翼くん何か言ったかしら?」
「いやっ、なにも!」
小声で言ったつもりだったのに、聞こえていたようだ。
「もういいじゃないですか、次に赤点取ったら、サンドバックってことで、
今回は許しておげます」
「それは許したと言えるの?」
「言えます。今回だけは許します。次は許しません」
鈴紗はキッパリ、ハッキリと言い切った。
「誰かさんって~、翼くんのことだっ~たです~?」
璃流は相当頭が悪いらしい。
「じゃあ、来週は翼くんをサンドバックにしましょう」
「待って、僕が赤点を取ることって確定なの?」
「確定よ」
「決定事項です」
「取るはずですね~?」
どうやら、僕は来週にはサンドバックにされるらしい。
痛いのは勘弁して欲しい。
『キンコンカンコーン』
とりあえず、チャイムが鳴ったので、
僕は逃げるように下校することにした。