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第一章:レンタル当て馬の誕生

「神代 哲也さん! わあ、本物だあ! 僕、相田あいだ みつるです!」

 依頼人は、下北沢のカフェで俺――哲也の前に座るなり、子犬のように目を輝かせた。相田 満、二十三歳。ふわふわの茶色い髪に、くるくると動く瞳。駆け出しのカメラマンらしい。


「名乗らなくても、いい。仕事が終われば、お前の存在は、哲也の脳内から消える……そういう仕事だ」

 哲也はハードボイルドを装い、声のトーンを落として訊ねた。

「依頼内容は、何だ?」


「お願いしたいのは……『レンタル当て馬』です! 哲也さんが、どんな役でも、レンタルしたい人物になりきってくれる、俳優だって聞いて。天才的な、役者さんだって」

 相田は、いきなり哲也を名前で呼び、上目遣いで哲也を見た。


 レンタル当て馬、レンタル彼氏、レンタル親戚……貧乏俳優である哲也が、実益と訓練を兼ねて始めた、『個人的に、依頼者の日常生活の中で、必要な役を演じる』仕事。最近は『友達がいないから、結婚式にレンタル友人として出てほしい』という依頼が多かった。


「好きな人がいるんです。でも、僕じゃ『弟キャラ』から抜け出せなくて、相手にされなくて……。だから、哲也さんみたいなカッコいい人が、僕の恋敵の役を演じつつ協力してくれたら……ダメ、かなあ?」

 相田は、語尾を上げて、小首を傾げる。テレビやYOUTUBEの動画なら、その愛嬌をキラキラしたエフェクトで示すところだ。相田は、愛されることに慣れている、モテるタイプだろう。レンタル◯◯など使わず、正攻法でも十分に女性を落とせるのでは? と、思う。


「俺はプロの役者だ。仕事は選ぶ主義でね。動機が不純な依頼は受けない」

 哲也はクールに突き放した。

「話だけでも! 聞いて下さい! この人、フラワーアーティストの莉緒さん! 綺麗な人でしょう? ……僕、高校から憧れててアピールしてるんですけど、全然相手にしてくれなくて」

 相田が取り出した女性の写真を見た瞬間、哲也の頭を、鈍器で殴られたような衝撃が襲った。


(嘘、だ、ろう)


「……悪いが、この依頼は受けられない。絶対に」

 哲也は、自分でも驚くほど冷たい声で、きっぱりと断った。

「……そんなぁ」

 相田は、見るからにしょげ返った。実家の子犬の耳が垂れた時を思い出す。留守番をさせられる時、いつもこんな顔で、哲也の足元にまとわりついてきた。哲也の左側の腹部--胃が、しくりと痛む。


(ダメだ、俺はハードボイルドだ! 強靭に冷徹に……心を凍らせろ!)


「過去に色々あったみたいで……最近、全然笑ってくれないんです。僕、莉緒さんを笑顔にしたくて……」

 潤んだ瞳で、訥々と訴える相田。哲也の胃が、キリキリと悲鳴を上げる。

(いい奴じゃないか……)

 融点が低い哲也の心の氷は、真夏のかき氷のように片端から溶けていく。

「彼女を幸せにするのが最終目的なら……俺の演技が役に立つなら、引き受けよう」

 胃の激痛などおくびにも出さず、哲也は口の端に笑みを浮かべてみせた。


「 やったあ! ありがとうございます、哲也さん!」

 相田は、今にも泣きそうだった顔から一転、太陽のような笑顔になった。現金な奴め。


「これで、いいか?」

 哲也は、相田に簡単な契約書を提示した。


ルール1:レンタル当て馬は、徹底的に依頼人の魅力の、引き立て役を演じる。

ルール2:レンタル当て馬は、ターゲットが依頼人を好きになるよう、舞台を整える。具体的には、ターゲットを惹きつける台詞を盛り込んだ台本作成・演出・会話指導・衣装準備等を行う。

