第十九話 最後の夜に近づいて
第十九話 最後の夜に近づいて
夕方。
美咲が帰宅すると、
あきおは玄関まで走っていった。
「ただいま、あき」
美咲は笑っていた。
でもその笑顔は、どこか疲れていた。
「今日ね……藤堂さんにまた助けてもらっちゃって」
あきおの胸がざわつく。
(また……藤堂……)
美咲は靴を脱ぎながら続けた。
「すごく優しい人なんだよ。
あきおがいた頃の私を、
なんか……思い出させてくれるの」
その言葉に、
あきおの心臓がぎゅっと縮んだ。
(……俺じゃ、もう……
美咲を支えられないのか)
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◆ 言葉が出ない
美咲がソファに座ると、
あきおは隣に飛び乗った。
「ねぇ、あき。
聞いてくれる?」
美咲は少し照れたように笑った。
「藤堂さんにね……
“今度、食事でもどうですか”って言われちゃった」
あきおは固まった。
(……食事……?
デート……?)
胸が痛い。
でも声が出ない。
「断ろうかと思ったんだけど……
なんか……
久しぶりに、誰かに“誘われた”って感じがして」
美咲は視線を落とした。
「……私、前に進んでもいいのかな」
あきおは美咲の手に頭を押しつけた。
(前に進めよ……
美咲……
俺のことは……)
でも、
その“俺のことは”の続きが、
どうしても言葉にならなかった。
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◆ 記憶の崩壊
夜。
美咲が眠ったあと。
あきおは窓辺に座り、
自分の名前を思い出そうとした。
(俺は……
あき……
あき……?)
“あきお”という名前が、
喉の奥で引っかかるように出てこない。
(……嘘だろ……
自分の名前まで……?)
胸が締めつけられた。
その時、
背後から声がした。
「いよいよだな」
ケンが窓の外に立っていた。
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◆ ケンの宣告
「お前の魂、もう八割猫だ。
このままだと……
あと数日で完全に猫になる」
あきおは震えた。
(……そんなに……
時間がないのか)
ケンは静かに続けた。
「だから言ったろ。
選べって」
あきおは目を閉じた。
(……選べ……
選ばなきゃ……)
ケンは指を三本立てた。
「猫として生きるか。
美咲の未来を見届けて消えるか。
美咲をこちら側に連れてくるか」
あきおは息を呑んだ。
(……どれも……
美咲を失う気がする)
ケンは首を振った。
「違う。
どれも“愛の形”だ。
お前がどう愛したいか、
それだけだ」
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◆ 美咲の寝言
その時、
美咲が寝返りを打ち、
小さく呟いた。
「……あき……
いなくならないで……」
あきおの胸が熱くなった。
(美咲……
俺は……
どうすれば……)
ケンは静かに言った。
「決めろ、お前の物語は終わる」
あきおは美咲の枕元に戻り、
そっと寄り添った。
美咲は眠りながら、
あきおの毛に指を絡めた。
「……大好きだよ……あき……」
あきおは目を閉じた。
(美咲……
俺も……
ずっと……)
でも、
その“ずっと”がどんな形になるのかは、
次で決まる。
運命の選択が、
すぐそこまで来ていた。




