第九話 あの日の電話
第九話 あの日の電話
窓辺で外を眺めていたあきおは、
ふいに胸の奥がざわついた。
(……あの日……美咲は……)
記憶の底から、
あの瞬間がゆっくりと浮かび上がってくる。
---
◆ 事故当日・夕方
美咲は仕事を終え、
いつものようにスマホを開いた。
「あきお、今日は、早く行くと言ってたけど……
そろそろ連絡くれてもいいのに」
軽い気持ちで電話をかけた。
コール音が鳴る。
鳴り続ける。
いつもなら三回で出るのに。
「……あきお?」
不安が胸をかすめたその時、
電話がつながった。
だが──
聞こえてきたのは、
あきおの声ではなかった。
「もしもし、こちら○○病院の者ですが──」
美咲の心臓が止まった。
「……え?
なんで……病院……?」
電話の向こうの声は、
淡々としていた。
「秋尾明生さんの携帯でよろしいですか。
先ほど交通事故で搬送されまして──」
その瞬間、
美咲の世界が音を立てて崩れた。
「え……?
事故……?
あきおが……?
嘘……嘘でしょ……?」
声が震え、
足が勝手に動き出した。
「状態は……非常に厳しい状況で──」
「行きます!!
すぐ行きます!!
待ってて……待っててください!!」
美咲は叫ぶように言い、
電話を切った。
---
◆ 病院へ走る
夜の街を、
美咲は息が切れるほど走った。
信号なんて見えていない。
涙で視界が滲む。
「お願い……お願いだから……
死なないで……
あきお……!」
何度も何度も名前を呼びながら、
ただ走った。
胸が痛い。
呼吸が苦しい。
でも止まれない。
あきおがいない世界なんて、考えられなかった。
---
◆ 病院の受付で
自動ドアが開くと同時に、
美咲は叫んだ。
「秋尾明生さんは!?
どこですか!?
どこにいるんですか!!」
受付の看護師が驚き、
慌てて立ち上がる。
「お、落ち着いてください。
ご家族の方ですか?」
「違います……!
でも……でも……
あきおは……私の……!」
言葉にならない。
涙が止まらない。
看護師は優しく肩に手を置いた。
「……申し訳ありません。
処置室に入られています。
今は……お会いできません」
美咲は崩れ落ちた。
「いや……いやだ……
会わせて……
お願い……!」
声が震え、
喉がつぶれそうだった。
---
◆ 処置室の前で
美咲は壁にもたれ、
震える手で顔を覆った。
「なんで……
なんであきおが……
どうして……!」
涙が床に落ちる。
その時の美咲の姿が、
あきおの胸に深く刻まれている。
自分のために泣いてくれた人。
自分の名前を叫んでくれた人。
自分を失って崩れ落ちた人。
あの日の美咲の涙は、
今もあきおの心を締めつける。
---
◆ 現在の窓辺で
記憶がふっと途切れ、
あきおは窓辺に戻った。
(……美咲……
あんな思いをさせたのに……
今も俺を大事にしてくれてるんだな……)
胸が痛い。
でも温かい。
美咲を守りたい。
もう二度と泣かせたくない。
その思いが、
猫の小さな胸の奥で静かに燃えていた。