ルール3:レンタル当て馬は、契約終了後、依頼人とターゲットの前に、二度と姿を表さない。


「はい! 相田さんは背も高いしカッコいいから、莉緒さんが相田さんのこと好きになっちゃったら? って、ちょっと不安だったんですけど……心配、なさそうですね」

 その他、いくつかの打ち合わせの後、相田は散歩前の子犬のように喜びながら、去っていった。


 哲也はポケットから胃薬を取り出し、飲み込んだ。

「初恋相手に、振られる役か……最高の、地獄だな」

 だが、心のどこかで、役者としての血が騒いでいるのも、また事実だった。


 こんな時はいつも、かつて演じたヤクザ役の、ある台詞を口にする。ハードボイルドな、心のないあの役に入り込んだ時だけ、俺は俺自身から開放されて、胃の痛みも消えるから。

「……『誰を殺そうが、上に行く。全て糧にして、上に行く』……感情を完璧にコントロールし、糧にしてみせるさ」


 夜の帳が下りたオフィス街。その一角に佇むホテルの宴会場は、今宵、ある企業のパーティのため、熱気を孕んだ光で満たされていた。

 ホテルに入る前に、哲也は両目を閉じ、パンと両手を叩いた。

「さあ、俺はもう、俺じゃない」


 パーティ会場の至る所には、芸術品のような花が飾られていた。

 ひときわ大きなフラワーアレンジメントが、会場の中央にそびえ立っていた。純白のカラーと胡蝶蘭が、天を目指すように流麗な曲線を描く。その根元に、黒薔薇と赤百合。


「鮮やかな孤独、みたいな花……」

「なんのポエムだ? 相田さん」

 サングラスと、細身のイタリア製スーツに身を包んだ哲也は、相田に声をかけた。

「あ、哲也さ」

「佐藤だ! 今日は!」

 慌てて、小声で囁いた。わざわざ莉緒の来ている時間帯をねらっているのだ、いつ莉緒に聞かれてもおかしくない。


 相田は小声で謝った後、のほほんと続けた。

「特別な酸素とか出てるのかな? 空気が、この花の周りだけ違うみたいで……」

「そんなはず、ないだろう!」

 哲也はプレゼンでもするように声を張った。顎を斜め前に向け、相田の視線を誘導する。


 相田が、目線だけで斜め前を見る--気づく。

 少し離れたところに、莉緒がいた。ウェーブの掛かったボブヘア、落ち着いた草色のワンピース。色素の薄い大きな瞳と、薄い唇。あと少しだけ鼻が高ければ、絶世の美女と呼ばれたかもしれない。白い肌と無表情と相まって、妖精のような雰囲気を醸し出している。


「最近のトレンドを抑えるなら、もっとサステナブルな要素を取り入れるべきだ。例えば、廃棄されるはずだった枝物を使ったり、あえてドライフラワーをミックスさせて、儚い美しさを演出したり。そのほうが、SNSの拡散率も格段に跳ね上がる」

 莉緒は、自分の作品を批評されたのに気づいたらしい。莉緒が、ちらりとこちらを見た。

「バズることが至上命題のこの時代、全体的に、クラッシックすぎるな」

 わざと大きな声で、莉緒に聞かせた。その後、哲也は一拍、呼吸を置いた。本来なら相手役の台詞を待つなど、役者にあるまじき行為だが、相田は本職の役者ではない。


「ち、違います! だから良いんです!」

 相田の声――台詞は、少し裏返っていた。しかし、確かな熱がこもっていた。

「会場に入った瞬間、この百合の香りが、心をすごく落ち着かせてくれたんです。それに、今日いらっしゃるのはご高齢の方が多いから、バズとか気にしないだろうし……SNSとかより、ここに、花を触われる場所に、来ているお客さんのほうが、大事じゃないですか」

 相田は言い終えて、ホッとした顔になった。しかし、用意していた台詞が、半分ほど飛んでしまっている。


(本来なら、”パーティのテーマを分析したら、この花選びが最適だ”とか、ここで相田がもっと深い作品への理解を披露して、”莉緒の作品を分かってくれる相田さんステキー”となる作戦……だったんだが)


 哲也は必死に瞬きをして、『台詞、続きがあるだろう!』と訴える。

「ええと、その……」

 相田は、必死に思いだそうと、目を白黒させている。

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