捨てる神あれば、拾う弟子あり
「……寝たわね、あのクソ師匠」
深夜。二階から聞こえてくる、危機感の欠片もない師匠のいびきを天井越しに確認し、私は地下の作業場へと降りた。 使い古したランプに火を灯すと、そこには相変わらず鼻が曲がるような悪臭を放つ「ムーンライト・サーペント(笑)」の抜け殻が、デーンと鎮座している。
「はぁ……。泣いても笑っても、明日の朝には銀貨二十枚。手元にあるのは銅貨十二枚。これじゃ王都の外れで一泊する宿代にもなりゃしないわよ」
私はため息をつき、腰のエプロンをこれ以上ないほど固く締め直した。 とにかく、この巨大な「負の遺産」をどうにかしないことには、明日には路頭に迷うことになる。 私は鋭利なナイフを手に取り、ヘビの皮の端を切り取って、石造りの分析台に乗せた。
「……ん?」
ふと、違和感に気づく。 ただのアナコンダの皮にしては、ナイフの通りが異様に悪い。表面の鱗が、まるで微細な「魔力の膜」を張っているかのように、刃先を滑らせるのだ。
私は分析用のルーペを覗き込み、棚に残っていたありふれた酸性抽出液を数滴垂らした。
「これ……ただのヘビじゃない。種類はアナコンダだけど、生息地が特殊だわ。たぶん、高濃度の魔力が溜まる『魔素の澱』で育った個体ね」
皮の細胞一つ一つが、外部の魔素から身を守るために極限まで硬質化し、遮断性を高めている。 そしてこの強烈な異臭。これは単なる腐敗臭ではない。高濃度の魔力が、ヘビの体内の油脂と混ざり合って変質した「魔力腐蝕臭」だ。
普通なら、誰もが「うわっ、臭い! 鱗もガタガタのゴミだ!」と投げ捨てるだろう。 だが、私の脳内の「商売用回路」が激しく火花を散らした。
「『魔力』を完全に遮断し、かつ『外部からの干渉を受けない』……。これ、使える――!」
深夜、新しい素材を買いに行く時間も金もない。 だが、ここには師匠が「いつか使う」と言って溜め込んでいた丈夫な麻糸と、私が以前精製して売れ残っていた「油脂分解剤」がある。
「この分解剤で表面の臭い油だけを焼き飛ばして、遮断性の高い鱗の層だけを残す。それを丁寧に縫い合わせれば……!」
私は釜に火を入れた。 このヘビの皮の最大の欠点は、その扱いにくさと臭さだ。 だが、錬金術で適切な表面処理を施し、私の敏捷性――もとい、器用な指先で巾着状に加工すれば、全く別の価値が生まれる。
「見てなさいよ。明日の朝、あのゴローさんの度肝を抜いて、まずはこの店を死守してやるんだから!」
深夜の作業場に、コハクの不敵な笑い声と、時折「うわっ、やっぱりくっさ! 鼻がもげる!」という悲鳴が交互に響き渡った。




