プロローグ
机の中に、見慣れない便箋があった。
飾りすぎず、かといって地味ではない淡いピンク色をした便箋。
封はハートのシールでされ、中の手紙には可愛らしい丸文字が淡々と綴られていた。
――――伝えたいことがあります。今日の放課後、屋上で待っています。――――
一文字一文字よくみると、線が少し震えている。
緊張して書いたのだろうか。少なくとも、冗談や嘘の類ではないのだと思う。
頬が少し緩むのが自覚できる。
「うひっ」
きっと今の俺は人様に見せられない顔になっているだろう。
踊りだしたくなる手足を押さえ、足早に教室をあとにした。
◇ ◇ ◇
屋上は満天の青空の下、穏やかな陽光に照らされている。
四月下旬。
新入生が未だ学校に浮いた存在であるこの時期に、俺の人生に春が来た。
想えば、苦節十六年。
中の下の顔に生まれ、女っ気も無く。友人も無く。孤独に生きてきた―――。
小学生の頃から体の小さかった俺はいじめの対象となり、友達なんてできなかった。中学に上がって環境が変わったと思ったら、コミュ障の俺は女子にキモがられ、男子にまで敬遠されるようになった。高校一年の間はできるだけ目立たず、空気の如く過ごし、クラスメイトに名前を覚えてもらえているか不安だ。(近頃は、担任すら俺のことを忘れていることがある。)
結局、友人なんて一人もできなかった。
しかし、退屈で、空虚な灰色の日々は今日この日をもって終了だ。
俺は、この手紙の主と付き合い、この世の春を謳歌するのだから。
それを想うと鼓動が高鳴る。
どんな娘だろうか。
可愛いだろうか、美人だろうか。性格はおとなしいのか、明るいのか。
何となく、理想の女の子が俺の頭を占めていく―――。
突然、強い風が吹き髪をひどく乱した。
ピンク色の妄想から脱すると、屋上の扉が開いていた。
鼓動がさらに高まり、手汗がひどいことになっている。
期待を胸に、眼だけで待ち人を探す。
「よぉ、おひさっ」
思っていたよりも軽いノリの声がした。
なんとなく、嫌な予感がする。
声の主は、腰に細いチェーンを巻き、厚い胸?を張り、学生服を着崩している。
……もう嫌な予感しかしない。
鈍色の金髪を風になびかせて奴は言い放つ。
「会いたかったよん、オレの財布ちゃん」
奴の輝かしい笑顔が、俺の妄想をことごとく砕いた。
◇ ◇ ◇
結局、期待を胸に俺が待っていたのは、小学校でのいじめグループの一人だった。
笑い話にもならない。
確かに、あの便箋には「好き」なんてどこにも書かれちゃいなかった。
ただ、「伝えたいことがある」と書いてあっただけだ。
バカらしい。
あぁ、バカらしい。
考えてみればすぐに分かる事だった。友達一人できないこんな俺に告白が来るわけがない。さっきまでの俺をぶん殴ってやりたい。
悔しさに、顔を俯けることしかできなかった。
「おいおい、せっかくの再会なんだからもっと喜べよ」
不愉快な声に瞼が熱くなる。こぶしが小刻みに震える。
「お前、影薄いから見つけんのに苦労したんだぜ」
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう
「まぁ、いいや。とにかく今日は財布、置いてきな。それで勘弁してやっから」
なんで俺ばっかり、こんなやつ、ちくしょう、ちくしょう
「おい、その目はなんだ」
ちくしょう、こんなやつ
目に力を込めて、抗議する。
「っ、ちょっと見ねえ間に調子に乗りやがって」
胸元を捕まれ、フェンスに投げられた。
ガシャンッと鳴って、俺が軽く跳ね返ると蹴りが腹に入った。胃の中のものが口まで戻ってきた。
俺が崩れる落ちる前に、胸や腹を重点的に痛めつける。
そのたびに、ガシャンミシガシャンミシとフェンスが鳴る。
「ははははは、金さえ出してりゃ痛い目見なくて済んだのにな」
締めだっと、胸に強烈な蹴りが入る。
予想に反して、フェンスは小さく鳴った。
「あ」
目の前で、気の抜けたような声がした。
背中の支えを失った俺は、後ろに倒れ、浮遊感を感じ、世界が反転した。
そして――――――