ちょっと臭いけど、いい物です
翌朝。 店の前には、ゴローさんを先頭に、ザボン店が差し向けたであろうガタイのいい作業員たちが数人並んでいた。
「……時間だ、コハク。ゼノンはまだ寝てるのか?」
ゴローさんが、申し訳なさそうに、だが公務としての厳しさを持って声をかける。 その背後では、近所の住人たちが「あの店も終わりか」「娘さんは可愛かったのにね」と、同情の視線の混じった野次馬が集まっていた。
「おはようございます、ゴローさん! 今日もいい天気ですね!」
バァン! と勢いよくドアを開けて現れた私は、徹夜明けとは思えないほどのハイテンションだった。 その手には、昨日までヘビの皮だったとは思えない、鈍く銀色に光る『巾着袋』がいくつか握られている。
「コハク……? ショックで頭がイカれちまったのか? 悪いが、もう決定事項なんだ。銀貨二十枚がなきゃ、店を――」
「まぁ待ってくださいゴローさん。商売の邪魔ですよ」
私はゴローさんの横をすり抜け、野次馬の中にいた、腰に錆びた剣を下げたばかりの若い冒険者に狙いを定めた。
「ちょっと君! そこの君よ! 昨日の探索の帰り、魔石の匂いと魔力に引き寄せられた魔物に追い回されて、死ぬ思いをしなかった?」
「えっ? あ、ああ……。なんでそれを。昨日は森の出口でフォレストウルフの群れに囲まれて、命からがら逃げ帰ってきたところだけど……」
「それはね、君が持ってるその安物の革袋が、魔石の魔力をダダ漏れさせてるからよ! ほら、今だってそこら中の野良猫が君の腰袋を狙ってるじゃない」
見れば、少年の足元には数匹の猫が、魔石の放つ刺激的な魔力臭に惹かれて集まってきている。 私はニヤリと笑い、手に持っていた『銀色の巾着』を広げた。
「これを使いなさい! 名付けて『コハク特製・魔力封じの巾着』! 軽くて丈夫、しかも遮断率は高価な魔力遮断ボックス以上。これに魔石を入れれば、魔物は君の存在に気づきもしないわよ!」
「ええっ、そんな馬鹿な。そんな小さな袋で……」
「疑うなら試してみて。はい、そのゴブリンの魔石、ここに入れて!」
少年が半信半疑で、手持ちの魔石を袋に入れ、紐をギュッと絞る。……その瞬間。
「……消えた!? 魔力の気配が、完全に消えたぞ!? おい、これ、匂いもしない! あの鼻を突く魔石の臭いが、一ミリもしねえ!」
足元の猫たちが、獲物を見失ったようにキョロキョロと辺りを見回し、やがて興味を失ったように去っていく。 その劇的な変化に、周囲の野次馬――特に、似たような悩みを持つ冒険者たちが身を乗り出した。
「おい、今の見たか!?」「猫が諦めたぞ!」 「嬢ちゃん、それ本当に遮断ボックスと同じ性能なのか!?」
一人のベテラン風の冒険者が、疑いの眼差しで問いかけてくる。私は待ってましたとばかりに胸(控えめ)を張った。
「ええ! 性能試験はバッチリよ。重くてかさばる**『魔力遮断ボックス』は、確かに一生モノだけど、安くても銀貨三十枚**はするでしょ? 駆け出しの君たちには高嶺の花じゃない」
私は周囲の若い冒険者たちの顔を見渡し、ニヤリと笑った。
「でも、この巾着なら銀貨三枚! 性能はボックスと同等、しかも軽いから予備も含めていくつも持ち歩けるわ。ボックスを買う予算があれば、この巾着が十個も買える。どっちが賢い買い物か、冒険者ならわかるわよね?」
「三枚だと!? ボックスの十分の一じゃないか!」 「それなら俺にも買える! 嬢ちゃん、一つくれ!」 「いや、俺は二つだ! 予備も持っておきたい!」
殺到する冒険者たち。差し出される銀貨。 呆然と立ち尽くすゴローさんの横で、私は飛ぶように売れていく『ヘビ革巾着』を見ながら、心の中でガッツポーズを決めた。 ……よし、これで銀貨二十枚どころか、今月の生活費までお釣りが来るわ!
「どうです、師匠! ロマンじゃなくて、これが『商売』ですよ!」
熱狂する人だかりの騒がしさに、ようやく二階の窓から寝癖だらけの顔を出したゼノンが、欠伸をしながら呟いた。
「おや……。やっぱりあのアナコンダ、いい素材だったねぇ、コハク」
「――あんたは黙って寝てなさい!!」
私は手元に残っていた、まだ微かに「魔力腐食臭」の残るヘビ革巾着を全力で振りかぶった。 私の敏捷性を活かした投擲は、見事に師匠の額に命中。
「うわっ、くっさ!? コハク、女の子がそんな臭いもの投げちゃいけないよ!」
「誰のせいでこんな臭い思いをしたと思ってるんですか!!」
とりあえず、今日の取り壊しは免れそうだ。……でも、借金完済までは、まだまだ遠い。 私の不条理な日々は、まだ始まったばかりである。




