第十六話 小さな違和感
第十六話 小さな違和感
その日は、少し暖かい午後だった。
美咲は仕事から帰ると、
玄関で靴を脱ぎながら言った。
「今日はね、会社の人と一緒に帰ってきたんだ」
あきおは耳を動かした。
(……誰だ?)
美咲はバッグを置きながら続けた。
「新しく入った人でね、
すごく優しい人だったよ。
駅まで送ってくれたの」
その声は、
どこか嬉しそうだった。
あきおの胸が、
ちくりと痛んだ。
(……そうか。
新しい人……)
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◆ 美咲の笑顔
夕食の準備をしながら、
美咲は珍しく楽しそうに話し続けた。
「仕事の相談に乗ってくれてね、
すごく話しやすい人だったの」
あきおはテーブルの下から見上げた。
美咲の横顔は、
久しぶりに“軽い”表情をしていた。
(……美咲が笑ってるのは嬉しい。
でも……なんだ、この感じ)
胸の奥がざわつく。
猫の身体なのに、
人間の頃の“嫉妬”に似た感情が
静かに湧き上がってくる。
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◆ 名前を聞いた瞬間
美咲はふと呟いた。
「その人ね、
“藤堂さん”っていうんだ」
あきおの心臓が跳ねた。
(藤堂……
名前だけで、こんなに……)
美咲は続けた。
「今度、仕事で一緒にプロジェクト組むんだって。
なんか、頑張れそうな気がする」
その言葉に、
あきおの胸がぎゅっと締めつけられた。
(……頑張れそう、か。
俺の時は……
そんな風に言わせてあげられなかったのかな)
思わず視線をそらした。
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◆ 美咲の気づき
美咲はあきおの様子に気づいた。
「……あき?
どうしたの?」
あきおは美咲の足にすり寄った。
(大丈夫だよ。
ただ……ちょっとだけ……)
美咲はしゃがみ込み、
あきおの頭を撫でた。
「……あきって、
ほんとに表情豊かだよね」
あきおは目を閉じた。
(表情じゃない。
心なんだよ……
美咲)
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◆ 夜、ひとりの時間
美咲が寝たあと。
あきおは窓辺に座り、
街の灯りを見つめた。
(藤堂……
どんな奴なんだろう)
胸の奥がざわざわする。
猫の身体なのに、
人間の頃の感情が
静かに、確かに疼いていた。
(美咲が笑ってくれるのは嬉しい。
でも……
俺は……どうすればいいんだ)
答えは出ない。
ただ、
美咲の未来に“自分がいない可能性”
が、初めて現実味を帯びた夜だった。




