20
夜の静けさの中で
美咲が眠ったあと。
部屋は、息を潜めたように静かだった。
あきおは、
美咲の枕元に座っていた。
(……今日で終わる)
胸の奥で、
何かが静かに崩れていく。
言葉はもうほとんど出ない。
美咲の名前を呼ぼうとしても、
喉の奥で霧のように消えてしまう。
(美咲……
俺は……)
伝えたいことは山ほどあるのに、
どれも声にならない。
ただ、
美咲の寝顔を見つめることしかできなかった。
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◆ 2 ケンの訪れ
窓の外から、
軽い声がした。
「よ。
覚悟はできたか?」
ケンがベランダに立っていた。
あきおは振り返らない。
(……俺は……猫になるんだろ)
ケンは肩をすくめた。
「そうだな。
あと数日で完全に猫だ。
でも──
“もう一つの道”がある」
あきおは息を呑んだ。
(……美咲を……?)
ケンは静かに頷いた。
「魂の形を合わせる。
つまり……
美咲を“こちら側”に連れてくる」
胸が締めつけられた。
(……そんなこと……
できるのか)
「できる。
ただし──
美咲は人間としての人生を失う。
家族も、友人も、仕事も、未来も。
全部だ」
あきおは震えた。
(そんなの……
そんなの……)
ケンは続けた。
「でも、
お前と一緒にいられる。
永遠に、だ」
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◆ 3 美咲の涙
その時、
美咲が寝返りを打ち、
小さく呟いた。
「……あき……
いなくならないで……」
あきおの胸が熱くなった。
(美咲……
俺は……
どうすれば……)
ケンは静かに言った。
「選べ。
美咲を人間のまま未来へ送り出すか。
それとも……
お前と同じ世界へ連れていくか」
あきおは美咲の顔を見つめた。
涙の跡が、
頬に残っていた。
(……美咲……
お前は……
俺がいなくても生きていけるのか?)
胸が痛い。
(……いや……
違う。
俺が……
美咲なしで生きていけないんだ)
その瞬間、
あきおは決めた。
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◆ 4 魂の呼び声
あきおは、美咲の胸にそっと前足を置いた。
(美咲……
聞こえるか……
俺だ……)
声にはならない。
でも、
魂の奥で、美咲に呼びかけた。
美咲の眉が、
眠ったままわずかに動いた。
「……あき……?」
(美咲……
来てくれ……
俺のところへ……)
美咲の呼吸が乱れた。
「……あき……
どこ……?」
(ここだ……
ここにいる……
ずっと……)
美咲の胸が光り始めた。
ケンが静かに言った。
「始まったな」
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◆ 5 魂の移動
美咲の身体が、
ふわりと浮かび上がった。
「……あき……
あき……!」
美咲は泣いていた。
夢の中で、
必死に何かを探していた。
あきおは、美咲の魂に触れた。
(美咲……
俺だ……
ここにいる……)
美咲の涙が止まった。
「……あき……
あきお……?」
その名前を聞いた瞬間、
あきおの胸が震えた。
(美咲……
俺は……
お前を……)
光が二人を包んだ。
ケンが静かに言った。
「魂の形を合わせる。
二人は……
同じ存在になる」
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◆ 6 変化
光が収まった時、
そこには──
二匹の猫
が寄り添っていた。
一匹は、
あきお。
もう一匹は──
美咲だった。
美咲は戸惑いながら、
自分の身体を見つめた。
「……にゃ……?」
声が出ない。
言葉が出ない。
でも、
あきおの姿を見た瞬間、
美咲は涙をこぼした。
「……にゃ……!」
あきおは美咲に寄り添い、
そっと頭を重ねた。
(美咲……
ありがとう……
来てくれて……)
美咲は震えながら、
あきおに身体を寄せた。
二つの魂は、
完全に同じ形になった。
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◆ 7 人間の世界からの消失
朝。
美咲の部屋には、
誰もいなかった。
布団は乱れたまま。
スマホは机の上。
財布も、鍵も、全部そのまま。
ただ──
窓が少しだけ開いていた。
美咲は、
人間の世界から消えた。
誰にも気づかれず、
誰にも知られず。
でも、
それでよかった。
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◆ 8 新しい世界で
森の中。
柔らかな光が差し込む場所で、
二匹の猫が寄り添って眠っていた。
あきおと、
美咲。
二匹は、
同じリズムで呼吸していた。
同じ夢を見ていた。
同じ未来を歩いていた。
言葉はない。
記憶も少しずつ薄れていく。
でも──
愛だけは、永遠に残った。
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◆ 9 エピローグ
森の奥で、
ケンが二匹を見守っていた。
「……よかったな。
二人とも」
風が吹き、
木々が揺れた。
ケンは微笑んだ。
「魂の形が合うってのは、
こういうことなんだよ」
二匹の猫は、
寄り添いながら眠り続けた。
その姿は、
まるで──
二つの魂が一つになった証 のようだった。




