第十話 小さなパニック、大きな心配
第十話 小さなパニック、大きな心配
今日は平日。
だけど美咲は代休でお休みだった。
「今日は一日、あきと遊べるね」
美咲は嬉しそうに笑い、
あきおはその声に喉を鳴らした。
ゴロ……ゴロ……
(美咲と一日一緒……悪くないな)
午前中は、
猫じゃらしで遊んだり、
ソファで一緒に昼寝したり、
穏やかで幸せな時間が流れた。
---
◆ そして事件は起きた
午後。
美咲が洗濯物を畳んでいると──
部屋の隅で、
あきおが突然、
「オエッ……オエッ……!」
と苦しそうな声を出した。
美咲は手からタオルを落とした。
「えっ!? あき!?
どうしたの!?
息できてる!? 苦しいの!?
死んじゃうの!? ねぇ!!」
完全にパニック。
あきおはというと──
(あー……これか……
猫って毛玉吐くんだよな……
わかってても気持ち悪い……)
「オエッ……オエッ……!」
美咲は泣きそうになりながら抱き上げた。
「だめ! だめだよ!
あき、死んじゃだめ!!
病院行こう!! 今すぐ!!」
(いや、ちょっと待て……!
これは普通の……!)
言えない。
---
◆ 獣医へ猛ダッシュ
美咲はキャリーケースにあきを入れ、
ほぼ走るように動物病院へ向かった。
「すみません!
この子が……急に……オエッて……!」
受付の人は慣れた様子で微笑んだ。
「毛玉ですね」
「えっ……?」
「猫ちゃんはよく吐きますよ。
毛づくろいで飲み込んだ毛を出すんです」
美咲は固まった。
「……死ぬんじゃ……ないんですか……?」
「全然大丈夫です」
美咲はその場でへなへなと膝をつきそうになった。
「よかったぁぁぁ……
あき……よかった……!」
キャリーの中で、
あきおは気まずそうに目をそらした。
(……心配かけたな)
---
◆ 予防接種の話
診察が終わり、
獣医がカルテを見ながら言った。
「ところで、予防接種はまだですね。
そろそろ受けたほうがいいですよ」
美咲は素直に頷いた。
「はい、お願いします」
その瞬間──
キャリーの中であきおの毛が逆立った。
(ちょ、待て待て待て!!
注射!?
俺、人間の頃から注射大嫌いなんだよ!!)
美咲は気づかず微笑んだ。
「大丈夫だよ、あき。
ちょっとチクッとするだけだからね」
(その“ちょっと”が嫌なんだよ!!)
---
◆ あきお、人間時代の記憶が蘇る
注射器を見た瞬間、
あきおの脳裏に、
人間だった頃の記憶がよみがえった。
健康診断の日。
腕を出しながら震えていた自分。
「痛くしないでくださいね……」
看護師さんに笑われたこと。
美咲に
「子どもみたい」
と笑われたこと。
(あああああああああああ!!
なんで猫になってまで注射受けなきゃいけないんだよ!!)
---
◆ そして、チクッ
「はい、終わりましたよ」
獣医の声。
美咲は驚いた。
「えっ……もう?」
キャリーの中で、
あきおは放心していた。
(……終わった……
俺……生きてる……?)
美咲はキャリーを覗き込み、
優しく笑った。
「よく頑張ったね、あき。
偉いよ」
その声に、
あきおは胸がじんわり温かくなった。
(……まあ……
美咲が喜んでるなら……
いいか……)
---
◆ 帰り道
美咲はキャリーを抱えながら言った。
「今日はびっくりしたけど……
あきが無事で本当によかった」
あきおは小さく鳴いた。
「……にゃ」
(心配かけてごめんな)
美咲は微笑んだ。
「帰ったら、ごはん食べようね。
今日は特別に、ちゅ〜るも買ってあるよ」
(……それは嬉しい)
あきおは、
小さな幸せを胸に、
美咲の腕の中で目を細めた。




